4.心の準備はにの次に
正直、LINEを交換したって続かないと思っていた。私自身が続けるやり取りが苦手だったし。面倒な事は基本後回しにしたいたちだ。
勉強机に向かって、スマホとにらめっこする。結局、下宿人全員(叔母さん達も含めた)グループに入ってプラス旅斗さんが作った一年生グループにも招待された。
回る椅子をぐるぐると回しながら考える。
下宿人達は春休みになっても、学校に行っている。春合宿だったかな。夕方に帰ってくるので基本は家に私一人で、叔父さんと気ままに休みを過ごしている。
その代わりなのか、笹川さんは頻繁に写真付きでメッセージを送ってくる。だんだん、素っ気ない返事になっていくのは許して欲しい。
「暇だ。散歩に行こうかな」
クローゼットから白のセーターに春色のピンクのスカートを引っ張りだす。誰かに見せるでも無いので普段着ない服で出かけたい。軽くメイクして、一階にいる叔父さんに声をかける。
丁度、珈琲を淹れていた叔父さんはキッチンの方にいた。私を見つけた叔父さんはおいでと声をかける。
ドリッパーにお湯を円状にくるくると注いでいく。一定の細さで途切れないように。一定量になったら、注ぐのを止め泡がぷくぷくするのを繰り返す。
香ばしい、落ち着く香。自分では紅茶ばかり淹れるので珈琲の香りはなんだか久し振りだ。道具は一通りあるのだが、紅茶の方がなんだかんだお手軽なのだ。
「お洒落してるね。出掛けるの?」
淹れたての珈琲を勧めながら、叔父さんは穏やかに言った。一口含む。この風味は丁寧に淹れた珈琲じゃないと味わえない。
「お散歩してきてもいいですか? 一人じゃ駄目?」
「相当前のが堪えてるね。あれは明の悪い癖だよ」
この前、歩いて下宿人と帰った時。学校だからとマナーモードにしていて履歴が叔母さん一色に染め上がった。その後、私がスマホを確認しなかったばっかりに叔母さんは早退して家に帰ってきたと叔父さんから聞いた。
「じゃあ、遅くなる前に帰ってくるんだよ。何かあったら連絡すること、いいね?」
「はい。珈琲ありがとう御座いました。美味しかったです」
「気をつけてね」
町へ下りる坂道。一人で出掛けるのは初めてでゆっくりまだ冷たい空気を吸い込む。そして、ゆっくり吐き出す。白い吐息に空を仰ぐ。
同じ空なのに。狭く苦しかった世界は今や広大で何だが寂しい。でも、酷く自由だ。時の流れが違うのを感じる。ゆっくり空を眺めたのはいつだったか。空を羽ばたく鳥たちを立ち止まって悠々と見つめる。
自由は難しい。
ふわふわとスカート翻して、学校へ続く道とは違う方向に向かう。探索というワードはわくわくとぞくぞくで胸が高鳴る。偶にすれ違う人に挨拶しながらゆっくりゆっくり進む。
「第二回卒業記念制作?」
それは私が初めて降り立ったバス停の近くにあった。壁画。沢山の手形で描かれた桜。下の方に卒業生の名前が記されてる。
流石に見知った名前は無いけれど。自分達が過ごした証。そこにいたという事実。それはきっと、私が欲しているものだ。
バス停のベンチに腰を下ろす。ぼんやりと時刻表を眺めていると、次は一時間後にくるらしい。一時間に一本。乗り過ごしたら大変だ。
ちょっと前にここで明さんを待っていた時のどきどきを思い返す。
新幹線に在来線にバス。あらゆる交通手段を使ってここまでやってきた。ビルやホテルだらけだったあそこから風景は草木一色になり。スマホやイヤホンをした人々の群れは見なくなった。
難しい事はない。今だけを、前だけを見て生きられる場所。こんな、贅沢を享受する資格がはたまた私にはあるのか。
「お姉さん、春の妖精さんですか??」
空を見て呆けていたら、いつの間にか正面に座っている私の背丈の女の子がいた。あまりに突然の登場に声が出ない。
「ピンクのふわふわ素敵です。学校裏の桜の妖精さんですか?」
目をきらきらと輝かせた幼い女の子。どう対応するのが正解なのか。眩しい位、目を見開いてこちらの出方を伺う女の子。
「春が早くこの町にも来るように見回りをしてるんですよ」
そう言って、にっこりと微笑めば女の子は嬉しそうに続ける。
「私ね、桜大好き!! だから、妖精さんもお仕事頑張ってね」
「雪が降ってるからあともう少ししたら、咲くから待っててね」
はーい!と女の子は元気に返事をして駆け出した。女の子の行った方向をなんとなく眺める。私からすれば、妖精なのはきっと彼女の方だった。
ぴょこぴょこと揺れる二つの尻尾が揺れている。ツインテールなんて、久方していない。なんとなく二つに髪をわけてみる。何となく影を見つめる。二つの尻尾。似合ってるのか影じゃよくわからない。そもそも、高校生でツインテールはありなのかなしなのか。
「あれ? 結愛ちゃんじゃん」
不意に呼ばれてそのまま顔をあげる。そこにはスクールバッグを背負った守門さんがいた。持っていたスマホを構えてパシャリとシャッターを切った。
少し無言の時間が流れた。致し方ない。私は髪を掴んでいた手を離すと、守門さんのスマホに手を伸ばす。心の底から見られたくないシーンを押さえられた。確実に。
彼の方が圧倒的に身長が高い。こちらの三センチヒールじゃ全く持って足りない。戦闘外だ。
「著作権侵害って知ってますか?」
「なんのはなし〜。結愛ちゃん積極的じゃん」
「そりゃあ、積極的にもなります。急に現れて可笑しいです。絶対可笑しいです。さぼりですか?」
そう、ばれたぁ〜なんて軽く流す。諦めきれなくて飛び跳ねたり試行錯誤するが先に音を上げたの私だった。
そのまま後のベンチにすとんと腰を落とす。上がった息をゆっくり調える。恨めしそうに視線は守門さんから離れない。
「もう諦めるの〜。本当に結愛ちゃん体力無いんだね?」
「こんなに腹立つの久し振りです」
守門さんはスマホをカバンに仕舞うと結愛の隣に腰を落とした。胸ポケットから何かを結愛に差し出す。
「これ。現像したからあげる〜」
ここにきた初日に撮ったツーショットだ。思う事は色々あったが取りあえず素直に受け取った。掴みどころのない笑顔の守門さんと呆けた顔した自分。改めて見ても変な写真だ。
「ありがとうございます。で、まだ15時ですけど春合宿はどうしたんですか?」
「だから、さぼりだってばぁ~。スカートふわふわで可愛いね」
スカートを摘みながら言う。守門さんは掴みどころがわからない。顔がよくて、フレンドリーで親衛隊(?)もある。まだ、中学生なのに。
そもそも彼はどうしてバス停になんて来たのか。さぼる場所も無いのかここは。
「あ、なんか失礼な事考えてるなぁ。眉間に皺よってるよ〜」
「私、顔に出やすいみたいで」
えぇ、否定しないの〜なんて彼はおちゃらける。
「でもさ、本当にふわふわ似合ってるよ」
改めて、心の底から思ってますよと言わんばかりにトーンを落として顔を覗き込む。思わずぱちくりと瞬きをする。年の近い男子にそんな言葉かけられたことがなかったから。
結愛は返事ができない。守門はそんな反応がおかしくて笑う。
「あぁ、照れたぁ〜」
興味が削がれたのか空を見上げる守門さん。私は、彼から視線を逸らせないでいる。私は余りというか、全く今まで異性と関わる事が無かった。
(だから、きっと)
「ん? どうしたの〜」
(このキュンは恋じゃない)
思わず視線をそらして、今度は私が空を仰ぐ。自分があまりにもちょろ過ぎて涙が出そうだ。
「守門さんの距離感に慣れれば私は最強になれます」
「あぐりんじゃなくて、俺なの? なんか解せないなぁ〜」
二人並んで空を仰ぐ。平和でいいんじゃないか。バス停なのに全くもって人が来ないのが不思議だが。ふぅと吐き出した息は真っ白で、さぁと空気に馴染んで消えていく。すっかり身体は冷えてしまった。
「寒いんだろ? はい、今日は俺ので我慢してね〜。嫌とは言わないよねぇ。昨日、星羅くんの付けてたんだからぁ」
そう言って私の首元にふわっと巻き付ける。暖かい。冬の散歩も長時間は体が冷え切る。かじかむ手をポッケに仕舞うと立ち上がる。
「私は帰りますけど、守門さんはどうしますか? まだ、おさぼり決行ですか?」
「えー、俺置いていかれるかんじ? 一緒に帰ろ〜よ」
結局、二人して家に向かって歩き出した。車道側を私の歩調に合わせて歩く守門さんに、またなんとも言い難いむず痒さを覚えた。これがモテる男の常識なんだろう。それ位スムーズにスマートにやってのけるまだ中学生男児。
「守門さんはいつからこんななんですか?」
「こんなんって〜?」
「レディーファースト」
守門さんは少しだけ目を細め少し考えた後、こちらを見下ろしながら言った。空気が少し重くなった様な気がした。しゃりしゃりと雪道を歩きながら続ける。
「生きる為の知恵だからね」
あ、これは突っ込んじゃいけない。これ以上踏み込んじゃいけない。線が見えた。ここから先は立ち入り禁止。
出会ってから彼の印象はずっと、チャラくて、軽い女ったらしで。でも、今はなんだから少し違う印象を感じる。近付いて来てほしくないから、わざと道化を演じてるような確かな違和感。
「じゃあ、私は守門ファーストしましょうか?」
空気を変える様に少しおちゃらけて。普段の守門さんを模倣しながら。そうして、付け加える。
「新星一年ズは助け合いましょう。勿論、黒崎さんの事もですよ? こーゆー時の為のグループでしょ」
そう言って、スマホのグループを守門さんに向ける。なんてったって、このグループは私達三人しかいないのだ。下宿人グループの雲泥の差で全く動かない。まさになんで、作ったんだ状態だ。
「作ったわいいけど何呟けばいいのかわかんなくてさぁ」
「私も分からないですけど」
そう言って、守門さんの腕を引いてスマホの画角に収めて一枚写真を撮る。そして、すかさず送信。困り顔の守門さんと私。さっき貰ったチェキとは正反対な表情だ。
「え、何送ったの〜。これ、桐哉しかいないのにぃ」
慌ててスマホを取り出した守門さんが、送信された写真を確認する。
[新星一年ズ活動記録その一 守門さんは今日も元気です]
写真付きでそう投稿されていた。
「ひどくない? 俺、ペットみたいになってるんだけど」
「活動記録は大事です」
「しかも困り顔の写真使われてるし」
納得いかないと言いながらも、守門さんはどこか楽しそうだった。
すると数秒後。
ぽこん、と通知音が鳴る。
[黒崎 何してんだお前ら]
即レスだった。
「あ、見てた」
「桐哉、暇なんじゃない?」
「春合宿中ですよね?」
二人で顔を見合わせる。田舎の冬空の下。白い息が二人分重なる。
少し前までなら、こんなやり取りを誰かとする日が来るなんて思わなかった。スマホなんて必要最低限の連絡手段だったし、グループチャットなんて通知が増えるだけのものだと思っていた。
だけど、画面を見ながら笑ってしまう。なんだろう。 うるさいし、面倒だし、騒がしい。でも、少しだけ。本当に少しだけ。悪くないと思った。
・
「桐哉、スマホ開いて余裕だね? はい、これ追加ね」
開いていたスマホの上に英語のプリントが置かれる。健二さんは既に他のやつの課題を見ていた。
「はぁ」
ため息一つ。プリントの山からスマホを救出し、胸ポケットへ仕舞う。普段なら通知が来たってスルーするのだが、なんせ全く動いて無かったグループが動いたので興味本位で開いてしまった。
「桐哉がスマホ弄るなんて珍しいね」
桐哉の隣に座っているボーイッシュな女性が課題から視線を上げずに話しかける。声のトーンは一貫して平坦でそこまで興味がある訳ではなく、世間話の延長の様だ。
「スーモから連絡が来ただけだ」
「へー。それにしては楽しそうだけど」
あくまで課題に集中している彼女にたんたんと心の内を当てられていく様で、なんだがむず痒い。
普段、飄々としているスーモが困った顔で写真に収まる姿を思い出し、シャーペンを握る手が震える。それに比べて満面の笑みを浮かべていた結愛。
「うっせ」
図星を突かれ、とっさに言葉が思い浮かばない。ただ、はやくこの課題を終わらせなければ。はやく終わらせればと、手を必死に動かした。
(俺も混ざりたいとか思ってないし)
置いていかれた子供のような何とも言えない感情に思わず手が止まる。絆されてると自分でも思う。少しか関わってないのに、こんなにも心動かされる。
何事も無かったかの様にペンを走らせた。まずは課題を終わらせよう。片手で辞書を開く。今はこれに集中しよう。帰ったら、彼女はあそこにいるのだから。




