203Y年3月4日 フィリピン海
203Y年3月4日 午前3時
フィリピン海 台湾東方沖海域
深い群青色の闇に包まれたフィリピン海を、巨大な鋼鉄の島々が波を切り裂き、北西へと突き進んでいた。日米連合艦隊主力、第71任務部隊である。 中心に陣取るのは、アメリカ海軍の原子力空母「ジョージ・ワシントン」と「ロナルド・レーガン」。その二隻の巨体に並走するのは、事実上の空母化改修を終えた海上自衛隊の多機能護衛艦「いずも」であった。
「いずも」の飛行甲板では、淡い誘導灯の光の中、F-35B戦闘機がリフトで次々と引き上げられ、発艦位置へと固定されていく。周囲を固めるのは、最新鋭のイージス護衛艦「まや」「はぐろ」、そして米海軍のミサイル駆逐艦「ハワード」「ヒギンズ」といった防空艦の精鋭たちである。
「花蓮港接近経路、最終ポイント到達まであと三〇分。全艦、対空・対潜警戒レベルを最大に引き上げろ」
「いずも」の艦橋で、第一護衛隊群司令が海図を睨みつけながら命じた。 前方、数百マイル。そこには北京の独裁者が敷いた「台湾封鎖網」の東の壁が立ちはだかっている。日米の機動部隊は、花蓮港への増援ルートを切り拓くための「破城槌」となるべく、その爪を研いでいた。
203Y年3月4日 午前3時30分 フィリピン・ルソン島沖
一方、南方からは別の巨大な圧力が海峡へと迫っていた。ルソン島北端、エンガニョ岬沖を航行する英国海軍の空母「クイーン・エリザベス」を中核とする英豪米連合打撃群である。 その直掩には、オーストラリア海軍のホバート級駆逐艦、米国海軍のアーレイバーク級駆逐艦、そして海面下には、異様な静粛性を誇る豪州海軍のAUKUS級原子力潜水艦が、中国軍の潜水艦を狩るべく先陣を切っていた。
「クイーン・エリザベス」のスキージャンプ飛行甲板から、F-35Bが爆炎を引いて漆黒の空へと飛び出していく。
「こちら連合艦隊南方部隊。高雄港接近経路、ポイント・アルファを通過。艦載機全機、発艦完了。戦術データリンク同期中」
英国空母の管制室から、冷静な報告が司令部へ飛ぶ。 彼らの目標は、台湾南部の要衝・高雄を締め上げる中国軍の南海艦隊を粉砕し、海上補給路を強行突破することにある。
203Y年3月4日 午前4時 「ジョージ・ワシントン」戦闘指揮所《C I C》
日米英豪、四カ国の艦隊を繋ぐ|統合全領域指揮統制システム《J A C D 2》のモニターには、台湾を包囲する中国艦隊の配置が、赤く禍々しい輝きとなって映し出されていた。
「北東から日米、南から英豪米。首輪は揃った。……ポーカー大統領の言う通り、喧嘩の準備は万端だ」
第7艦隊司令官が、不敵な笑みを浮かべてマイクを握った。
「全艦、戦闘準備態勢。台北の台湾軍司令部へ伝達せよ。……連合艦隊は、今より『黎明の剣』を振り下ろす」
空母のカタパルトから、米海軍のF/A-18Eスーパーホーネット、そしてF-35Cが、マッハの衝撃波とともに次々と発艦していく。暗雲を切り裂き、台湾本島へと向かう数百の光点は、自由の意志を運ぶ使者であった。 東シナ海から南シナ海に至る広大な海域で、中国軍の封鎖網を内と外から同時に粉砕するための、空前絶後の反攻作戦が、今まさに火蓋を切ろうとしていた。
203Y年3月4日 午前4時15分 中華民国/台湾
日米英豪の連合艦隊が台湾沖の会合点へと突き進む中、台湾本島でもまた、沈黙を守り続けてきた「牙」が剥き出しにされた台湾全土の山間部や海岸近くに張り巡らされた地下トンネル。その強固な偽装網が引き剥がされ、中から巨大なキャニスターを背負った機動発射車両が次々と姿を現した。
「目標、東部海域の敵艦隊。全ユニット、射撃待機」
地上に展開したのは、海軍、海鋒大隊《対艦ミサイル部隊》の「雄風二型」および超音速対艦ミサイル「雄風三型」の機動発射機である。これまでは中国軍の先制ミサイル攻撃を避けるために地下深くで息を潜めていたが、連合艦隊の接近という絶好の好機に合わせ、一斉に狩りの準備を整えたのである。車両の油圧ジャッキが地面を固定し、四連装のランチャーが、北京の野望を粉砕するために空を仰いだ。
203Y年3月4日 午前4時30分 中華民国/台湾 太平洋沿岸
断崖絶壁が続く台湾東部の太平洋岸。そこにある小さな漁港や避難港に分散配備されていた、海軍の最新鋭ステルス艦「沱江級コルベット」に火が入った。一隻で「雄風二型」八発、「雄風三型」八発という、排水量千トンに満たない小艦艇としては異例の計十六発の対艦ミサイルを装備するこの「空母キラー」たちは、夜の闇を裂いて港外へと一斉に出撃した。
「本艦はこれより第一目標への接近を開始する。波に乗り、影となり、敵を深海へ送るぞ」
沱江級の双胴船体が波を切り裂き、時速八十キロを超える高速で中国海軍南海艦隊の側面へと回り込む。最新のステルス設計により、中国艦隊のレーダー網を掻い潜りながら、その十六本の毒牙を放つため、獲物を射程内に捉えようとしていた。
203Y年3月4日 午前4時45分 中華民国/台湾 花蓮県 佳山空軍基地
花蓮の背後にそびえる中央山脈。その巨大な岩山をくり抜いて造られたアジア最大級の地下基地、佳山空軍基地。重厚な鋼鉄のゲートがゆっくりと左右に分かれると、誘導灯の光に照らされた滑走路上に、最新鋭のF-16V戦闘機がその姿を現した。その両翼には、米国製対艦ミサイルのロングセラー、AGM-84「ハープーン」が重々しく装備されている。
「ウィングマン、準備はいいか。連合艦隊の艦載機群と合流する。……今日、この空と海を我々の手に取り戻すぞ」
アフターバーナーの轟音が地下空間に反響し、F-16Vの編隊が次々と漆黒の空へと吸い込まれていった。 同様の光景は、台東の志航基地や清泉崗基地でも繰り返されていた。
地上からは「雄風」の機動部隊が。海面からは「沱江級」の隠密部隊が。そして空からは「ハープーン」を抱えた戦闘機隊が。日米英豪の連合艦隊の接近という最高の「呼び水」を得て、台湾軍の全周反攻態勢が完成した。
「全軍へ、台北司令部より発進。作戦名『黎明の剣』、反撃開始!」
無線機から流れるその合図とともに、台湾海峡を包囲していた中国軍に対し、内側と外側から同時に、空前絶後の「鉄の嵐」が解き放たれようとしていた。




