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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第5章 逆転

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203Y年2月19日 サンフランシスコ

アメリカ合衆国・カリフォルニア州サンフランシスコ 


チャイナタウンの喧騒から南西へ数キロ。高層ビルが林立するサンフランシスコのダウンタウンでも、異彩を放つ鋼鉄の巨塔が聳え立っていた。サウスオブマーケット(SoMa)地区、ミッション通りと7番通りの交差点に位置する「サンフランシスコ連邦政府ビル」。モルフォシス・アーキテクツによる前衛的なデザインは、剥き出しのコンクリートと金属製のメッシュパネルに覆われ、まるで要塞のような威圧感を放っている。海から流れ込む冷たい霧が、ビルの複雑な外装を濡らし、灰色の影を路面に落としていた。


その高層階、外部からの電波を完全に遮断した連邦捜査局(FBI)サンフランシスコ支局の取調室。暖房の効きすぎた密室で、スカイX社のチーフ・エンジニア、デビッド・ミラーは、自分の人生が音を立てて崩壊していくのを、ただ無機質な蛍光灯の光の下で眺めていた。


事態が動き出したのは、わずか二週間前だった。スカイX社の内部監査チームが、パロアルトの高級住宅街でのデビッドの不自然なほど派手な金遣い――給与所得を超える高級車の購入や、美術品への投資――の噂を耳にしたのが発端だ。同時期、サイバーセキュリティ部門が半年前の深夜、通常ではあり得ない経路から残された「管理者用ルート」への不審なアクセスログを突き止めた。台湾海峡に漂う戦雲という時局の重大性に鑑み、最高経営責任者(C E O)の特命により、事態は直ちにFBIサンフランシスコ支局のカウンターインテリジェンス《対外防諜》部門へと持ち込まれた。


通常、経済スパイ法(E E A)違反事件の立証には、通信傍受や行動確認などの隠密な内偵捜査に数カ月を要する。しかし、台湾海峡の緊張が沸点に達し、衛星通信の遮断が現実の軍事的脅威となっている今、ワシントンのFBI本部・国家公安部(NSB)は「通常の法手続き」を飛び越えた超法規的措置を選択した。


「……デビッド。この部屋のコーヒーは不味いが、刑務所の飯よりはマシだ。まずは座って、君が売ったもののリストを作ろうじゃないか」


テーブルの向かい側で、FBI本部の国家公安部から特別派遣されたロバート・ウェスト特別捜査官が、冷徹な眼差しで書類を広げた。実はこの時点で、FBIが掴んでいたのは「不審なログ」と「不透明な資金」という断片的な証拠に過ぎなかった。デビッドが具体的に「何を」売ったのかまでは解明できていなかったのだ。


ウェストはあえて、全てを知っているかのように振る舞うはったり(ブラフ)を仕掛けた。


「君がチャイナタウンのダイナーで、あの『ウォン』と接触した際の映像は既に解析済みだ。彼に手渡したUSBの中身も、技術部門が既に復元を開始している。今さら黙秘を続けても、仮釈放までの期間が長引くだけだぞ」


実際には、映像に映っていたのは接触の事実だけで、中身までは特定できていなかった。しかし、極限の心理状態にあったデビッドには、そのハッタリがとどめとなった。


「私が……私が悪かったんだ! 愛人との映像をバラすと脅されて、どうしても断れなかった。金も……家のローンもあって、どうしても必要だったんだ!」


デビッドは、組んだ両手に顔を埋め、震える声で全てを吐き出した。半年前に受け渡したUSBの内容。それは、周波数ホッピングを強制停止させ、スターネットの衛星群を一斉に「無効化」するための管理者用バックドア。世界最強を誇る通信網の急所となる「マスターキー」の存在だった。


「そのバックドアのせいで、今、台湾は窒息しかけている。君が売ったのは、会社の営業秘密だけじゃない。自由主義陣営の命綱だ」


ウェストの言葉は、デビッドの肺から酸素を奪うように冷たかった。一人のエンジニアの保身と欲望が、数千万人の命を危険に晒す巨大な亀裂を生んだ事実。その全容が、戦火が広がる直前のワシントン、そして国防総省(ペンタゴン)へと緊急報告された。


同じ頃、サウス・オブ・マーケットにあるスカイX社のオフィスではエンジニアたち全員が緊急招集された。自社社員による過ちの恥を雪ぎ、台湾を救うべく、デビッドが売った脆弱性を塞ぐための徹夜の作業を開始していた。数千万行のソースコードの中から、裏切り者が仕込んだ「死のコード」を見つけ出し、暗号キーを書き換える。台湾の衛星通信を全面的に回復させるためのこの「デジタル戦線」の成否が、数時間後に迫る軍事作戦の勝敗を握っていた。


サンフランシスコの霧はさらに深まり、連邦政府ビルの不気味なシルエットを完全に飲み込んでいった。


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