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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席


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203Y年1月 台北

203Y年1月

中華民国/台湾 台北市中正区 総統府

台北市中正区。中華民国国軍によって許可なき上空飛行が厳格に禁じられ、91式小銃を携え周囲に鋭い視線を配る憲兵第202指揮部の隊員たち、そして巧妙に隠蔽配置された対ドローンシステムや短距離防空システムによって、24時間体制の厳戒下にある「博愛警備管制区」。 その中心に鎮座する中華民国総統府の建物は、大日本帝国台湾総督府庁舎として建設された1919年から変わらぬ威容を湛えていた。

赤レンガ造りの重厚な外壁を、冬の湿った夜霧がじわじわと包み込んでいく。総統府の周囲には、有事の際のバリケードとなる重連式の鉄条網が蛇のように展開され、街灯の光を反射して鋭い殺気を放っていた。 内部の長い廊下では、巡回する憲兵の軍靴の音だけが不気味に響き渡り、すれ違う職員たちの顔には隠しようのない焦燥が深く刻まれている。

会議室の空気は、暖房の設定温度以上に熱を帯びていた。円卓の主座に座る郭文耀(グオ・ウェンヤオ)・中華民国総統は、深く刻まれた眉間の皺を指先でなぞりながら、目の前の報告書に視線を落としていた。


「……もう一度、衛生資材の状況を説明してくれ」


郭総統の低い声に応じたのは、中華民国軍参謀本部軍事情報局(M I B)局長、陸健民(ルー・ジエンミン)陸軍中将だった。陸は軍人らしい峻厳な顔つきを崩さず、壁面のモニターに鮮血を思わせる赤いグラフを映し出した。


「はい。電波傍受、ヒューミント(人的情報)、および米海軍情報局やJICPAC(米国インド太平洋軍統合情報センター)からの提報を総合した結果、中共軍東部戦区が一部地域――具体的には福建省および広東省において、輸血用血液、代替血液、および広域スペクトル抗生物質を大量調達していることが確認されました。これに伴い、厦門や福州の民間病院では、予定されていた手術の半数が無期限延期に追い込まれています」


陸中将は一拍置き、総統を射抜くような視線で続けた。


「総統、これは過去のどの演習でも見られなかった異常事態です。我々は、2022年のロシアによるウクライナ侵略直前の動静を想起すべきです。あの時も、国境付近への野戦病院の展開と血液製剤の集積こそが、単なる示威行動ではない『本物の戦争』の予兆でした。共匪は今、明らかに数万人規模の戦傷者を迎え入れる準備を整えているのです」


陸中将の言葉には、確信に満ちた怒りと警告が籠もっていた。それに対し、テーブルの向かい側で鼻を鳴らし、冷笑を浮かべたのが経済部長の謝承宗(シエ・チェンゾン)だった。 謝は、国民党内の長老派や親中ビジネス界からの強力な後押しを受け、郭総統が政権の安定という「党内力学」のために、苦渋の選択で入閣させた人物である。


「陸局長、軍事屋の視点ではそう見えるのかもしれませんがね」


謝は、仕立ての良いスーツの袖口を整えながら、慇懃無礼な口調で口を開いた。


「血液の備蓄など、冬場の感染症対策や春節に向けた非常事態への備えといくらでも説明がつく。それよりも、貴方たちの過剰な反応が北京を不必要に刺激し、海峡両岸の経済的な生命線を断ち切ることを懸念すべきだ。対話の扉を開き続け、平和的な統一の可能性を模索することこそ、我ら中華民国の真の国益ではないか。……『首戦即終戦』、戦争が始まれば直ちに敗北で終わる。これが両岸軍事バランスの冷徹な現実だ。不確かな情報で国民を戦火に晒すのは、経済部長として看過できませんな」

「不確かな情報だと? 奴らが侵略を目論んでいるのは火を見るより明らかだ!」


国防部長の厳大維(イェン・ダーウェイ)が、謝を睨みつけながら机を叩き、声を荒らげた。 遮るように、陸中将が淡々と詳細を付け加える。


「東部戦区で台湾への着上陸侵攻任務を割り当てられている第72、73集団軍には、これまでにない無線通信パターンの出現をはじめ、複数の異常な動きが確認されています。また中共軍の第31、第32兵站支援旅団は、福建省厦門、福州、および広東省汕頭の民間港湾施設の一部を実質的に接収。そこに弾薬、燃料、被服、そして複数個の合成旅団の数ヶ月分に及ぶ野戦食糧と飲料水を集積している――。我々はそう断定しています」

「謝部長、貴公は大陸からの投資と引き換えに、この島の主権を差し出すつもりか」


外交部長の林瑞隆(リン・ズイルン)も、厳に同調するように深く頷いた。


「敵はすでに、北京の意向に従わないメディアやSNS投稿を徹底的に排除し、兵站組織を戦時体制に移行させている。これは経済摩擦ではない。民族と国家の存亡を賭けた危機だ」


しかし、謝部長に同調する親中派の閣僚たちは、執拗に異議を唱え続けた。


「米国が本当に助けてくれる保証があるのか?」

「まずは大陸側に特使を送り、誤解を解くべきだ。刺激してはならない」

「下手に動員をかければ、大陸側の主戦派に開戦の口実を与えるだけだ。その責任を取れるのか」


議論は平行線を辿り、室内の空気は澱んでいく。郭総統は、自らの政権を内側から食い破る党内の亀裂が、国家安全保障という土壇場で最悪の形で露呈していることに、暗い絶望感を抱いていた。

深夜二時を回った頃、郭総統は力なく、しかし重い腰を上げた。


「……諸君、議論は尽くした。だが、現状で全軍の動員や警戒レベルの引き上げを行うことは、謝部長が危惧するように、国内経済への打撃と北京への過度な挑発になりかねない」


陸中将と厳部長の顔に、深い落胆の影が走る。

「ただし――」


郭総統は、絞り出すように言葉を継いだ。


「最前線の兵士たちを無防備に放っておくことはできない。金門(ジンメン)島、馬祖(マーツー)列島、および東沙(ドンシャー)諸島の各守備隊に対し、弾薬、食料、医療物資の『定例補給』の名目での緊急追加搬入を承認する。……これはあくまで平時の補給活動であり、増援ではない。対外的な発表は一切行わない。以上だ」


結局、その夜の国家安全会議で決まったのは、大陸沿岸の最前線にある離島への、ひっそりとした補給の継続だけだった。それ以外の根本的な防衛対策や、同盟国との緊密な連携、国民への警告については、党内対立という見えない「融解」に阻まれ、何一つ結論が出ないまま散会となった。

総統府の屋上では、凍てつくような冷たい雨が降り始めていた。 台北の街の灯りは、すぐ側にまで迫っている巨大な漆黒の影に気づかぬまま、偽りの安らぎの中で眠りに就こうとしていた。

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