表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

札束で焼く芋は、しょっぱい味がする

作者: けい
掲載日:2026/02/05

「ええい、苦労坂! なぜつかんのだ! 福沢諭吉の顔色が悪いぞ!!」


高級タワーマンションの最上階、夜景を一望するペントハウスのベランダで、豪徳寺金次郎は喚き散らしていた。

彼の目の前には最高級の焚き火台。その中には薪ではなく、一万円札の束が積み上げられている。


「社長……日本の紙幣技術をナメないでくださいよ。これ、透かしにホログラム、特殊繊維入りで、世界一燃えにくい紙なんですよ……!」

借金まみれの秘書・苦労坂が、涙目でチャッカマンをカチカチ鳴らしている。


「うるさい! 俺が食いたいのは『資本主義の焦げ目』がついた焼き芋だ! 庶民のガス火で焼いた芋など、貧乏くさくて喉を通らん!」


そう、これは極秘プロジェクト「オペレーション・渋沢」。

新紙幣発行を前に、「旧紙幣(諭吉)の魂で芋を焼くことで、新時代(渋沢)へのハイクラスなマウントを取る」という、金次郎の狂った思いつきだった。用意されたのは裏金1000万円。そして、スーパーで買った1本158円(税抜)の「紅はるか」である。


「くそっ、ならば火力だ! 物理で燃やせ!」

金次郎は帯封がついたままの札束を、まるで割り箸のようにへし折り、焚き火台へ叩き込む。

「燃えろ諭吉! 貴様の価値を熱量に変えろ!!」


ようやく火がつき始めた。だが、それはロマンチックな暖炉の炎ではない。特殊インクが燃える独特の異臭と、分厚い黒煙がモクモクと立ち昇る。


「社長、臭いです! なんか科学実験に失敗したみたいな臭いがします!」

「黙れ! これこそが成功者の香り、インク・オブ・サクセスだ!」

「いや、ただの有害物質ですよ!!」


芋の様子はどうだ、と金次郎がトングでつつく。

「……ぬるい。人肌より冷たい。なんだこの芋は! 俺へのリスペクトが足りないんじゃないか!?」

「芋に忖度は無理ですって! まだ30万円分しか燃えてないんですよ!?」

「ええい、じれったい! こうなればSNSで皆の知恵を借りよう!」


金次郎はスマホを取り出し、匿名アカウントで投稿した。

『【急募】一万円札を燃料にしているが、火力が安定しない。効率的な燃焼方法を求む #丁寧な暮らし #BBQ』


投稿から3秒。特定班が動いた。

背景に映り込んだタワマンの手すりの形状、夜景の角度、そして何より**「札束で芋を焼いている狂人」**というパワーワードから、瞬く間に住所が特定される。

コメント欄は地獄の様相を呈した。


『燃やしてるの裏金じゃね?』

『成金焼き芋おじさん発見w』

『国税庁のアカウント貼っとくわ』


「社長! 『いいね』よりも『通報しました』の通知が止まりません!!」

「バカな……俺はただ、究極のホクホク感を求めただけなのに!」


その時だった。

**『国税局査察部だ! 開けろ!!』**

ドンドン! と玄関を叩く音が響く。さらに、遠くからサイレンの音。ベランダから立ち昇る黒煙を通報された消防車だ。

さらに隣のベランダからは、「CO2削減に逆行していますわよ!!」とエコ活動家のマダムがホースで水を撒いてくる。


「マルサに消防に隣人! 全方位包囲網か!?」

苦労坂が頭を抱える中、金次郎の目は狂気に満ちた決断を下した。


「証拠隠滅だ苦労坂……! この裏金1000万円を全て燃やし尽くせば、脱税の証拠もなくなる! ついでにこの火力なら芋も焼ける! 一石二鳥だ!!」

「一石二鳥の意味、辞書で引き直してください!!」


金次郎はアタッシュケースを逆さまにし、残りの900万円余りを全て焚き火台へ投下した。同時に、苦労坂が隠し持っていたサラダ油(着火剤代わり)をぶちまける。


ボオオオオオオオオ!!


ベランダに、キャンプファイヤーなどという生易しいものではない、**金融恐慌クラスの火柱**が上がった。

舞い上がる火の粉(元・諭吉)。熱風に煽られ、空へ飛んでいく数枚の半焼けの一万円札。


「おお……見ろ苦労坂! これだ! これが俺の求めていた……インフレの炎だ!!」

「社長、前髪チリチリですよ!」

「熱い! 熱いぞ! 資本主義が! 俺を焼いている!!」


**バカアァン!!**

ドアが破られ、マルサの男たちが雪崩れ込んでくる。

「確保ーッ!!」

「消火器だ! 証拠(金)を消すな!!」


プシューーーッ!!

白い粉がベランダを覆い尽くし、1000万円のキャンプファイヤーは一瞬にして鎮圧された。


数分後。

手錠をかけられた金次郎の前には、無残に黒こげになった紙幣の残骸と、消火剤まみれで真っ黒になった「物体X(元さつまいも)」が転がっていた。


「連行しろ」

捜査官が腕を引く。だが金次郎は抵抗した。

「待ってくれ! 最後に……最後に一口だけ! 1000万円かけたこの芋の味見だけはさせてくれ!!」

捜査官は呆れつつも、最後の慈悲を見せた。


金次郎は震える手で、真っ黒な物体Xを拾い上げ、ガブリとかじりついた。


ガリッ。


鈍い音が響く。

中身は鮮やかな黄色……ではなく、生のカチカチのクリーム色だった。


「……ぐっ、生だ。……しかも、消火剤とインクの味しかしねぇ……」


金次郎は膝から崩れ落ちた。

1000万円と社会的地位を燃やして手に入れたのは、前科一犯と、歯が欠けそうなほど硬い生芋ひとつ。


***


数日後、留置所。

昼食の時間、鉄格子の隙間から差し入れられたのは、質素な蒸かし芋だった。

湯気が立つその芋を一口食べた金次郎の頬を、一筋の涙が伝う。


「ホクホクだ……」


彼は深く噛み締め、誰に言うともなく呟いた。


「……ガス代って、安かったんだな……」


この話はこれでおしまいだにゃー またにゃー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ