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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第7章 解放

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203Y年3月1日-3月2日 台湾

203Y年3月1日 午後9時

中華民国/台湾 台北市内 

画面が切り替わり、一人の女性がカメラを真っ直ぐに見据えて立っていた。林梓晴リンズーチン副総統である。彼女の表情には悲壮感はなく、代わりに岩のような硬い決意が刻まれていた。驚くべきは、彼女の背後に並ぶ顔ぶれだった。

そこには、韓万安参謀総長や蔡隆元国家安全局長をはじめとする制服組のトップだけでなく、これまで郭政権の対中政策を「過激だ」と批判してきた国民党の重鎮や、経済界に近い閣僚たちが、平素の政治的主張を超えて、一列の強固な「盾」のように並んでいた。


「わが国民諸君、そして自由を愛する世界の皆さん。私は今、郭総統の臨時代理として、この演壇に立っています」


林の声は、震えることなく台北の街に、そして海峡を越えて大陸にまで響き渡った。


「郭総統は重傷を負いました。卑劣なテロにより、彼は今も集中治療室で死の淵から戻ろうと戦っています。しかし、意識が途切れる直前、彼が絞り出した言葉は、自らの命を案ずるものではありませんでした。彼は私の手を握り、『台湾不屈服(台湾は屈しない)』、そう一言だけ告げたのです」


林が横に一歩退くと、閣僚や党首たちが代わる代わるマイクの前へと進み出た。それは、政治的対立という「平時の贅沢」を捨て去った、一つの国家の産声であった。


「国防部長です、国軍は健在です。金門島での防衛戦において、我々は侵略者の第一波を粉砕しました。日米連合軍も既に与那国島を解放し、救援の航路は確実に拓かれつつあります。敵は指導者の命を狙うことで我々を混乱させようとしましたが、それは致命的な計算違いです。郭総統の流した血は、全軍の魂に火をつけました。我々は最後の一兵になってもこの島を、自由を、守り抜きます」

「私はこれまで、大陸との対話による平和を信じてきました。総統の強硬姿勢を危ういとさえ思っていた。しかし、今夜、私が目にしたのは、対話のテーブルではなく、卑劣な暗殺の銃弾でした。血に染まった会場を目にして私は悟りました。主権なき平和は、ただの隷属であると。私は内政部長として、そして一人の台湾人として、林総統代理の下で国家の治安と国民生活を死守することを誓います。我々を分断できると思うな!」

「経済部長です。封鎖による苦境は、私たちの生活を深く蝕んでいます。しかし、自由を売り渡して得るパンに、明日への希望はありません。北京は我々を飢えさせれば屈すると思っているようだが、台湾の経済界はそれほど軟弱ではない。我々は侵略を必ずや跳ね返します。暗闇を耐え抜いた先にこそ、真の繁栄があると信じているからです」


国民党内親中派の重鎮である立法院長も進み出た。


「私は中国との対話、平和への道を重んじてきました。しかし、銃と爆弾は『対話』の言葉ではありません。同胞を傷つけ、民主主義の殿堂を汚した者に、語るべき言葉など持たない。我々国民党は、国家の危機に際し、現政権を全面的に支持します。我々は一つだ!」


野党、民進党の代表も拳を振り上げる。


「台湾の民主主義を守る戦いに、与野党の垣根など存在しません!我々の多様な意見は、自由であることの証です。しかし、我々の団結は、国家であることの証です。敵が郭総統を倒したつもりなら、それは間違いだ。ここに二千三百万人の郭総統がいると思え。我々は決して、自由の灯を消させはしない!」


再び林総統代理が前に出る。


「国民の皆さん、聞いてください。敵は我々の命ではなく、我々の『意志』を殺そうとしています。一人の指導者を倒せば、台湾という国家が砂の城のように崩壊すると信じている。だが、彼らは致命的な誤解をしています。台湾とは、総統府の建物でも、一人の指導者の名前でもない。今、地下シェルターで息を潜めているあなた、前線で銃を握るあなた、そしてこの放送を見つめる全ての国民一人ひとりの心の中に、台湾は生きている。二千三百万人の不屈の心こそが、台湾そのものなのです」


林は、カメラの向こう側にいる全ての国民、そして中南海に言い放った。


「私たちはここにいます。私たちは逃げません。そして、私たちは決して、折れることはありません。明けない夜はありません。自由の朝を、共に迎えましょう」


演説が終わった後も、放送のノイズが静まり返った台北の街に響いていた。絶望に染まっていた地下鉄の駅で、誰かがポツリと「生きてる……」と呟いた。

死に体だった台湾の意志が、再び力強く脈動を始めた瞬間であった。市民たちの瞳から怯えは消え、代わりに鋭い光が宿っていた。


中華民国/台湾 台北市中正区 忠孝東路

林総統代理による演説が終わると、台北の沈黙は、腹の底から湧き上がるような地鳴りのような歓声へと一変した。

数分前まで、街は死に絶えたような静寂に包まれていた。戒厳令下、夜間の外出は厳禁され、路地裏には憲兵の軍靴の音だけが不気味に響いていたはずだった。しかし鉄の規律は、一つの「希望」によって跡形もなく瓦解した。


「生きている! 総統は生きていたぞ!」


誰かの叫び声が、湿った熱気を切り裂いた。それを合図にしたかのように、古びたタイルのアパートの窓という窓に明かりが灯り、鉄格子の嵌まったベランダから人々が身を乗り出した。路地裏の商店のシャッターが、乾いた音を立てて次々と跳ね上がる。人々は吸い寄せられるように、熱を帯びた路上へと溢れ出した。

忠孝東路の広い通りを埋め尽くしたのは、数日前まで政治的主張の違いで激しく火花を散らしていた者たちだった。


「信じられない……。あの親中派の重鎮たちまで、総統代理の横に並んでいたなんて」


雨婷は、路上でスマートフォンの青白い光を掲げる群衆を見つめ、震える声で呟いた。八角やスパイスの香りが混じった湿った夜風が、彼女の頬を撫でる。

台湾の政治風土は近年、数十年来の民進党と国民党の対立は勿論、国民党内部でさえ、郭総統が進めた対日米連携による抑止を支持する主流派と、大陸との対話を重視する伝統的な親中派の間で、深い亀裂に引き裂かれていた。だが、今夜、その亀裂を埋めたのは、大陸の工作員が放った卑劣な銃弾と、民主主義という名の「家の灯」が消えかけた瞬間の、根源的な恐怖だった。


「見て、あそこのグループ……」


雨婷が指差した先では、独立派を示す「緑色」の旗を肩に羽織った大学生たちと、国民党の熱烈な支持者であることを示す「青天白日満地紅」のTシャツを着た中高年層が、一つのスマートフォンを囲んで涙を流していた。


「俺はこれまで、郭のやり方は強引すぎると批判してきたんだ」


国民党の徽章を誇らしげに襟に付けた老人が、節くれだった手で溢れる涙を拭った。


「だが、あいつらが総統を殺そうとした瞬間、胃の底から怒りが湧き上がってきた。あいつらが殺そうとしているのは郭という一人の男じゃない。俺たちが八十年かけて、この島で血を吐きながら築き上げてきた『自由』そのものなんだ」


隣にいた二十代の大学生が、その老人の震える肩を抱き寄せた。


「おじいさん、もう『青』も『緑』も関係ないよ。あいつらがミサイルを撃ち込もうとしているのは、僕たちの家なんだから」

「そうだ、我々はただの『台湾人』だ。自由を愛する、ただの人間なんだ」

路上の至る所で、同じような会話が、嗚咽とともに交わされていた。

「これでもう、あの『和平協定』なんて嘘に騙される奴はいなくなるな」


タバコの煙を吐き出しながら、スクーターに跨った中年男性が吐き捨てるように言った。


「隣人を撃ち殺すような連中と、どんな握手ができるって言うんだ? 冗談じゃない、俺たちの運命は俺たちが決める」


百貨店SOGOの巨大なビジョンの前では、OLたちが抱き合って喜んでいた。


「怖かった……本当に怖かった。でも、林総統代理のあの顔を見た? 私、初めてあの人を支持するって決めたわ」

「ええ、彼女の後ろには全党派が並んでいた。あんな光景、生まれて初めて見た」


かつて選挙のたびに、テレビ討論会の前で罵り合っていた隣人たちが、今、互いの無事を確かめ合い、同じ怒りと希望を共有している。台北の夜空を、数千、数万のスマートフォンのライトが星空のように埋め尽くしていく。

市街地の要所に配置されていた憲兵隊と国軍の兵士たちは、この事態を静かに、そして激しい葛藤を抱えながら見守っていた。装甲車の脇を、数万の市民が「台湾、加油がんばれ!」と叫びながら行進していく。本来、戒厳令下での無許可集会は厳格に禁止されており、実力行使による解散が義務付けられていた。


「隊長、どうしますか? 市民がどんどん膨れ上がっています。これでは検問が維持できません」


若い下士官が、無線機を握りしめながら上官に問いかけた。彼の銃口は、訓練通りに下方へと向けられていたが、その指先はわずかに震えていた。


「……撃つのか? 自分の親や兄弟を相手に、この国を守るための銃を撃てというのか?」


中隊長は、ヘルメットを脱ぎ、額の汗を拭った。彼の目にも、市民たちが掲げる「屈しない」という文字が焼き付いていた。


「こちら第一三検問所より指揮所。市民の集団は整然としており、暴力的な意図は認められない」


中隊長は、無線機を通じて全軍に、そして自分自身に言い聞かせるように命じた。


「検問所のバリケードを横にずらせ。歩道を市民に開放しろ」

「しかし隊長、命令違反になります!」

「命令なら、私が既に受け取っている。林総統代理の演説がそれだ。……我々が守るべきは『国民』であって、戒厳令の紙切れではない。いや、そもそも戒厳令自体、まさにこういう風景を共産党から守るために布告されたんじゃないか」


兵士たちがバリケードを解くと、市民からどよめきが上がった。一人の少女が駆け寄り、一人の兵士の銃剣の鞘に、小さな黄色い花の飾りを差し込んだ。


「兵隊さん、ありがとう。私たちを守って」

「……ああ。約束する」


兵士はバイザー越しに頷いた。  


203Y年3月2日 

中華民国/台湾 高雄市

台北から四百キロ離れた南部の大都市、高雄でも、同じ奇跡が起きていた。

三月初旬の高雄の夜は台北よりも一足早く、春の生暖かい湿り気を帯びている。巨大なガントリークレーンがキリンの群れのようにそびえ立つ高雄港周辺では、戒厳令下で灯りが消されていた倉庫街や「駁二芸術特区」の古いレンガ造りの建物の合間に、突如として無数のスマートフォンの光が灯った。


「大陸の連中は、我々が内輪揉めをしている隙に国を盗るつもりだったんだろうが、大きな間違いだ!」


高雄港を望む岸壁。荷役用の木箱を急ごしらえの演台にし、色褪せた作業服を着た屈強な男が、拡声器を握りしめて喉を枯らしていた。その背後には、かつては霧に隠れていた高雄85ビルが、街の動揺を静かに見守るようにそびえ立っている。


「俺たちはな、選挙の時期になれば青だ緑だと怒鳴り合う! だがそれは、この島が俺たちのものだからだ! 家を壊しに来る泥棒には、家族全員、親戚一同で立ち向かう。それが台湾人の流儀だろうが!」

「その通りだ!」

「泥棒にこの港を渡すもんか!」


「俺たちが守りたかったのは『中国』という抽象的な看板じゃない。毎日この港で汗を流し、夜は愛河のほとりで家族と飯を食う、この当たり前で自由な暮らしだったんだ。郭総統が撃たれた時、心臓が止まるかと思った。彼を殺させちゃいけない。彼が死んだら、俺たちの自由も死ぬんだ」


港湾労働者の男がさらに叫ぶ。


「 自由を奪おうとする奴には、南部の男の意地を見せてやるぞ!」

「郭総統を守れ!」

「台湾万歳!」


スターネットを通じて流れてくる台北の熱狂は、光ファイバーよりも速く、人々の血流を通じて全島を一つの巨大な生命体のように繋いでいた。

かつて「親中派」と呼ばれた市民たちも、彼らのリーダーが林総統代理の背後で「抗戦」を誓った姿を見て、自らが真に帰属すべき場所を再確認していた。彼らが守りたかったのは、昨日までこの島で享受していた「自由に発言し、自由に反対できる、騒がしくも愛おしい日常」そのものだったのだ。

封鎖以来高雄港に閉じ込められている外航貨物船や海巡署の巡視船が、呼応するように長い汽笛を鳴らした。


203Y年3月2日 午前4時 中華民国/台湾 台北市 

祐希、雨婷、そしてマークは、人の波に押されながら、ようやく総統府が見渡せる場所まで辿り着いた。夜明け前の蒼い空気の中、爆発の煙が消えた総統府の上空には、依然として「青天白日満地紅旗」が、サーチライトの光を浴びて翻っていた。


「マーク、撮ってるか?」

「ああ。全世界が見てるよ、祐希。この光景を……。独裁者が一番恐れていたものが、今、ここで完成したんだ」


マークが向けるカメラの向こう側では、世界中のSNSが台湾市民の勇気に共鳴し、各国の政府に対し、より積極的な台湾支援を求める世論が爆発的に高まっていた。


「雨婷、大丈夫か?」


祐希が隣を見ると、雨婷は泣き疲れたような顔で、しかしこれまでで最も力強い眼差しで、その旗を見つめていた。


「お父さんたちが、あの中にいる。……そして、私たちもここにいる」

「ええ」

「郭総統が目を覚ました時、この光景を見せてあげたい。……台湾は、もう二度と、内側から壊れることはないわ」


東の空から、紫色の朝焼けが広がり始めていた。

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