203Y年2月23日 与那国
2月23日
与那国島北東 高度12,000メートル
「……全機、リンク16接続。多機能高度データリンク同期。ターゲット・エリアまで、あと一八〇《ワン・エイティ》」
漆黒から深い藍色へと変わり始めた成層圏を、鋭利な刃物のような影が切り裂いていく。
三沢基地から宮古島市・下地島空港へ電撃的に展開していた航空自衛隊第3航空団所属のF-35A「ライトニングII」。そして、嘉手納基地から発進した米空軍第18航空団のF-22「ラプター」。日米が誇る第五世代ステルス戦闘機による、最強の統合パッケージだ。
F-35Aのパイロット、一等空尉の視界には、ヘルメット装着型ディスプレイを通じて、自機の機体越しに眼下の雲海と、その先に潜む与那国島の熱源反応がデジタル符号として投影されていた。
「こちらラプター1。空域の『大掃除』を開始する。後方に|E-767早期警戒管制機、方位二八〇に敵殲-20の編隊を捕捉。距離一二〇」
F-22のパイロットが、感情を排した冷静なトーンで告げる。
数百キロ後方、高度一万メートルで旋回する浜松基地所属のE-767が、強力なAPY-2レーダーで「神の視点」を提供していた。台湾海峡側から与那国への介入を図る中国軍の殲《J》-20戦闘機。その微かなレーダー反射の兆候を、日米の統合データリンクはすでに共有し、ミサイルの割当を完了させている。
「ライトニング1、コピー。我々は与那国島内の残存電子源を制圧する。内蔵ウェポンベイ、マスターアーム、オン」
東の地平線から、鋭い太陽の光が差し始めた。
ステルス機特有の、レーダー吸収材が塗布されたマットな質感の機体形状が、薄明かりを反射して一瞬だけ鈍い銀色の輝きを放つ。それは、獲物を狙うハヤブサが翼を窄めた姿にも似ていた。
眼下の与那国島は、まだ深い闇の底にある。
しかし、その上空では、レーダーに映らない死神たちが、目に見えない電子の槍を構え、侵略者たちの心臓部を正確に射抜こうとしていた。
「……各機、電子戦モード切り替え。交戦開始。与那国を、我々の手に取り戻す」
成層圏を駆けるエンジンの咆哮は、地上の誰にも届かない。
だが、その静寂の果てに放たれる「雷槌」が、与那国の夜明けを決定的なものにしようとしていた。
与那国島 祖納地区
夜明け前の蒼い闇の中、与那国島最大の集落である祖納の市街地には、死の予感さえ漂う不気味な静寂が広がっていた。
島民の生活の象徴であった赤瓦の屋根やサンゴの石垣、そして子供たちの歓声が響いた与那国小学校の校庭は、今や侵略者の要塞へと変貌していた。
校庭の真ん中には、中国軍が「人間の盾」を使って展開したS-400長距離地対空ミサイルの巨大な四連装キャニスターが、さらに祖納公民館の前には、台湾海峡を睨むYJ-12B超音速地対艦ミサイルの自走発射車両《T E L》が、それぞれ不遜な威容で鎮座している。
その市街地を見下ろすように背後にそびえ立つ、奇岩ティンダバナ。屏風のように切り立った高さ七十メートルの天然の絶壁が、夜の闇をより深く濃くしていた。
その絶壁の影を縫うようにして、漆黒のタクティカルウェアに身を包んだ影たちが、音もなく「獲物」へと肉薄していた。陸上自衛隊特殊作戦団の精鋭たちである。
彼らは四人一組の「セル」を構成し、四眼式の暗視ゴーグルに映る緑色の世界の中で、コンクリートの死角を流れるように移動していく。
「……こちらウルフ01。ポイント・アルファ、小学校南側に浸透。標的のレーダー車を確認。……無力化を開始する」
「イーグル02、コピー。ポイント・ブラボー、公民館付近。YJ-12Bのデータリンク・アンテナに肉薄。……準備完了」
小学校の裏門付近。S-400のシステムを統制する92N6E交戦レーダー車の傍らでは、四人の中国兵が自動小銃を抱え、冷え込みに身を縮めていた。一人が耐えかね、ジッポーライターの火で煙草を灯そうと顔を伏せた瞬間、サプレッサーを装着したHK416から放たれた五・五六ミリ弾が、空気を切り裂くわずかな「プシュッ」という音だけを残して飛翔した。
ほぼ同時に眉間の「Tゾーン」を撃ち抜かれた四人の兵士は、断末魔の叫びを上げる隙さえ与えられず、泥の中に吸い込まれるように崩れ落ちた。
特殊作戦団の隊員は即座に発射機の死角へと滑り込んだ。S-400のキャニスターを支える油圧シリンダーと、車両間の主要ケーブルハーネス、そして目標を追尾する多機能レーダーの導波管に対し、手のひらサイズの指向性爆薬を設置していく。
特にS-400のような複雑な電子兵器に対しては、電子基板を確実に焼き切るための焼夷剤を併用し、物理的なキャニスターの固着と、システム全体の「脳死」を同時に狙う外科手術的な工作が、迷いのない手つきで進められた。
一方、公民館前に陣取ったYJ-12B地対艦ミサイルの車両では、隊員がキャニスターのヒンジ部分と、射撃管制用のアクティブ・フェーズドアレイ・アンテナに精密爆薬を仕掛けていた。このアンテナさえ潰せば、この巨大な超音速ミサイルはただの「鋼鉄の棒」に成り下がる。
「設置完了。……全セル、後退。起爆まで十秒、九……」
ティンダバナの崖下に、再び冷徹な沈黙が戻った。
それは、空を覆うC-2輸送機からの「鉄の雨」を迎え入れるための、死の準備が整った合図であった。与那国の夜明けまで、あと数分。侵略者たちが築いた「盾」は、今、その内側から崩壊の秒読みを開始した。
与那国島沖 高度5,000メートル
「ライトニング1、ウェポンベイ・オープン。……ターゲット、ロック。一から四、全弾投下」
高度一万メートル。航空自衛隊のF-35A「ライトニングII」の腹部、ステルス性を維持するために密閉されていた爆弾倉が、コンマ数秒の間だけ左右に開いた。
中から放たれたのは、四発のGBU-39 小直径爆弾。投下と同時に、折り畳まれていた「ダイアモンド・バック」と呼ばれる翼が展開し、爆弾は動力を持たない滑空体へと姿を変えた。
GPSと慣性誘導によって完璧に制御されたSDBは、黎明の空を静かに切り裂き、目標である宇良部岳の斜面へと吸い込まれていった。
与那国島最高峰、宇良部岳の北側斜面。そこには、市街地の建物という「盾」を持たない中国軍の主力対空陣地が、複数の電子戦車両とともに隠蔽されていた。
次の瞬間、斜面の密林から巨大な閃光が突き抜けた。
SDBのタングステン製貫通弾頭は中国軍のS-400指揮管制車両のルーフを紙細工のように貫き、内部で炸裂した。
ドォォォォン!!
腹の底を揺さぶる重低音が響き、山肌がオレンジ色の業火に包まれる。
爆風は、隣接していた予備ミサイルの弾薬車を誘爆させた。複数のロケットモーターが異常燃焼を起こし、真っ赤な尾を引いて無秩序に空へと飛び散り、墜落しては二次爆発を繰り返す。
ナンタ浜を見下ろす海岸線でも、同様の火柱が三本、同時に立ち上がった。水平線を監視していたレーダーアンテナは根元からへし折られ、猛烈な黒煙が夜明け前の空を覆い尽くしていく。
山間部での爆音とは対照的に、人質が収容されている公民館や小学校が立ち並ぶ祖納の市街地では、極めて「外科手術的」な破壊が遂行されていた。
特殊作戦団の隊員が、設置した指向性爆薬の起爆スイッチを押し込む。
プシュッ、パシッ。
乾いた、しかし小さな破砕音。
S-400ミサイルシステムの「目」である92N6E交戦レーダーのアンテナ基部が、極小の爆圧で正確に切断された。同時に、仕掛けられていたサーマイトが三千度の超高温で燃焼。通信機器の電子基板を一瞬でドロドロの液体へと変え、複雑な半導体の迷宮を物理的に焼滅させた。
校庭のS-400発射機も、油圧シリンダーをピンポイントで破壊されたことで、巨大なキャニスターがガクンと首を垂れ、二度と空を仰ぐことのない死体と化した。
公民館の窓ガラス一枚、近隣の赤瓦一枚さえ傷つけることなく、敵の「防空能力」という中枢神経だけが完全に切断されたのである。
「……こちら『ウルフ』。市街地の脅威、排除完了。人質への被害なし」
特殊作戦団のリーダーが、燃える宇良部岳を背に、無線機のPTTスイッチを押した。
山中で燃え盛る巨大な火柱は、上空で待機する戦闘機隊、そして南下するC-2輸送機群にとって、最も頼もしい「安全宣言」の狼煙となった。
「ライトニング1、了解。空域の障害は全て排除した。……これより『空の盾』を維持する。降下部隊、後は頼むぞ」
F-35Aがアフターバーナーを焚き、垂直尾翼を朝日に輝かせて上昇していく。
その背後、北の方角から、数万トンの鋼鉄の唸り――C-2輸送機の編隊が、空を埋め尽くさんばかりに接近していた。
与那国の夜が明けようとしていた。
それは、占領という悪夢の終わりを告げる、あまりに苛烈で、あまりに美しい「解放」の光景であった。




