オタクであることは人生を救う
人生には、ときどき、何のために明日を迎えるのかわからなくなる日がある。
仕事をして、食事をして、眠る。
また朝が来て、同じような一日が始まる。
大きな不幸があるわけではない。
けれど、大きな幸福もない。
そんな日々の中で、私はひとつの作品に出会った。
最初は、ただ面白かっただけだった。
登場人物が好きになった。
声が好きだった。
音楽が好きだった。
物語の続きを知りたくなった。
気がつけば、次の発売日を待っていた。
次の公演を待っていた。
その日まで、生きていようと思った。
ほんの少しだけ。
けれど、人間にとっては、
その「ほんの少し」が、とても大切なのだと思う。
明日が楽しみだから生きる。
来週が楽しみだから生きる。
来月、好きな人たちに会えるから生きる。
物語の続きを知りたいから生きる。
そんな理由でもいい。
人生を救うものは、
いつも大げさなものとは限らない。
一枚の絵だったり、
一冊の本だったり、
数時間の舞台だったり、
イヤホンから流れる一曲だったりする。
誰かから見れば、
ただの娯楽なのかもしれない。
けれど、その「ただの娯楽」に、
救われる人間がいる。
現実が苦しいとき、
物語の中に逃げ込む。
そして、少しだけ呼吸を取り戻して、
また現実へ帰ってくる。
だから私は思う。
オタクであることは、
現実から逃げることではない。
現実へ戻ってくるための、
小さな避難所を持っていることなのだ。
好きなものがある。
楽しみにしているものがある。
胸の中で、大切にしている世界がある。
それだけで、
人生はほんの少しだけ、
死んだようなものではなくなる。
何もない日曜日にも、
「今日はこれを見よう」と思える。
つまらない一日にも、
「帰ったら続きを読もう」と思える。
眠れない夜にも、
「明日は新しい情報が出るかもしれない」と思える。
そうやって人は、
小さな楽しみを一本ずつ、
明日へ続く糸にしていく。
もしかすると私は、
何度もその糸に助けられてきたのだろう。
人生そのものが、
いつも素晴らしいわけではない。
それでも、
好きなものがある。
それだけで私は、
もう少し生きてみようと思える。
世界は広い。
まだ知らない物語がある。
まだ聴いていない音楽がある。
まだ観ていない舞台がある。
まだ出会っていない登場人物がいる。
だから今日も、
私は明日を待つ。
人生が大好きだからではない。
ただ、
まだ、好きなものが残っているから。
それだけで、
人は生きていけるのだと思う。




