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2 シンジ、目標を発見する…

 シンジは高校二年生にしては、ちょっと背が低く、痩せぎすで、床屋のオヤジにうまく説明できずに、切られすぎてしまった髪形を気にしていた。その、気に入らない髪が、今は派手に後ろになびいている。

 ぶかぶかの学生服は風でバタバタはためいて、まるでスカイダイビングの選手のようだ。

 思い切りペダルをこげば、おばさんの運転する軽自動車並みにスピードの出る本格仕様の自転車は、彼には大きすぎた。片方の爪先がかろうじて地面に着くが、信号待ちなどでどうしても止まらなければならないときは、彼はいつもガードレールの上に足をついて自転車を支えた。

 

 学校の門を出て、歩いて通う生徒たちの間を、ジグザグに縫うようにしてしばらく走ると、やがて国道に出る。国道といっても片側一車線しかない田舎道で、同じような黒い学生服を着た連中が、昔の軍隊の行軍中の自転車部隊みたいに、延々と続いていた。

 

 シンジはそんな連中の脇をすっ飛んでいった。

 

 友達同士、あるいは、羨ましいことに男女のペアで帰る連中は、一列縦隊で道路のすみっこを走ったりはしない。軍隊であれば上等兵の鉄拳が飛んでくるところだが、連中は平気な顔で、二台、三台と、横にひろがって走っている。しかも連中ときたら、必ずと言っていいほど早く走らない。よくもまあ、あれで転ばないものだと感心するくらいの、ノロノロ、フラフラ運転だ。だから、追い越すのにちょっと苦労させられる。

 

 しかし、シンジはスピードを緩めたりはしない。

  

 彼が帰り道で唯一スピードを落とす瞬間はもうあと少し先、1キロ離れていても、絶対に見間違うことのない目標が見えた瞬間に、ペダルをこぐのを止め、油切れのブレーキが鳴かないように、細心の注意をはらいながらレバーを握り、目標との相対的な速度を調節するのだ。

 その日もシンジは目標を見逃すことはなかった。


「タリホー!」シンジは心の中でそう叫ぶ。

 戦闘機パイロットが使う、『目標を目視で確認』という意味の専門用語だ。

 

 シンジはペダルをこぐのを止め、初めは軽く、次にじわじわとブレーキを握る力を増していった。まるで、本物の戦闘機乗りが、敵の後方6時、絶好のポジションにつこうとするみたいに、シンジは慎重にブレーキ(飛行機ならスロットルだけど…)を操作して、相対速度を調節する。

 

 一日のうちで一番気を抜けない瞬間だった。

 

 慎重に、細心の注意をはらって扱わなければならない…ひとつ間違うと、たいした手入れをしてもらっていないブレーキが、ちょっと困らせてやろうと、ひどく耳障りなキッキィィーという鳴き声を上げるからだ。

 

 学生服のバタバタは収まったが、髪のボサボサは直らない。 

 

 シンジはあちこち手で撫でつけて、少しでもマシに見えるようにと無駄な努力をしてみたが、やっぱりそれは、自分でもよく知っているように、まったく無駄な努力だった。完全に無風の状態でボサボサなものを、自転車に乗った状態で直せるわけがない。床屋で失敗し、家に帰って自分で直そうとして、さらにひどくしてしまった。髪が伸びて、それが目にかぶさってきて、そろそろ切ろうかと決断したとしても、あのオヤジにだけは絶対に切らせない。

「指一本だって触れさせてたまるものか!」床屋から帰ったあと、夕食の席で、シンジはそう宣言した。

 とにかく、あのオヤジにまつわる思い出は、シンジにとって、苦々しいものばかりだった。

 小学校のときは、不本意ながら、いつもオールバックにされた。中学の時は丸坊主だったので、この三年間は悩まされずにすんだのだが、高校になると、こんどはいつも、どういうわけか、7:3分けにされた。いまどきお堅い公務員だってそんな髪型してやしない。

 お笑い芸人がやるコントの中のサラリーマンくらいなものだ!  

 ただの7:3分けだけならまだ良かったが、今回はどうしたことか、横と後ろをバリカンで刈り上げられてしまった。そのくせ、前髪はいつものままだったから、バランスが悪いって言葉じゃ甘っちょろいくらいだ。

 

 実写版の花形満ってとこだろう。


 文句を言えば良いのだろうが、あのオヤジときたら、散髪の間じゅう、ウンウンと何度も満足げにうなずきながらやるものだから、とうとう言い出せなかった。だから、家に帰ってから自分で直そうとしたが、それが失敗だった。

 

 ともあれ、どうしようもないものを、いつまでもいじくり回したって仕方がない。そうこうしているうちも、目標との距離は、確実に、どんどん縮まってくる。

 

 50メートル、40メートル、30メートル…。いつものようにカウントダウンが始まった。5メートル、4メートル、3メートル…。


 シンジの心臓の鼓動は、1トンはあるような特大の灰色熊に行く手をさえぎられたリスみたいに、トクトクトク…と早くなり、血液と一緒に、身体のどこかの部分で分泌された得体の知れない物質───


(たしかアドレナリンとかいったんじゃなかったっけ? それともアトロピン? アトロピンだったらちょっとヤバい感じがするな)


───が流れはじめ、気分が悪くなり、吐きそうだった。

 

 もちろん、そんなことをやらかせば、取り返しがつかなくなる。

 

 2ートル、1メートル…、そしてとうとう追いついて、横に並んだ。


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