1 疾走する少年
夕日が沈む前後のほんのわずかなあいだ…
世界中のすべてのものがキラキラと輝いて、いま自分が見ているのは現実ではなくて、現実とそっくりの別の世界なのではないだろうかと思えるときがある。自分はほかの誰も知らない自然界の秘密を、ほんのちょっぴりのぞき見してしまったのではないだろうかと思えるときがある。
そんな瞬間のことを、その少年は『黄金色の時間』と呼んでいた。
その少年はシンジという名前であった。彼の言う『黄金色の時間』にはまだなっていない夕暮れ前の街の中を、愛用の自転車で、ものすごい勢いで突っ走っていた。
「なぜそんなに急いでいるんだい?」とたずねても、きっと答えは返ってこない。
「もうすぐ日が暮れるから」とか「母さんにお遣いを頼まれているから」とか、そういった類いの答えはきっと返ってこない。
いったいなぜ彼は、彼ご自慢の自転車で、風みたいに突っ走っているのか…。
学校に遅刻しそうな朝だったら話はわかる。だが、いまは夕方、一日のあいだでもっとも時間がゆっくりとすすむように感じられる夕方なのだ。
わけが知りたいので、いましばらく、彼の後を追いかけてみることにしよう。