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2.はじめのいっぽ

 母屋の扉は引き戸だったがこちらの扉は開き戸だ。入り口も裏手にある様だ。笹川さんに連れ立って外に出る。ここに着いてからずっと出ずっぱりなのでコートを着たままだったのは幸いだ。足は靴下履いてても寒い。便所サンダルは防御力ゼロだ。


「まずはこっち、みてみて裏手は町が一望出来るんだよ。綺麗でしょ。町で一番ここが見渡しいいんだぁ」


 ちょこちょこと彼の後ろを付いていく。裏一面畑になっていて、ブランコがちょこんと置いてある。さらに奥の方には机に椅子が。


「今は何も無いけどそろそろ野菜植えるんだ。手前が野菜であっちの奥の方がお花。ひさじんはガーデニング趣味で健ちゃんも手伝ってるみたい」


 土の硬い所をいそいそと付いていく。ただでさえ防御力ゼロなのだ。気を付けて歩かないと。


「で、ここの奥の場所で夏はバーベーキューするんだ。楽しいよ! 畑で作った野菜焼くの。ここで採れた野菜美味しんだよ」


 椅子の汚れを軽く払って彼はどうぞと座るように促す。お邪魔しますと腰を下ろす。空は一面真っ赤で下々の町も明るく色付き始める。カラスが悠々と飛ぶ空は私の知らない世界だ。時間の流れが緩やかで穏やかな一日の一頁。


「笹川さんは元々住んでいた所に未練は無いんですか」


 隣に腰を下ろした笹川さんは着ていた上着を私の膝に掛けながら言う。


「んー。俺は中学からここにいるけど未練はないかな。あんまり帰らないし。ここが居心地いいんだ」


 中学からか。したらここに来て今年で五年目のはず。足をぷらぷらさせて続ける。


「ここで出会えた人脈が宝物っていうの? あそこに残ってたら絶対出会わなかったからさ。未練ないてないね。てか、先輩命令! 俺の事はあぐりんってよんで!」


 呼ばないと纏わりつくつくからねって、本当に周りをうろちょろされそうで怖いな。最初だけだろう。絡んでくるのも。


「あぐりん先輩って呼びますね。だから、うろちょろしないで下さい」


 私はそう言って膝に掛けてもらった上着を彼の肩に掛け直す。


「私、コート着てますから。あぐりん先輩、ティシャツ一枚じゃ風邪ひきますよ」


 彼は嬉しそうに笑って上着を受け取ってくれた。次々と機嫌を良くした彼に連れられて家の周りを案内してもらって。母屋の窓から叔母さんにご飯よっと怒鳴られるまでぐるぐるした。

 便所サンダル引っ掛けて外をぶらつくなんてちょっと前じゃ考えつかない。でも、誰かの背中を追い掛けるのはちょっと癖になりそうだ。そんな事彼に言ったら調子に乗ること間違え無いので口が裂けても言えないが。


「怒られちゃった。ご飯食べにいこ!」


 何だかんだで幕を閉じ。十人で食卓を囲んで一日が終わった。叔母さんが全員を最後見送って廊下の鍵をしめ、私もお風呂を借り一人時間が出来た。

 

 お風呂上がり今でぽやぽやしてるとキッチンから叔父さんがホットココアを持って来てくれた。凄く広いので2人だけだと何だが寂しい。


「どうぞ」


「ありがとう御座います」


 頂いたココアを一口飲む。ほっとひと息つくことが出来た。朝から何時間も掛けてここに来て、動きっぱなしだったから。


「亜久里に気に入られてたね。ここはどうしてもむさ苦しいしから女の子が来て嬉しかったんだね」


 しっかり叔父さんにも便所サンダルで徘徊してたの見られたみたいだ。恥ずかしい。ずずっと一口啜る。


「程々に仲良くなれたら嬉しいですね。こんなに大所帯なの初めてなので粗相しないといいんですけど」


 粗相って真面目だなぁなんて言われて。これを気にここでのルールを聞くことにした。今日みたいにご飯を全員で食べるのは夜だけで、基本はおじさん夫婦と下宿生で別れて食べるみたいだ。向こうは当番制で回しているらしい。何かある時だけ皆で食べる。 


「あの人たち皆自炊出来るんですね。大人だぁ」


「学年毎に作ってるみたいだけど一年の二人組の時は納豆か卵かけご飯に味噌汁だけみたいだよ。でも、三年二人組は手の込んだ料理するみたいだけどね」


 掘り炬燵にぬくぬくしながらココアを飲む。ここに来てから時間の流れがゆっくりで何かしなくちゃと思うのだが何する気にはならなくて。だから、あぐりん先輩みたいな人に振り回されるのも思ったより苦では無かった。


「後遺症はそんなに無いって聞いてるけど、何かあったら言うんだよ」


「はい。大丈夫です」


 私がここに来なくてはいけなくなった理由。あそこから離れたかった理由。叔父さんも知ってるみたいだ。保護者なんだから当たり前か。


「学校が始まるまであと二週間あるし、ゆっくり慣れていったらいいよ」


「はい」


 叔母さんがお風呂から上がって叔父さんはお風呂に行った。今度は叔母さんが叔父さんの座ってた所に座る。


「ひーくんと何話してたの?? 亜久里とずっと一緒に居たわね。馴染んでるようで安心だわ」


「人と話すの自体久し振りで変な事しなくて良かったかな」


 叔母さんは少し眉をひそめてまた話し続ける。


「ここは狭いから嫌でも人と話すわよー。覚悟しなさい!」


 なんて話して。門限は十八時だとか、そんな他愛のない話をして。明後日は制服を作りにいくよだとか。明日から好きに過ごしなさいと言われても何していいのか。

 

 「その顔は何ぃ? 何していいか分からないって顔」


 叔母さんは私の眉間に指を突き立てる。


「いい。学生の本分は遊ぶことよ。先送ってた段ボールも部屋にあったでしょ? 昔みたいにバック作ってよ。通勤用にするから」


 ぐりぐりとする指に更に力が込められる。


「但し、悪い事はしないでね。非行に走るのも無しの方向で」


 よしっと眉間から指が離れる頃には私の眉間は真っ赤になっていた。

 

「しないよ。約束だね」


「約束」


 叔母さんと別れて部屋に戻る。視界の片隅に確かに段ボールの山が。今日は目が覚醒して寝れる気がしないので少しずつ片付けいこう。ハサミで一つ一つ空けていく。

 一つにミシンが入っていた。叔母さんにも昔はバックとかポーチとか作ってあげていた。よく覚えていたなと思う。最後に使ったのは何時だったか。取り敢えず勉強机の横にでも置いておく。

 服は適当にハンガーにかけ、化粧品を仕舞う。沢山持ってきた紅茶は明日キッチンにしまわせて貰うことにする。


 部屋の時計を見ると既に零時を回っている所で。流石に寝ようといそいそとベットに潜り込んだ。何だかんだで疲れていたので直ぐ眠りについた。


―――


 とんとんと控えなノックの音で目覚める。


「ゆあちゃんおはよう。ご飯、冷蔵庫にあるから後で食べてね。僕達仕事に行くけどお昼は適当に冷蔵庫の使っていいから」


「…はーい」


 辛うじて返事だけすると叔父さんはおやすみと階段を降りていった。公務員は大変だ。なんてまた布団に潜り込んで、慌てて布団から飛び上がる。


「明ちゃん叔父さんいってらっしゃい!」


 寝ぼけ頭で階段の上から慌てて叫ぶ。明ちゃんと叔父さんのいってきますが返ってきたから聞こえてたと信じてる。そうしてまた部屋に戻って二度寝しようと戻ろうとしたが下がどうしても気になった。あの扉鍵閉まってるよな。

 パジャマのままとんとんと階段を降り、扉の前に立つ。扉は閉まっており鍵はかかっていた。


 よし、二度寝しようと回れ右仕様とした時だった。


 ガチャガチャ!!


 目の前のドアノブを誰かが力付くで開けようとしている。とても怖い。何様?? これはスルーでいいのか。空けないといけないのか。

 五回程ガチャガチャとトライして静かになった。これはホラーだ。めっちゃ怖い。ここは幽霊屋敷か。


 すると今度は外が騒がしい。どんどんどんと走って誰かが玄関に思いっきり開けた。叔母さん達どうして玄関あけっぱなしなの!!


 目が冴える方の金髪が玄関から急に入ってきて、扉の前でしゃがみ込んでる私を一瞥すると、舌打ちしてずかずかと中に入っていった。キッチンから幾つかの調味料を持ってまた玄関から出てった。出ていく前に何かいいたそうにこちらをじとりと見られたけど怖すぎて頭が回らなくて、素足で鍵かけて部屋に戻った。


 うん、きっと夢だ。


 そんなこんなで腰が抜けた私はそのまま玄関で眠りこけた。昼まで。



―――


 「ほらよ、調味料。次はお前いけよ」


 今日の朝ご飯当番は一年の守門・黒崎ペアだった。何時も調味料は、母屋から勝手に取って使っていたので何時も通り取りに行こうとしたら空いてなくて正面玄関から何時もの用に入ったら階段前に尻餅ついてる昨日の女がいた。

 正直な所、居るとは思ってなかったが故に勝手に扉を空け気にせず台所から取ってさっさと出て来たが見るからに怯えていた。

 くそっと頭をかく。怯えさせるつもりも無かったがあそこまで怯えられると後味が悪すぎる。


 そんな苛ついた様子にあいつも何か感じた様で味噌汁作りながら声をかける。


「もしかして、ゆあちゃんに遭遇しちゃった?? で、勝手に入った所鉢合わせたとか…まぢ?」

 

 俺が更にイライラしていくのを見て確信に変わった旅斗も固まる。


「急に知り合って間もない男が朝から急に家に現れたら普通怖がるよね。しかもこの顔面。鏡みてこいよ、一段とこえーから」


「うるせぇ」

 

 出来たとあいつは味噌汁をついでいく。ご飯は各々盛るスタイルだ。俺は冷蔵庫から人数分の納豆を机に並べてく。


 「今日も納豆かよぉ。そろそろ飽きた!」

 

 一番乗りに亜久里が何時もの席にご飯を盛って座る。次々と席に付いていく。


「亜久里もそんなに変わらないでしょ」


「えー、でも卵焼き作れるもん」


「誰がそこまで出来るようにしたことか」


 机に置かれた醤油を納豆に垂らしながら来季は言った。使ってからふと彼は思った。この調味料何処からどうやって持ってきたのか。


「ねぇ、二人とも。この調味料どこから持ってきたの?」


 味噌汁運びながら旅斗は答える。


「母屋に取り入ってきましたよ〜、桐哉が」


「えー、俺も行きたかった! 黒ばっかりずるい!」


 そこで来季が納豆をかき混ぜてた手を止める。視線を細めて亜久里をたしなめる。


「そーゆー問題じゃないよ、亜久里はちょっと黙れ。お前らもここに跪けはやく」


 彼は椅子の後ろに彼等二人を床に座らせる。彼の黒い雰囲気に二人とも黙って従う。後から食堂に来たメンツもそれぞれ飯を盛り様子を伺いながら各々食べ始める。来季のお説教タイムが始まったのだ。


「あのさ、昨日の話聞いてた? 昨日から隣には女の子が住んでるって。お前らの脳味噌は空か? 何のために廊下に鍵掛けてんのかわかってんの。あの子がこの事明さん達に口添えしたら俺等にも迷惑かかるってわからないかな?」


 朝から鬼の形相で怒られる。二人はお互いを肘で小突きあってる。それを見ていたピンク色の小春までもが口を開く。


「反省しなさいよ。朝からほぼ知らない男が急に入ってきたら鉢合わせなくても怖いに決まっとるが」

 

 あからさまに桐哉が静かになった。


「…まさか鉢合わせたんといわないよなぁ」


「いやぁ、それが鉢合わせたみたいで」


 おずおずと旅斗が口を開く。流石に召集がつかなくなってきた。来季が怒りに震えて声を出すよりも早く健児が口を開いた。


「過ぎてしまった事はしょうがないからまずはご飯を食べよう。旅斗と桐哉は後で一緒に謝りに行こうね。でも、何が悪かったか分かってる?」


 その問いに二人は何を言えば正解か分からなかった。


「彼女に何かあったら、追い出されるのは僕達だよ。ここから出ていきたく無かったらもう少し慎重に動くんだ。わかったかい?」


 座ってご飯食べて。と促され地獄の朝食タイムが過ぎていった。そうして二人は洗い物をしながら隣で拭いている来季の説教は続いていた。


「お前ら何が悪かったか結局理解してないだろ」


「もういいじゃないですかぁ。反省してますよ。これ終わったら謝りにいきますって」


「…すいません」


 洗いながらおちゃらけてる旅斗とは対照的に普段謝らない桐哉が反省してる。


「想像してみて。クラスメイトの女子が急に入って来たらどうするここに。僕等は七人いるけどあっちは二人が居なかったら一人なんだよ。僕達が追い出される以前に女の子の安全を脅かした事に反省しな」 


 来季は健児の怒ったポイントが気に食わなかったみたいだ。俺等に迷惑がかかるといのは本来大した問題では無いのだ。怖がらせた事が問題なのだと彼は俺達に促してる。


「特に桐哉は自分の顔面が怖いこと忘れるなよ。この町の人達が怖くないって言っても、一般的には怖いんだよ」


 大人しく二人はお説教を最後まで聞いた。これでも一応反省はしているので。黙々と洗ってキッチンを片付ける。終わる頃に健児さんが現れた。


「ほら、行くよ。入れてくれるといいんだけどね?」


 なんて、笑えない冗談を発して。旅斗と桐哉はお互い視線をやってやっぱり小突きあった。忘れず調味料をもって。


 母屋の玄関前に着くと健児はピンポンを押す。二回ほど押しても返事がない。玄関に手を伸ばすと鍵がかかってるのか開かない。


「彼女はしっかりしてるみたいで安心だよ。しっかり施錠してるし。インターホンまで鳴らしても出てこないよ」


 後ろにいる俺達の事をちらりと一蹴して笑顔でそう言うとポケットから合鍵を取り出す。


「えぇ。健児さん鍵持ってんの?」


「持ってたことを感謝するべきだろ。君達は」


 ガチャと鍵を空け、扉を開くと階段前でしゃがみ込んでるパジャマ姿の彼女を見つける。桐哉は息を飲んだ。朝からずっとここで寝ていたのだろうか。


「可哀想に腰を抜かしちゃってそのままなんじゃない。ただただ可哀想だね?」


 こちらを満面の笑みで振り向く。桐哉はゆっくり彼女に近付いた。意識が無いことを確認すると彼女を抱え込んだ。玄関前に寝かしておくのは流石に可哀想だ。それを見ていた健児は声をかける。


「三階の一番角の部屋だよ。崖側。運んだらさっさと戻ってこいよ。これ以上面倒は増やすな。ほら、旅斗はさっさと元の場所に戻してこい」


「ちぃーす」


 旅斗はちょちょっとキッチンへ置きに行くのを見据え階段をのぼり始める。下から健児の声が聞こえた。


「見つかったら面倒だから俺達先戻るからお前も早く戻る事いいな」


 そんな言葉を聞きながら一段一段慎重に彼女を運ぶ。すぅすぅと全く起きる気配は無い。羽のように軽いとは言わないが平均的な女子よりは多分凄く軽く。怯えていた彼女の顔を思い出し、早く離れようと歩調を少し速める。

 角の部屋は彼女が来る前に掃除を手伝ったから場所はわかる。両手がふさがっているので足で空けさせて貰う。ベットにゆっくり下ろす。起こさないように。謝りに来たはずなのになんて謝ったら良いのか分からない。クラスの女子とだってそんなに話さない。ただ、怯えさせるつもりは断じて無かった。これは本心だった。


 青白い顔。生きてるのか心配になって、手首で脈を取る。うん、生きている。女子となんて関わったことがないならどう接していいのか正直わからない。


 そうだ、早くここから出よう。ただでさえ勝手に入ってるのだ。ここで起きられたらまた怯えさせる。そう思い立ち上がろうとした時だった。後ろから服を引っ張られたのは。


 彼女は半分寝ているのか目は半分しか空いておらずとろんとしている。時間が止まったかの用にお互い何も言葉を紡がない。


「…これは夢ですか?」


 そんな問いかけに俺は上げかけていた腰を下ろす。ちゃんと説明しないとそれこそ大問題になる。頭では分かってるが、いざ目の前にすると言葉が出てこない。


「夢じゃなさそうですね。私、階段の所で寝てましたよね。運んでくれてありがとう御座います。明ちゃんに見つかってたら当分ベット生活でした」


 なんて、彼女はへらっと言ってのけた。朝の事なんか何も無かったかの用に。ありがとう御座いますなんて言われて。そもそも俺が。


「…急に入って悪かった。驚かせるつもりは無かった。ただ、どうしていいか分からなくて」


 彼女は目をぱちくりして状況が飲み込めてないのが見て取れる。


「謝るのは私の方じゃないですか。人の顔見て腰抜かすなんて最低野郎は私ですよ? だから、昨日みたいにツンとしてて下さい、ね?」


 キャラが壊れてますよと笑う。それでも顔色が優れない俺に彼女は続ける。


「そんなに気を病んでるんでしたら、下でお湯でも沸かしてて下さい。朝ご飯食べて無くて。一人は淋しいので付き合って下さい」


 そう言って服着替えますねといって、俺を追い出した。頭をかきながら、キッチンに向かってやかんを火にかける。朝ご飯はまだだと言っていた彼女のご飯をよそい、冷蔵庫の中に入っているおかずを温める。

 

 それぐらいやってもバチは当たらない筈だ自分がした不手際に比べれば。

 

 お湯が沸く前に彼女はとっとっと軽やかに階段を降りてきた。机に並ぶ食事をみて彼女は手にした紅茶を見せる。


「準備までしてくれたんですか?? スパダリ過ぎますね。今、紅茶淹れるので座ってて下さい。私だって同じ下宿人でお客様じゃ無いんですよ」


 そう言って椅子を引いて俺を座らせる。一緒に持っていたポットに茶葉と沸きたてのお湯を注ぐ。すると俺の前に持ってきて3分だったら注いで飲んで下さいね。と彼女は朝ご飯を食べ始める。時間は既に昼前だ。


「さぁ、飲んで下さい。気分が晴れますよ。そう言うフレーバーですから」


 さぁさぁと促されてコップに注ぎ一口飲む。紅茶は紅茶でも今まで飲んだことのない華やかなフルーティな味がした。


「やっと、笑いましたね! 私が勝手に腰を抜かしただけなのにそんなに落ち込まないで下さい。折角の強面も残念ですよ」


 彼女も自分のコップにお茶を注ぐ。


「敬語はやめろ。気持ち悪い」


「同じ学年だもんね。了解。だったら、黒崎さんもしおしおするのもう禁止だからね」


 なんて、軽口を叩く。あれは寝ぼけてたのが敗因だと分かってる。


「あれはどっちも悪くて起きた事故、オーケー?」


「…オーケー」


 満足したのか彼女はゆっくり食事を食べ進める。もきゅもきゅと小さな口で咀嚼する姿はまるで小動物だ。


「黒崎さんが今失礼な事考えてるのわかるよ。ビビッときたよ。黒崎さんって女子苦手なの?」


「苦手というか、関わり方が分からないと言うか」


「私と二人だと口も悪くないし」


「それはあいつが気に障ること言うからだし」


 二人は仲良しなんだねなんて。言われて思わずでけぇ声出しちまう。それでも彼女は笑って言う。


「それが仲良しなんじゃん」

 

 時計の針がもう少しで十二時を回る。手元の紅茶をゆっくり飲む。なんだか勿体ない気がしたのだ。この時間が直に終わってしまうのは。

 自分では人が増えて何か変わるとは然程も思っていなかったが、実際女子が隣に住んでいると言うことに浮かれていたのかもしれない。

 少なくともここに来るということは何か近しい理由を彼女も持っているはずだから。


「そう言えば黒崎さんはお昼はどうなの? 当番制で自炊してるって聞いたよ。凄いね。私との生活能力の差が」


「昼は各々残り物だったり、朝の残りを適当に食べる。ご飯だけ炊いとくんだ」


 へーとあんまり興味なさそうに空返事が返ってくる。彼女はお皿の上に残った手付かずの鮭を見つめながら、その視線を俺に向ける。

 

「お昼食べます? この鮭使ってよければ」


「いや、お前食えよ」


「お腹いっぱいなんですよ。炒飯でいいですよね? 直に出来ますから」


 ごちそうさまでしたと食べた食器を一度流しに入れ、冷蔵庫を覗く。手際よくハムと卵とレタスを取り出す。レタスをすすぎながら彼女は手招きをする。


「黒崎さんって料理は出来ないって思い込んでるでしょ。 目がそう言ってるよ」


「なんだそれ」


 自覚ある癖にと肘で軽く小突かれる。だが、何時もより弱い衝撃にあいつとの違いをまざまざと感じてるとはいっとフライパンを渡される。

 

「…俺が作るのか」


「指示するよ? 料理ってこんなんでいいんだよってのをね。実感しよ」


 彼女はフライパンに油を淹れるとニンニクチューブを一センチ位入れ、鮭を投入。木べらを渡して来た。これで身を潰すらしい。俺が潰してる間に米を持ってきて手渡される。


「米がなじんだらハムもキッチばさみで適当に切って入れて。私はレタス適当にちぎっとくね」


 たまに鍋かき回してねとアドバイス通りに木べらを使いながらハムを入れ、レタスを入れ卵をおとす。混ぜて混ぜてなんて言いながら彼女は塩コショウを振りかける。


「はい、味見」


 なんて、スプーンで渡されて一瞬固まる。味見ないと始まらないよと言われ、口を開くと彼女は笑って口に差し出す。…美味しいが何してるんだ自分。ふと、思いにふけってたら同じスプーンで味見をする彼女に俺は思わずおいっと声をかける。


「ちょっと、薄い? はい、最後に醤油一回し」


 こっちの様子など微塵も気にせずに醤油を鍋に入れて、混ぜて混ぜて何て言われ木べらで混ぜる。


「はい、完成。盛って食べなよ。洗い物してるからさ」


「俺も、洗う」


「こんなん直ぐだよ。はいお皿」


 渡されたお皿に移し終えると彼女はフライパンをさらっと受け取って水につけてる。手際よくスプーンも渡される。


「いただきます」


 椅子に座って一口食べる。しゃきしゃきしたキャベツがうまい。洗い物が終わったのか彼女も目の前の椅子に座り、紅茶を継ぎ足してくれた。


「ね、簡単でしょ?」


「ほぼ俺作ってねぇし」


「新婚さんみたいで楽しかったね」


 ごぼぉごぼっ思わず食っていた飯を喉に詰まらせる。紅茶飲みなとコップを指差し続ける。


「間接キスなんて気にしてかわいいなって」


「お前は恥じらいとか持てよ」


「女子の夢が壊れる?? ごめんて。野生の女子はもっと女の子だよ」


 もっと女の子ってなんだ。


 

 

 


 

 

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