札束で焼く芋は、しょっぱい味がする
「ええい、苦労坂! なぜつかんのだ! 福沢諭吉の顔色が悪いぞ!!」
高級タワーマンションの最上階、夜景を一望するペントハウスのベランダで、豪徳寺金次郎は喚き散らしていた。
彼の目の前には最高級の焚き火台。その中には薪ではなく、一万円札の束が積み上げられている。
「社長……日本の紙幣技術をナメないでくださいよ。これ、透かしにホログラム、特殊繊維入りで、世界一燃えにくい紙なんですよ……!」
借金まみれの秘書・苦労坂が、涙目でチャッカマンをカチカチ鳴らしている。
「うるさい! 俺が食いたいのは『資本主義の焦げ目』がついた焼き芋だ! 庶民のガス火で焼いた芋など、貧乏くさくて喉を通らん!」
そう、これは極秘プロジェクト「オペレーション・渋沢」。
新紙幣発行を前に、「旧紙幣(諭吉)の魂で芋を焼くことで、新時代(渋沢)へのハイクラスなマウントを取る」という、金次郎の狂った思いつきだった。用意されたのは裏金1000万円。そして、スーパーで買った1本158円(税抜)の「紅はるか」である。
「くそっ、ならば火力だ! 物理で燃やせ!」
金次郎は帯封がついたままの札束を、まるで割り箸のようにへし折り、焚き火台へ叩き込む。
「燃えろ諭吉! 貴様の価値を熱量に変えろ!!」
ようやく火がつき始めた。だが、それはロマンチックな暖炉の炎ではない。特殊インクが燃える独特の異臭と、分厚い黒煙がモクモクと立ち昇る。
「社長、臭いです! なんか科学実験に失敗したみたいな臭いがします!」
「黙れ! これこそが成功者の香り、インク・オブ・サクセスだ!」
「いや、ただの有害物質ですよ!!」
芋の様子はどうだ、と金次郎がトングでつつく。
「……ぬるい。人肌より冷たい。なんだこの芋は! 俺へのリスペクトが足りないんじゃないか!?」
「芋に忖度は無理ですって! まだ30万円分しか燃えてないんですよ!?」
「ええい、じれったい! こうなればSNSで皆の知恵を借りよう!」
金次郎はスマホを取り出し、匿名アカウントで投稿した。
『【急募】一万円札を燃料にしているが、火力が安定しない。効率的な燃焼方法を求む #丁寧な暮らし #BBQ』
投稿から3秒。特定班が動いた。
背景に映り込んだタワマンの手すりの形状、夜景の角度、そして何より**「札束で芋を焼いている狂人」**というパワーワードから、瞬く間に住所が特定される。
コメント欄は地獄の様相を呈した。
『燃やしてるの裏金じゃね?』
『成金焼き芋おじさん発見w』
『国税庁のアカウント貼っとくわ』
「社長! 『いいね』よりも『通報しました』の通知が止まりません!!」
「バカな……俺はただ、究極のホクホク感を求めただけなのに!」
その時だった。
**『国税局査察部だ! 開けろ!!』**
ドンドン! と玄関を叩く音が響く。さらに、遠くからサイレンの音。ベランダから立ち昇る黒煙を通報された消防車だ。
さらに隣のベランダからは、「CO2削減に逆行していますわよ!!」とエコ活動家のマダムがホースで水を撒いてくる。
「マルサに消防に隣人! 全方位包囲網か!?」
苦労坂が頭を抱える中、金次郎の目は狂気に満ちた決断を下した。
「証拠隠滅だ苦労坂……! この裏金1000万円を全て燃やし尽くせば、脱税の証拠もなくなる! ついでにこの火力なら芋も焼ける! 一石二鳥だ!!」
「一石二鳥の意味、辞書で引き直してください!!」
金次郎はアタッシュケースを逆さまにし、残りの900万円余りを全て焚き火台へ投下した。同時に、苦労坂が隠し持っていたサラダ油(着火剤代わり)をぶちまける。
ボオオオオオオオオ!!
ベランダに、キャンプファイヤーなどという生易しいものではない、**金融恐慌クラスの火柱**が上がった。
舞い上がる火の粉(元・諭吉)。熱風に煽られ、空へ飛んでいく数枚の半焼けの一万円札。
「おお……見ろ苦労坂! これだ! これが俺の求めていた……インフレの炎だ!!」
「社長、前髪チリチリですよ!」
「熱い! 熱いぞ! 資本主義が! 俺を焼いている!!」
**バカアァン!!**
ドアが破られ、マルサの男たちが雪崩れ込んでくる。
「確保ーッ!!」
「消火器だ! 証拠(金)を消すな!!」
プシューーーッ!!
白い粉がベランダを覆い尽くし、1000万円のキャンプファイヤーは一瞬にして鎮圧された。
数分後。
手錠をかけられた金次郎の前には、無残に黒こげになった紙幣の残骸と、消火剤まみれで真っ黒になった「物体X(元さつまいも)」が転がっていた。
「連行しろ」
捜査官が腕を引く。だが金次郎は抵抗した。
「待ってくれ! 最後に……最後に一口だけ! 1000万円かけたこの芋の味見だけはさせてくれ!!」
捜査官は呆れつつも、最後の慈悲を見せた。
金次郎は震える手で、真っ黒な物体Xを拾い上げ、ガブリとかじりついた。
ガリッ。
鈍い音が響く。
中身は鮮やかな黄色……ではなく、生のカチカチのクリーム色だった。
「……ぐっ、生だ。……しかも、消火剤とインクの味しかしねぇ……」
金次郎は膝から崩れ落ちた。
1000万円と社会的地位を燃やして手に入れたのは、前科一犯と、歯が欠けそうなほど硬い生芋ひとつ。
***
数日後、留置所。
昼食の時間、鉄格子の隙間から差し入れられたのは、質素な蒸かし芋だった。
湯気が立つその芋を一口食べた金次郎の頬を、一筋の涙が伝う。
「ホクホクだ……」
彼は深く噛み締め、誰に言うともなく呟いた。
「……ガス代って、安かったんだな……」
この話はこれでおしまいだにゃー またにゃー




