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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第8章 奈落

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203Y年3月6日 東京/マイノット/ワシントン・コロンビア特別区

203Y年3月6日

日本 東京都千代田区 総理大臣官邸

大泉は一瞬、視線を落としたが、意を決したように顔を上げた。


「……非核三原則の例外措置です。具体的には、米軍の核アセットの日本領土への『持ち込み』を認めるべきだと考えます」


会議室の空気が、一瞬で凍りついた。戦後日本の国是とも言える原則に、ついにメスを入れようという提案だった。


「大泉さん、それはあまりに……」

「総理、わかっています! これがどれほどの政治的、歴史的タブーであるかは。しかし、中国が『台北や東京を守るために、ロサンゼルスやニューヨークを火の海にはしないだろう』と認識することこそが、最大の悲劇を招くのです」

「現状では、日本への核攻撃に対する反撃は、米国本土周辺から大陸間弾道ミサイル(I C B M)等を使用して行われることになっています。しかし、中国軍がアジアの戦域内で低出力・短射程の戦術核を使っただけで米軍がそのような反撃をすれば、大きなエスカレーションになります。『アジアでの限定核攻撃なら、米国は戦略核のエスカレーションリスクを冒してまで報復してこないだろう』、中国はそう誤認しかねない。米軍の核が日本の地に存在する。日本が攻撃されれば、日本国内から直ちに報復がくる。その事実こそが、北京の狂気を冷却する唯一の手段ではないでしょうか」

「私も、防衛大臣の意見を否定はしません」


持田外相が、大泉を遮るように手を挙げた。


「外交当局としても、米国の『拡大抑止』の信頼性を再構築しなければならない。ポーカー大統領は強力な支援を約束していますが、北京は米国の世論が核の撃ち合いを許容しないと踏んでいる。その計算を狂わせるには、日本が核を受け入れる覚悟を示す必要がある」

「……非核三原則、ですか」


高城総理が、絞り出すように呟いた。


「被爆国として、そして平和国家として歩んできたわが国が、その根幹を変える。それが何を意味するか、お二人は重々承知のはずです。政権の崩壊どころか、この国そのものの形が変わってしまうかもしれない」

「その『国』が、一発の核で灰になってしまっては、形も何もありません!」


大泉が机を叩き、身を乗り出した。


「総理、今この瞬間も、北京の地下では核ミサイルのターゲットが日本の都市に設定されているかもしれない。国民を核の炎から守るためなら、私はどんな政治的責任でも取ります。……いや、泥を被るのが我々、国務大臣の仕事ではありませんか」


激しい議論は一時間を超えた。戦後日本のアイデンティティと、目の前の存亡の危機。高城総理の脳裏には、広島・長崎の記憶と、今まさに怯えているであろう一億二千万人の国民の顔が、激しく交錯していた。


「日本の安全を守るためやむを得ないとき核持ち込みを認めるかは、『その時の政権が命運をかけてギリギリの決断をし、国民に説明する』、二〇一〇年、当時の民主党政権の外務大臣はそう国会答弁しています。以来、それが日本政府の一貫した見解です。今が、まさにギリギリの決断のときではないでしょうか」


持田外相が付け加えた。

やがて、高城はゆっくりと目を開けた。その瞳からは迷いが消えていた。


「……わかりました。三原則を完全に破棄するのではなく、今の非常事態に限り、拡大抑止の信頼性を物理的に担保するための『特例』を認めます」


高城は秘書官を呼び、ワシントンへの緊急電報の起草を命じた。


「持田大臣、直ちにホワイトハウスと調整に入ってください。わが国は、米軍に対し、核運用能力を持つ戦略的アセットの派遣を要請します。それが爆撃機なのか、潜水艦なのか、あるいは巡航ミサイルなのか……形式は問いません。ただし条件があります。それは『日本の主権と連携の下で、北京に明白な恐怖を刻み込むもの』であることです」

「了解しました。直ちにポーカー大統領へ伝えます」


大泉は深く頷き、持田は足早に会議室を去った。 独り残された高城総理は、窓の外に広がる、まだ平和を装っている東京の街並みを静かに見つめた。ついに、賽は投げられた。日本の決断は、太平洋を越えて、ワシントンの巨大な軍事機構を動かそうとしていた。北京の独裁者が放った核の影に対し、今、自由の陣営が「鋼鉄の返答」を返そうとしていた。


203Y年3月6日 午後11時(米国東部時間 午前9時)

アメリカ合衆国 ワシントン・コロンビア特別区 ホワイトハウス

ワシントンの朝は、北京からの核恫喝という冷たい衝撃で幕を開けた。 大統領執務室の机を挟み、ポーカー大統領は、日本から届いた「核アセット派遣要請」の極秘電文を、短く鋭い視線で一瞥した。


「……タカギの野郎、ついに腹を括りやがったか。あのアマ、最高にタフだぜ」


ポーカーは、手にした安物の葉巻を灰皿に叩きつけると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。周囲の補佐官たちが核戦争の現実味に顔を蒼白にする中、この「荒っぽい」大統領だけは、むしろ自らの独壇場が訪れたことを確信していた。


「北京の臆病者どもは、核をチラつかせれば我々が逃げ出すと本気で信じているらしい。だが、あいつらは致命的な間違いを犯した。自由の陣営に核で喧嘩を売るなら、こっちはその十倍の絶望で返してやるのが礼儀ってものだ」


ポーカーは大統領専用電話を取り、ルイジアナ州バークスデール空軍基地、空軍地球規模攻撃軍団《A F G S C》の司令官へ直接繋いだ。

「作戦名『ナイト・スタック』を発動しろ。出し惜しみは無しだ。最新の『レイダー』を三沢へ飛ばせ。……そうだ、腹の中には特上の『ギフト』を詰め込んでおけ。北京の奴らが寝汗をかいて飛び起きるようなやつをな」


アメリカ合衆国・ノースダコタ州ウォード郡マイノット市 マイノット空軍基地

漆黒の闇に包まれた滑走路に、異様なシルエットが浮かび上がった。アメリカ空軍の最新鋭ステルス戦略爆撃機、B-21「レイダー」である。全翼機特有の滑らかな曲線を持つその機体は、既存のあらゆるレーダーを無効化し、死神のように静かに、そして確実に目標を葬り去るために設計されていた。

ハッチが開いた機体内部には、最大射程二千五百キロ以上のステルス巡航ミサイル「AGM-181 LRSO」が、鈍い銀色の輝きを放ちながら装填されていた。このLRSOは、従来の空中発射巡航ミサイルを遥かに凌駕する生存性を備えている。レーダー反射断面積(R C S)を極限まで抑えたその流線形のボディは、超低空での地形追随飛行で中国軍が誇る統合防空システムの網をすり抜け、針の穴を通すような精度で目標へと突き進む。

その弾頭は、W80mod4熱核弾頭。百五十キロトンの核出力を誇り、一九四五年に広島へ投下された原子爆弾の十倍に相当する。もし北京の中南海の上空で炸裂すれば、爆発の瞬間、半径約五百メートルの「火球」が発生し、爆心直下の構造物は一瞬にして蒸発する。中南海の池も歴史ある建物もそこに集う権力者たちも、物理的な実体を失い光の中に消える。続いて一キロ圏内には五千ミリシーベルト(一般人の年間被曝限度は一ミリシーベルトである)の電離放射線が降り注ぎ、運よく爆発を生き延びても一ヶ月以内に致命的な放射線障害が襲う。さらに爆風の圧力は凄まじい。爆心から約三・七キロ圏内では、五psiの過圧によってほとんどの住宅や商業ビルが飴細工のようになぎ倒され、瓦礫の山と化す。この「中程度の被害」の範囲だけでも四十四平方キロメートルに及び、そこでは火災が同時多発的に発生して都市を焼き尽くす。熱線による被害はさらに広大だ。半径五キロを超える範囲で、人々の皮膚を焼き切る第三度熱傷が引き起こされる。そして、十キロメートル以上離れた場所でさえ、爆風によってガラス窓が粉砕され、破片が凶器となって市民を襲う。推定死亡者数は最低でも約四十八万人、負傷者数は百五十五万人を超える。まさに究極の抑止力であった。


「チェックス・コンプリート。ウィザード01、三沢に向けて離陸する。……自由の重さを、北京に教えてやろう」


アフターバーナーの轟音を抑えた特殊な排気ノズルが、かすかな陽炎を噴き出した。一機のB-21が、続いてもう一機が、巨体を翻してノースダコタの空へと吸い込まれていく。それらは太平洋を横断し、アラスカ州エルメンドルフ・リチャードソン統合基地経由で日本の青森県・三沢基地へと向かう。


203Y年3月7日  日本 東京都千代田区 総理官邸


「……アメリカが、承諾しました。B-21がマイノットを発ちました。目的値は、三沢です」


持田外相の報告に、高城総理は静かに目を閉じた。日本の土に、再び核の影が落ちる。それは戦後日本の国是を、そして「平和」という言葉の定義を、根底から塗り替える歴史的瞬間であった。

「核には核を」。冷戦期を遥かに上回る、極限の睨み合いが始まった。ポーカー大統領が放った「レイダー」の翼は、北京の独裁者に対し、これ以上のエスカレーションは全滅を意味するという、無慈悲なまでの最終回答を突きつけようとしていた。

三沢基地への核爆撃機展開。それは、自由の陣営が「奈落の縁」に踏みとどまり、独裁者の首元に「鋼鉄の刃」を突き立てたことを意味していた。

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