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20 そろそろまじめにやらないと、手遅れになっちまう

 突然ボロボロ涙をこぼしはじめたグリーン先生を見て、髪型が大仏のような・・・・シンジは正式な名前をおぼえていないので、いつもヘンな形容詞がついてしまう・・・・がたいのいい黒人の看護婦は、少々面食らった。「いったいどうしたのかしら?ドライアイ?」と眉を吊り上げるのをみたハサウェイ婦長は、「奥さんに娘のレイチェルをとられるのがきっと悲しいんだわ」とおもったが、ぴったり図星で冗談にならないと思い黙っていた。


「いつまでもこんなことをしていられんぞ!」


 グリーン先生が突然そう宣言した。


 おれはなにをやってるんだ?おれの目的はなんだ?それは、こいつを〈屈服〉させること・・・・そうだ!それがおれの目的。そのために、こいつをこんなひどい目にあわせちまった。だから、一刻も早くこいつを〈屈服〉させる必要がある。でないと、とりかえしのつかないことになる。


 そのためには、〈弱点〉だ、こいつの弱点をみつけなければならない。くだらんおしゃべり・・・・いや、これまでのは決してくだらないおしゃべりなどではなかった。むしろ、有益だったといえる。こいつはおれが思っていた以上にたよりになる。これからのおれの計画にぜったい必要になる。だから、いっこくもはやく〈屈服〉させる必要があるのだ。


「よし、治療をつづけるぞ!つぎは〈腰椎穿刺〉をやる」


 どうだ、〈腰椎穿刺〉は?こいつはかなり痛いぞ。これじゃあないのか?


「先生!シンジくんは髄膜炎じゃありませんよ。交通事故で担ぎ込まれたんです。だから、腰椎穿刺などひつようないんじゃないですか?」とハサウェイ婦長が金きり声をあがて抗議した。


「いや、髄膜炎患者がたまたま事故にあったとも考えられる。だから、〈腰椎穿刺〉をやる!」


 どうだ?これか?これじゃないかのか?・・・・反応がないな。ちがうか


「とおもったが、やっぱりそれは中止。つぎは〈腹腔洗浄〉だ」


 看護婦どもめ、今度はなんの抗議もしないところをみると、おれは正しい命令をだしたのかな?でも、腹腔洗浄ってなんだ、いったい?


 グリーン先生はシンジの背中の下から、みつからないようにファイルをひっぱりだして、カンニングをはじめた。なになに、腹にチューブを突き刺して、水で腹の中を洗うだと?そんなことしてだいじょうぶなのか?水で腹がパンパンに膨らんじまうんじゃないのか?


「〈腹腔洗浄〉準備できました」


「いや、それはもういい。それはちがうようだ」

 反応がないからこれもちがう。だったら無理にやる必要もない。


「しかし、内臓が傷ついてる可能性があります。腹腔洗浄して調べないと!それとも、試験開腹を?」


 なにぃ!〈試験開腹〉だと!そんなことできるわけないじゃないか!医者じゃないんだぞ、おれは!

 いや、医者ではあるが内科医だ。手術によらず薬剤の投与によって患者の疾患の回復をはかるのが内科医だ。メスで腹を切り刻んだりすることはできん。


「いいかい、キャロル。ぼくは内科医だ。知ってるだろ?医者にもそれぞれ守備範囲ってものがある」


「どういうことなの、マーク?」


「わからないかい?いいかい、きみは野球を見るだろ?カブスの試合を観にいったことがあるだろ?」


「もちろん、なんどもあるけど、それと〈試験開腹〉とどんな関係が・・・・」


「人の話はちゃんと最後まできくんだ。いいかい?バッターがもの凄い打球を打ち上げたとする。ちょっとやそっとではお目にかかれないような大飛球だ。しかも、それは真上に上がった。キャッチャーフライだがなかなか落ちてこない。それくらい高く上がったんだ。キャッチャーがぼけーとつっ立ってまっていると、内野手はおろか外野手まで、9人全員がキャッチャーのところに集まってきた。いったいだれがこのフライを取るんだ?困るだろ?9人全員にとるチャンスがある。そんなときのために、守備範囲ってものが決まってるんだよ。だから、センターやライトはぜったいにこのフライを取らない・・・・」


「いいたいことはよくわかった。ピーターを呼んでくれって言いたいんでしょ。だったら最初からそういえばいいのに!」


 おや?いまちょっと反応したな。〈ピーター〉に反応した。そういえば、前にも1回あったな。あのときはルイス先生が好きだのどうこうのいって、うやむやにされちまったが、ほんとうは〈ピーター〉だったのか?そうだな?そうなんだな?おまえが怖れているのは〈ピーター〉なんだな?


「ピーターにすぐ来るようにいってくれないか!一刻を争うんだ!」


 ──ピーター・ベントンはまずいぞ!ピーター・ベントンは切り刻みたがり屋だから!


『わざとらしい!あまりにもわざとらしすぎる。おまえのほんとうに怖れているものは、ピーターじゃないな?』


 ──やっと、もとにもどったね


『なに?なにがいいたい?』


 ──ずいぶんおちこんでいたからだよ。例の件で。口にだすのを禁止されたから例のってしかいえないけど。


『そいつはどうも。ズタボロのおまえにまで心配されるようじゃ、おれはサタン失格だな。だが、もともとのおれはこんなんじゃなかったんだぞ。極悪非道、正真正銘の悪者だった。でも、知っての通りおれは勉強をした。朝から晩まで寝るひまも惜しんで・・・・寝る必要などほんとはないが、あくまでたとえだ。それくらい勉強した。だから、正直にいうと、いまのおれはむかしのおれとは違う。勉強をはじめたのは2000年ほどまえだ。あることがきっかけでな。』


 ──それって、もしかすると、イエス・キリストの死に関係があるんじゃないの?


『ああ、そうだ。キリストが立派なヤツだったことはまえにはなしたな。あのとき、なんでこいつが・・・・こんなに立派なヤツが、いのちがけでそれをまもろうとしたのか。それというのは、〈キリストの黄金の精神〉のことだ。おれにはその理由がわからなかった。やつの口から理由を聞きだす前に死んでしまったからな』


 ──死んだんじゃなくて、殺したんでしょ?


『いや、殺したりなんかしていない。あのおとこは自らいのちをたった』


 ──でも、さっき、おれがぶっ殺したって・・・・


『ハッタリだ。おまえをビビらすためにハッタリをついた。おれは殺してない。正直に言うと、これまでひとりも、ただのひとりも殺したことなどないんだ』


 ──えっ?そんなの信じられない。だって、サタンじゃないか!


『サタンは人殺しだと、どの本に書いてある?そんな本があるのか?どこにもそんなことは書いてない』


 ──たしかにそうかもしれないけど・・・・


『〈屈服〉さえさせられれば、殺す必要はないのだ』


 ──でも、ぼくにはこんなひどいことをした。どうひいきめにみても、ぼくは助からない。


『おれはおまえをたいしたやつだと認めている。なぜだかわかるか?』


 ──ぼくがたいしたやつ?


『そうだ。おまえはたいしたやつだ』


 ──どこが?


『おまえはキリストとおなじことをしたからだ。自ら進んで命を絶った。正確には絶とうとしている・・・・まだ死んではおらんからな』


 ──あなたがやったんじゃ・・・・


『あなただと?やめてくれ!気色悪い。ゲス野郎だのクソッタレだのさんざんいっていたくせに』


 ──なぜだかしらないけど、自分でも無意識のうちにそうよんでた。と、いうことは、あなたはぼくを殺そうとしていないってこと?


『当然だ。〈屈服〉させるだけでいい。殺す必要などないからな。おまえがそうなったのはおれのせいじゃない。ただ、最大限に利用させてもらってはいるが・・・・できれば助けたいと思っている』


 ──助ける?ぼくを?そんなことができるの?


『できる。おれを誰だとおもっている。サタンだぞ。ただし、〈屈服〉が条件だ。おれはそれがいちばん心配なのだ。キリストに匹敵する黄金の精神をもつおまえが、ヤツとおなじ選択をするんじゃないかと心配をしているんだ。たのむ。おれに〈屈服〉してくれ』


 ──屈服してくれなんて、ちょっとヘンな言い方じゃない?お願いされて屈服するなんて、きいたことがない。これは作戦?もしかすると作戦なの?


『そんなことはない。おれがそんな卑劣なことをするはずがない!』


 ──サタンを信じろと?


『そうだ。サタンを信じてくれ。さもないと、取り返しのつかんことになる。かけがえのないものを失うことになる』


 ──わかった。まだ〈屈服〉はしないけど、はなしはきく。ほんとうのはなしを全部聞かせて欲しい。〈屈服〉するかどうかきめるのは、あなたの話をきいたあとだ。  

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