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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第4章 窒息

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203Y年2月18日 台北

2月18日

台北市大安区

中国軍による「隔離」という名目の封鎖開始から二週間が経過した 。台北の街は戒厳軍の鋭い銃口の下で、死に絶えたような静寂と秩序を取り戻しつつあった。

市街地の主要な交差点や重要施設には、予備役から招集されたばかりの国軍兵士たちがT91小銃を携えて立ち、無許可の集会や夜間外出を厳格に制限している。この徹底した軍規による統制は、暴徒や潜伏していた武装工作員の活動を物理的に封じ込めていた。デジタル空間では依然として大陸経由の偽情報が氾濫していたが、台湾当局と報道機関が制限された国内回線で執拗なファクトチェックを流し続けたことで、国民の間に広がっていた極度のパニックは、重苦しい諦念と沈着へと変わり始めていた。

しかし、物理的な「窒息」は限界に達していた。 郭総統による緊急命令で始まった石油・LNGの厳格な統制により、平時基準で二週間分しかなかった備蓄はかろうじて底を突かずに済んでいたが、その代償は大きかった。輪番停電の時間は日に日に延び、今や一日の大半が闇に包まれている 。軍や警察の車両ですら、来るべき「全面侵攻」への備えとして燃料を温存するため、不要不急の巡回を最小限に絞り込んでいた 。


「……見つけた」


暗い研究室で、予備バッテリーの僅かな電力に繋がれたモニターを見つめていたマークが、掠れた声で呟いた。彼の横では、祐希と雨婷が息を潜めて画面を覗き込んでいる。

マークが挑んでいたのは、スカイX社の衛星通信網「スターネット」を覆っている、目に見えない妨害の「壁」の観測だった 。


 「いいか、スターネットの周波数ホッピングは、何者かによって強制的にロックされている。本来ならジャミングを避けて逃げ回るはずが、特定の帯域で立ち往生させられているんだ 。……だが、ここ数日の天候と電波強度のログを重ね合わせて気づいた」


 マークは、不規則な波形が並ぶグラフの一点を指差した。


「この島を覆っているジャミングも完璧じゃない。中国側は多数の艦船やドローンを同期させて妨害電波を放射しているが、特定の気象条件、特に湿度が急上昇して電波の屈折率が変わる瞬間、古い通信プロトコルを使った信号だけが、干渉の隙間をすり抜けて衛星に届いている 。……あまりにも広大な区域を、異なる複数のプラットフォームで封鎖しようとした結果生じている『交通整理のミス』だ」


それはプロでも見逃すような、あるいは「ノイズ」として処理されるはずの極めて微細な現象だった。民間人であるマークの、執念深く泥臭い継続観測だけが、その「針の穴」を捉えたのである。


「この隙間は数分、長くても十五分程度しか持たない。だが、その瞬間にデータをパルス状に圧縮して叩き込めば、検閲もジャミングも通らない『台湾の生の叫び』を、衛星経由で直接、全世界へ飛ばせるはずだ。おそらくカラー画像も音声も動画も問題なく遅れる容量が確保できる」


祐希が力強く頷いた。


「マーク、それをやろう。今の台湾で起きていること、中国の封鎖がいかに非人道的なのか、そして混乱の中でも自由を守ろうとしている人たちの姿……。それを僕たちが世界に伝えれば、日本やアメリカの世論だって動かせるはずだ。黙って窒息するのを待つ必要なんてない」


雨婷も、決意を秘めた表情で二人を見つめた。


「……私も協力する。政府の重要な部署で働いている私の父なら、検閲を潜り抜けるためのもっと具体的な資料や、海外に伝えるべき優先順位を教えてくれるかもしれない。なんとかして連絡を取ってみるわ」


この瞬間、名もなき三人の若者たちは、巨大な帝国の包囲網に風穴を開けるための、小さくも決定的な一歩を踏み出した。


台北市大安区 国立台湾大学

雨婷が、震える手でスマートフォンの発信ボタンを押してから、わずか三十分後だった。 計画停電で街灯が死に絶え、霧雨に煙るキャンパスの奥から、二台の黒いセダンが音もなく姿を現した。ヘッドライトを極限まで絞ったその車両は、大学を警備する戒厳軍の検問を、窓越しに提示された一枚のカードだけで鮮やかに通り抜けた。


「……来たわ」  


雨婷が呟く。正面玄関に停まった車両から、真っ黒いスーツを着こなした二人の男が降りてきた。一人は周囲を鋭く警戒し、もう一人が祐希たちに歩み寄る。


「国家安全局の者です。蔡雨婷さんとそのご友人ですね。局長の命により、お迎えに上がりました」


 男の言葉は事務的だったが、その瞳には隠しきれない緊張が走っていた。男は短く「車内でお話しします」とだけ告げ、後部座席のドアを開けた。


「国家安全局長?」


裕貴は呆然とつぶやいた。


「黙っててごめんなさい。政府高官の娘、っていう色眼鏡で見て欲しくなかったの」


NSBの公用車が、濡れたアスファルトを蹴って走り出す。車内には、軍用無線機から流れる市内の最新状況が低く響いていた。


「局長……父が、私たちを?」  


雨婷の問いに、助手席に座る局員が振り返った。


「局長は、マークさんの発見された『通信の隙間』に、わが国の存亡を賭ける決断をなさいました。現在、政府と海外を結ぶ軍用無線回線は、軍事・外交の公電だけで飽和しています。しかし、それでは国際世論は動きません」


局員は、小型のタブレットに映し出された世界各地のニュース映像を三人に示した。そこには、北京が流す「台湾は平和的に解放されつつある」「隔離は世界人類の健康を守るためだ」という偽りの映像と、それを見て困惑する世界各国の市民の姿があった。


「軍人や政府関係者が叫んでも、それはプロパガンダと見なされます。ですが、台北の街に取り残された一人の台湾人女性、そして、そこに留まることを選んだ日本人とアメリカ人の若者が、自分たちの眼で見た真実をリアルタイムで世界に発信する……。その情報の持つ『血の通った説得力』こそが、沈黙する日米の世論を爆発させるための、唯一のトリガーになると局長は確信されています」


祐希は、窓の外を流れる台北の情景に眼を向けた。総統府へと続く重慶南路には、土嚢と鉄条網が幾重にも張り巡らされ、数メートルおきにT91小銃を構えた兵士が立っている。かつての美食の街、活気あふれる自由の島は、今や巨大な監獄のように静まり返っていた。


「これも認知戦ですね……大陸の宣伝と違うところは、僕らは嘘をつかず、人々の自由を守る正しい側につくという一点」  


祐希の言葉に、マークが愛用のカメラを抱え直し、雨婷は自身のスマートフォンを強く握りしめた。


「そうです。これから台北市内の主要な地点を回ります。工作員の破壊工作の跡、配給を待つ市民の列、そして戒厳令下でも失われない私たちの意志を、ありのままに記録してください。マークさんが見つけた『十五分間の針の穴』が開くその時、それらすべてを世界に叩き込みます」


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