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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第5章 逆転

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203Y年2月19日 東京/ワシントン・コロンビア特別区

東京都千代田区 総理官邸


永田町の地上を埋め尽くした数万人の怒号の数十メートル下、厚いコンクリートの壁に遮られた国家安全保障会議の会議室には、かつてない張り詰めた空気が漂っている。円卓を囲む閣僚たちの前には、各省庁から提出された「戦時」を告げる赤帯の報告書が積み上がっていた。


「……先島諸島の状況から報告します」


 大泉防衛大臣が、モニターに与那国島および宮古・石垣周辺の衛星画像を映し出した。


「中国側による執拗なサイバー攻撃と破壊工作により、先島諸島のインフラは一時麻痺していましたが、陸上自衛隊及び各民間事業者の皆さまによる決死の復旧作業と米軍の協力により、主要な機能は七十五%まで回復しました」


「これに合わせ、陸上自衛隊の事前配置部隊が、防衛警備計画に基づいて先島諸島各島へと既に入っており、島内での陣地建設や海岸での水際地雷敷設、ミサイル発射機の島内展開など、防御施設構築を進めております」

「北部、東北方面隊の主力部隊はロシア軍の脅威に備えていましたが、この二週間のうちにアメリカ陸軍第十一空挺師団の旅団戦闘団がアラスカ州から演習名目で北海道へ機動展開したため、北方の部隊を一部西日本へ転用可能となり、南西諸島防衛と本土の警備をなんとか両立できている状況です」


続いて、警察庁長官が、眼鏡の奥の鋭い眼差しを総理に向けた。


「国内の治安維持について報告します。本日午後、全国都道府県警察の外事担当部門が、かねてより中国関係の諜報容疑者として視察下に置いていた人物の一斉検挙を開始しました。刑法、軽犯罪法、道路交通法、国民保護法、その他あらゆる法令を駆使し、現時点で百四十名以上の身柄を拘束しています。国内に潜伏する『スリーパー・セル』による、自衛隊出動の物理的妨害を排除します」


特定国籍者を対象とした大規模な身柄拘束は差別・人権侵害のそしりを免れない上に、外事警察にとってもあえて泳がせていた情報線を失う深刻な危険があり、警察組織内の戸惑いは大きかった。だが、高城総理は自分が全責任をとると決断し、国家公安委員長に強く指示していた。


一息ついた大泉防衛大臣が、より重いトーンで地図の一点を指差した。台湾からわずか百十一キロに位置する、日本の最西端・与那国島である。


「総理、現状の『防疫隔離』という名の封鎖を打破し、台湾への人道支援および自国民救出の航路を啓開するためには、事実上占拠されている与那国島の奪還が最優先事項です。敵は与那国にミサイルと電子戦部隊を配置し、台湾本島へのさらなる圧力をかけています。そして何より……」


大泉は一度言葉を切り、声を潜めた。


「与那国島に配置された可能性がある戦術核、あるいはダーティーボムなどの『最終的手段』を無力化しなければ、大規模な奪還部隊を近づけることは不可能です。正規戦の前に、外科手術的な特殊作戦が必要となります」


防衛大臣は、総理の眼を真っ向から見据えた。


「陸上自衛隊・特殊作戦団による、敵核兵器の捜索と無力化が必要です。彼らの成功こそが、後に続く統合任務部隊の突撃の『灯火』となります」


室内を、重苦しい沈黙が支配した。


高城総理は、組んだ両手の上に深く顎を沈め、目を閉じた。数万人の国民の叫び、台湾で窒息しつつある人々、そして、自分たちが守るべき「この国の主権」の意味を反芻しているようだった。


数分後、総理はゆっくりと顔を上げた。


「……防衛大臣。特殊作戦団による敵核兵器の無力化作戦を承認します。彼らの武運を祈ると同時に、与那国奪還のため統合任務部隊を編成してください。日本は、もう二度と『様子見』はしない」


日本の最深部で、ついに「反撃」の火蓋が切られた。 潜水艦が横須賀と呉を音もなく出撃し、黒い波濤を切り裂いて、決戦の地・与那国へと向かっていた。


アメリカ合衆国 ワシントン・コロンビア特別区 ホワイトハウス


オーバルオフィスの窓の外、ラファイエット広場から響いてくる怒号は、防弾ガラスをも震わせているようだった。ペンシルベニア通りを埋め尽くした数万の市民が掲げるスマートフォンの群れ。そこから放たれる「#TaiwanBreathing」の青白い光の波は、歴史を動かす巨大な圧力となって大統領官邸の壁を叩き、静寂であるはずの執務室を侵食していた。


「……五月蝿い連中だ。どいつもこいつも、SNSの一動画で自分が軍事評論家になったつもりでいやがる」


ポーカー大統領は、執務机に投げ出した脚を組み直し、苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。手にした金メッキのペンを、苛烈なリズムでデスクに叩きつける。その表情は、不機嫌な猛獣そのものだった。


「大統領、もはやこれは単なる『ネットの騒ぎ』ではありません」


国務長官が、一歩前に出てタブレットを差し出した。


「CNNの緊急世論調査の結果です。わが国が軍事介入してでも台湾の民主主義と、現地に取り残された合衆国市民を救うべきだという回答が、共和・民主の両支持層を合わせて八割を超えました。国民は、自分たちと同じ価値観を持つ人々が、暗闇の中で窒息していくのを黙って見てはいられなくなっています。マーク・ミラーの動画は、アメリカ人の『正義の急所』を正確に撃ち抜いたのです」

「世論調査なんてものは、風が吹けば変わる。だが……」


ポーカーは、タブレットに映し出されたマークの映像に目を落とした。そこには、病院のベッドに横たわった子供の手を握りしめる、マークの震える指先が映っていた。ポーカーは鼻を鳴らす。


「この小僧……カリフォルニアの出身だったな。生意気なツラをしていやがる」

「大統領、感情論だけではありません。実害が牙を剥いています」


財務長官が、悲鳴に近い声を上げた。


「TSMCの供給停止による『シリコン・ショック』は、ウォール街をパニックに陥れました。NASDAQは連日のストップ安、主要な自動車メーカーやIT企業は来週にも生産ラインが止まるとホワイトハウスに泣きついてきています。このまま封鎖が数カ月続けば、一九三〇年代を上回る大恐慌が世界を襲う。経済的な窒息が先か、物理的な戦争が先かという段階は、既に過ぎました。座して死を待つか、打って出るかの二択です」


ポーカーは沈黙した。彼はビジネスマンであり、ディールの達人だ。無益な衝突でコストを支払うことを誰よりも嫌う。しかし、今や「動かないことによるコスト」が、軍事介入のリスクを完全に上回ったことを、その冷徹な計算脳が弾き出していた。


「……国防長官。統合参謀本部の意見を聞こう。連中はまだ、砂遊びの準備をしているのか?」


皮肉めいた問いに、国防長官が重厚なファイルを無造作に開いた。


「準備は完了しています。インド太平洋軍は既に複数の空母打撃群を西太平洋に配置し、沖縄とグアムの海兵隊も出動準備を整えています。空軍も演習名目で増援の航空部隊を日本、フィリピン、韓国に送り込み、台湾周辺の封鎖線を物理的に打破するための『外科手術』の準備を整えました」


国防長官はポーカーの目を真っ直ぐに見据えた。


「台湾以外の地域でも、韓国及びNATO諸国、イスラエルや湾岸アラブ諸国も軍の警戒態勢を最高度に引き上げ、予備役の招集を始めています。日本とフィリピンの全面的サポートさえあれば、他方面からの部隊引き抜きは最小限で済む。あとは、大統領の、そして同盟国の決断だけです」


ポーカー大統領はゆっくりと脚を下ろし、上体を起こした。

先ほどまでの粗野で不機嫌な態度は、霧が晴れるように消えていた。代わりにそこに現れたのは、国家という巨大な暴力をコントロールする「最高指揮官」の顔だった。その眼には、苦悩を焼き切った後のような、研ぎ澄まされた冷徹な決意が宿っている。


「……周華平主席は、私がただのギャンブラーだと思っているようだが、彼は一つ、計算を間違えているな。私が一番嫌いなのは、ブラフで私のチップを奪おうとされることだ」


ポーカーは立ち上がり、窓の外、自由を求めて叫ぶ市民たちの群れを見下ろした。


「アメリカ国民は、一度火がついたら、どんなに高いチップを積んででも、最後まで勝負を降りない。……よし、乗ってやろうじゃないか。北京の独裁者に、本当の『ポーカー』のルールを教えてやる」


彼は国務長官を鋭く見据え、短く命じた。


「プライムミニスター・タカギに電話をつないでくれ。今すぐだ」

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