203Y年2月23日 与那国/熊本/東シナ海
与那国島東部 東崎付近
魚雷攻撃開始前に潜水艦「じんりゅう」「せいりゅう」からも更に追加で水路潜入を敢行し、「ウルフ」たちに合流してきた特殊作戦団の増援要員らも集まり、木陰で作戦会議が開かれていた。
「状況はどうだ? 『トロフィー』は」
『ウルフ』は背後の断崖を顎で示した。
「山から降ろし、この先の海食洞に隠匿した。二名に監視させている。万が一の際も、ここなら被害を最小限に抑え込める。……だが、真に厄介なのはここからだ」
『ウルフ』は岩陰に膝をつき、防塵仕様の電子地図を広げた。画面には、島の北部に位置する最大の集落、祖納地区の航空写真が映し出されている。
「見てくれ。奴らは狡猾だ」
『ウルフ』が赤い点を指し示す。
「中国軍のS-400地対空ミサイルと、YJ-12B地対艦ミサイルの発射機。奴らはこれを、島民が押し込められている祖納公民館と与那国小学校の目と鼻の先に据えていやがる」
『イーグル』が暗視ゴーグル越しに地図を見つめ、低く毒突いた。
「……人間の盾か。最悪の配置だな」
「その通りだ。市街地の外郭を叩くだけなら空自のF-35や護衛艦の主砲で済むが、この位置では無理だ。誤爆すれば、我々は領土を奪還しても国民の命を失うことになる」
『ウルフ』の瞳に、鋭い決意が宿る。
「だから、俺たちが内側から抉り取る。――打ち合わせ通りだ。本隊の第一空挺団が東牧場へ降下を開始し、水陸機動団が比川の海岸に迫る前の露払いとして、我々が市街地へ浸透する。対艦・対空ミサイルの射撃管制レーダーをピンポイントで破壊し、無用の長物にする」
「地獄の市街戦になりかねない」
「地獄を見るのは、俺たちじゃなく奴らの方だ。この島を、再び日本の光の下へ戻す」
特殊作戦団の隊員たちは、再び顔に迷彩を塗り直し、静かに武器を点検した。 与那国を覆う暗雲の切れ間から、祖納の通信塔が白く霞んで見えた。日本最西端の地を賭けた、静かなる決戦の火蓋が、今まさに切られようとしていた。
203Y年2月23日 午前3時30分
熊本県上益城郡益城町 阿蘇くまもと空港
かつて、阿蘇の雄大な外輪山を背景に観光客が馬刺しや辛子蓮根の土産袋を手に列をなした旅客ターミナルは、物々しい戦略拠点へと変貌していた。
駐機場を覆うのは、出発を急ぐ民間機の喧騒ではない。JP-8ジェット燃料の鼻を突く臭気と、巨大なターボファンエンジンが発する、臓腑を揺さぶるような重低音の唸りだ。滑走路上に並ぶのは、航空自衛隊第三輸送航空隊・第四〇三飛行隊に所属するC-2輸送機、通称「ブルーホエール」十数機。その機体は、高機動車や迫撃砲、そして大量の弾薬を飲み込み、最大離陸重量に近い巨体を不気味に沈み込ませている。
機体の周囲では、反射ベストを脱ぎ捨て、タクティカルな装備に身を包んだ「ロードマスター」たちが、機内の貨物パレットが乱気流で暴れないようベルトを締め上げる金属音を響かせていた。
タラップを駆け上がるのは、習志野から展開してきた陸上自衛隊の至宝、「精鋭無比」第1空挺団の隊員たちだ。
彼らの背には、主傘と予備傘を一体化させた一三式空挺傘の重厚なパックが鎮座し、胸元には弾倉が詰まった防弾チョッキ3型と、マルチカム迷彩のチェストリグが食い込んでいる。
手にするのは、日本人の体格に最適化された二〇式小銃。銃身にはフォアグリップと光学照準器が装着され、「道具」としての無骨な機能美を放っていた。迷彩のドーランで塗り潰された彼らの顔は、もはや個人の判別を許さない。ただ、ゴーグルの奥に宿る「精鋭無比」の誇りと、最西端の同胞を救うという烈火のごとき闘志だけが、赤暗い照明の下で不気味に光っている。
「……第1、第2スティック、着席完了! 各員、フックを確認しろ!」
機内の戦闘照明が、隊員たちの顔を血のような赤に染める。
極限まで張り詰めた沈黙。その中で、空中投下を指揮する降下長が、機内通話装置のヘッドセットを片手で押さえながら、怒鳴るようにブリーフィングを開始した。
「野郎ども、よく聞け。現在、与那国島は敵の手に落ち、同胞が屈辱に耐えている。だが、まもなく、特戦団が敵の対空ミサイルを無害化し、我々のために空の道を切り開いてくれる!」
ジャンプマスターが小銃のストックを拳で叩く。
「俺たちの仕事は、空から降り注ぐ『鉄槌』になることだ。残ったゴミを掃き出し、島民を救出する。日本最西端に、再び太陽を昇らせるぞ! 空挺魂を見せてやれ!」
「応ッ!!」
機内の気圧を震わせる短い怒号。
次の瞬間、GE製CF6エンジンの出力が最大まで引き上げられた。凄まじい推力が機体を滑走路へと押し付け、数秒後、数万トンの鋼鉄が夜の闇へと躍り出た。一番機に続き、二番機、三番機が、一連の巨大な黒い影となって編隊を組む。C-2の群れは、中国艦隊の防空圏を避けるように、低空で東シナ海を南下する。
「黎明の剣」作戦の最前線、日本の誇りを取り戻す命懸けの「スカイ・ダンス」が始まろうとしていた。
203Y年2月23日 午前4時
沖縄県西方海域 東シナ海
荒れる黒潮を切り裂き、海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」を筆頭とする水上任務部隊が、時速二十ノットを超える快速で南下を続けていた。
「おおすみ」の背後には、艦隊防空を担う最新鋭イージス護衛艦「はぐろ」と、潜水艦の脅威を睨む汎用護衛艦「あさひ」が随伴し、艦隊全体が「静かなる進軍」を維持している。艦首が波を砕くたびに、白く巨大な飛沫が甲板を洗い、吹き荒れる潮風がマストを鳴らした。
艦内後部、広大な車両甲板は、地上とは切り離された異様な熱気に包まれていた。
そこには、水陸機動団第一水陸機動連隊の隊員たちが、エンジンをアイドリングさせる、水陸機動団戦闘上陸大隊所属のAAV7水陸両用装甲車の狭い車内に、牙を隠した獣のように潜んでいる。
車内を満たすのは、重油とグリースの混じった不快な臭気。そして、ハッチを叩く波の衝撃波と、巨大な空冷二サイクル・ディーゼルエンジンの重低音だ。赤暗い低光度照明に照らされた隊員たちの顔には、海水や塩分への耐久性に優れる二〇式小銃の黒い銃身が影を落としていた。
「……現在、与那国近海。波高は二メートル。比川浜への上陸には厳しい海象条件だ」
車内無線を通じて第一連隊長の声が響く。
「だが、この荒天こそが我々の友だ。敵の沿岸監視レーダーは波の反射《クラッタ―》で目を眩ませている」
隊員たちは無言で小銃のボルトを引き、初弾を薬室に送り込んだ。ガチャン、という鋼鉄の接触音が車内のあちこちで共鳴する。
彼らは知っている。すでに熊本から飛び立った第一空挺団が、島の北側から空を覆い尽くそうとしていることを。そして自分たちは、海の底からその喉元に食らいつく役割であることを。
「上陸開始時間《L - ア ワ ー》まであと一二〇分。ウェルドック開放に備えろ」
艦尾の巨大な防水扉の向こう側で、荒れ狂う東シナ海の荒波が、獲物を待ち構えるように唸り声を上げていた。
日本版海兵隊、水陸機動団。彼らがそのキャタピラで与那国の砂を噛むとき、それは島を占拠する「ゴミ」たちの終わりの始まりを意味していた。
「……野郎ども、空挺に先に手柄を全部持っていかれるなよ。比川から一気に診療所まで駆け上がるぞ。全車、準備!」
「了解!」
艦体が大きく揺れる。輸送艦の胃袋の中で、AAV7が、放たれる瞬間を待つ弾丸のようにその咆哮を一段と高く響かせた。




