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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第7章 解放

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203Y年3月1日 台北

203Y年3月1日 

中華民国/台湾 台北

台北の街を真に打ち砕いたのは、総統府から立ち昇る物理的な硝煙ではなく、数十万の市民のスマートフォンに同時に着弾した「遺言」であった。


画面の中の郭総統は、血に染まった白いシャツの襟元をはだけ、担架で運ばれる揺れの中で、焦点の定まらない瞳をカメラに向けていた。掠れた声で、しかし生々しい苦痛を伴って発せられるその言葉は、ディープフェイク技術が到達した最悪の極致だった。


「わが国民よ……。私はもう、長くはない。これ以上の流血は無意味だ。北京との和平協定を受け入れ、平和的に解放を……軍は、直ちに武器を……」


映像はそこで無慈悲に途切れ、暗転した画面には中国中央電視台(C C T V)のロゴと「台湾同胞よ、平和の決断を」という文字が浮かび上がる。この精巧な虚偽こそが、台北を覆う「絶望」という名の霧の正体だった。


街路には窓ガラスを粉砕され、持ち主に見捨てられた車両が無残に並び、人々の空気は数時間で戦時下の極限状態へと塗り替えられた。かつて若者の熱気で溢れていた西門町の歩行者天国は、二週間前の自爆テロによる黒い焦げ跡が放置されたまま、色褪せた警察の規制線が冬の湿った風に虚しくなびいている。観光名所である中正紀念堂の広大な石畳には、最新の戦闘装備を纏い、T91自動小銃を構えた戒厳軍の兵士たちが、まるで彫像のように黙々と立っていた。彼らの無機質なヘルメットの奥の瞳は、崩壊しかけた秩序を繋ぎ止めるための冷たい釘のように街を刺し貫いている。台北駅の巨大な吹き抜けホールは電力制限で薄暗く、避難場所を求めて彷徨う群衆の体臭と、拭いきれない不安が冷たい空気に重く沈殿していた。


地下鉄・台大医院駅の構内。冷たいコンクリートの床に座り込む群衆は、一様に青白い画面を凝視していた。

「おい、さっきの総統の動画、見たか……。やっぱり、もう終わりなんだ。国防部の幹部も大陸側と接触して、降伏の調印を済ませたらしいぞ」


中年男性が、震える手で隣の若者に画面を突きつけた。


「そんなはずないだろ! でも……公式発表が何もないじゃないか。あの動画が本物なら、俺たちは見捨てられたんだ。アメリカの空母だって、中国のミサイルを恐れて後退したって記事が出てるぞ」

「ああ、明日には五星紅旗がこの街に翻るんだ。俺たちが信じていた自由なんて、この程度のものだったのか……」


人々の囁きは北京の認知戦部隊が放った「デジタルな毒」を含み、瞬く間に感染を広げていく。SNS上では、実在するかどうかも不明な、しかし完璧な台湾訛りを操る「偽インフルエンサー」たちが、一斉にプロパガンダを垂れ流していた。ある者は平和を願う女子大生を装い、ある者は家族を思う父親を装って、「解放を受け入れれば家族の命は助かる」という偽りの慈悲を説く。これらは生成AIが作り出した数百万のデジタル・ゴーストであり、実体のない虚像がリアルな台北の精神的背骨を粉砕しようとしていた。


雨婷は血走った目で三枚のモニターを交互に追い続けていた。


「……組織的すぎる。PTTの投稿速度が異常よ。一分間に数千件、同じ論調の『降伏勧告』が書き込まれてる。あの偽動画を起点にして、北京の認知戦部隊が総統府の混乱を突き、一気に台湾人の心を折りにかかってるんだわ」


彼女の指は、怒りと焦燥で激しく震えていた。


「祐希、見て。この拡散ルート。あのアカウントも、フォロワー数万のこの美少女インフルエンサーも、全部フェイクよ。実在しない『台湾人の声』が、あたかも多数派であるかのように装って、降伏という選択肢以外を消し去ろうとしている」


「彼らにとって、真実かどうかは二の次なんだ」


祐希は窓の外、静まり返った台北の街並みを見つめながら低く応じた。


「恐怖の中にいる人間は、最も声の大きい情報を信じてしまう。たとえそれが毒だと分かっていても、空白を埋める言葉を求めてしまうんだ。俺たちの撮った、あの必死に生きようとしていた郭総統の真実の瞳も、この情報の奔流の中じゃ、小さな一滴に過ぎない……」


その横で、マークが床に転がっていた空き缶を力任せに蹴り飛ばした。


「クソッ! 俺たちのカメラは何のためにあるんだ! 真実が目の前で死んでいくのを、指をくわえて見てるだけかよ! 祐希、あの瞬間の総統の目は死んでなかった。生きて、何かを言おうとしていたはずだ!」

「分かってる、マーク。だが、今はその『声』が届かない。このデマの嵐が、俺たちの真実を封じ込めているんだ」


その時だった。街中の電光掲示板、そして全てのスマートフォンから、緊急放送の電子音が、これまでのデマとは質の違う鋭さで鳴り響いた。暗転した画面に、激しいノイズを突き抜けて、何かが映し出されようとしていた。

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