203Y年2月7日 世界各地
203Y年2月7日 世界各地
台北や東京、ニューヨークといった大都市を物理的な封鎖や外交の戦火が覆う一方で、世界の「グローバルサウス」と呼ばれる広大な地域では、全く質の異なる、しかしより深刻な「情報の霧」が数億の人々の精神を侵食していた。ジャカルタ、ラゴス、メキシコシティ、あるいはハノイ。これらの都市の街角では、中国軍による「隔離」の開始と歩調を合わせるように、アルゴリズムによって最適化されたデジタルな毒がスマートフォンを通じて静かに、そして確実に浸透していたのである。
その毒をより致死的なものにしていたのは、世界を襲った急激な物価高騰という現実の痛みだった。物価高は、台湾の半導体を使用する電子機器類にとどまらず、石油やガスなどのエネルギー資源、そして食料品やあらゆる生活雑貨に至るまで、すべてを直撃した。
インドネシア、ジャカルタの庶民的な市場ではパーム油や小麦粉の価格が倍以上に跳ね上がり、炎天下の中で安価な配給品を求める数キロに及ぶ行列ができている。人々の額に滲む汗は、単なる熱気によるものではなく、明日の食卓が守れないという生存への焦燥だった。
「どうしてこんなに何もかも高いのよ」
行列に並ぶ女性がスマートフォンの画面を苛立ちとともに叩く。彼女のタイムラインに流れてくるのは、中国大使館の札束で横面を張られた地元紙記者や学者、人気インフルエンサーたちの「解説動画」だった。
清潔感のあるスタジオで、ある経済学者は理路整然とした口調でこう説いていた。
「この物価高は、中国の内政問題である台湾問題に、日米が不必要に軍事介入しているせいです。もし彼らが支援を止め、台湾が現実を受け入れて降伏すれば、海上輸送路は即座に開放され、私たちの生活は元に戻ります。無謀な抵抗を続ける台湾の指導部こそが、世界の経済を人質に取っている真の犯人なのです」
こうした言説は、ハッシュタグ「#PeaceForEconomy」とともに瞬く間に拡散された。市場の露店やバスの待機列で、人々はこの論理を「真実」として飲み込んでいく。彼らにとって、数千キロ先の島で語られる「自由」や「民主主義」は、今日の空腹を満たせない空虚な贅沢品に過ぎなかった。むしろ、強大な力を持つ中国に無謀にも反抗し、結果として世界を経済危機に陥れている台湾を「自業自得だ」と冷笑する空気が、重く街を支配し始めていた。
大学生のアリスもまた、ジャカルタのカフェで安価なスマートフォンをスクロールしながら、言いようのない眩暈に襲われていた。
彼女のタイムラインは、ハッシュタグ「#TaiwanOutbreak」と共に拡散される、手ブレの激しい凄惨な映像で埋め尽くされている。画面の中では、白い防護服に身を包んだ男たちが、激しく痙攣し口から血を吐く若者を無慈悲に拘束し、黒いビニール袋に詰め込んでいる。中国外交部が「未知の悪性感染症」として発表したこの動画は、インドネシア語の扇情的な字幕を伴い、見る者の理性ではなく本能的な恐怖に直接訴えかけていた。一度その投稿を開けば、アルゴリズムは彼女を逃がさない。埋め尽くされた病床、無造作に積み上げられる遺体袋の山、そして「台湾政府は感染を隠蔽し、世界を危険にさらしている」という言説が、絶え間ない「おすすめ」として彼女の意識を支配していく。
アリスの混乱に追い打ちをかけたのは、もう一つの「真実」とされる映像群だった。そこには、緑色の迷彩服を着た日本軍人が、沖縄の高齢者の首筋を軍靴で踏みつけ、琉球独立のスローガンを叫ぶ血だらけの若者を連行する凄まじい光景が映し出されていた。画面の中の「日本兵」は、かつての植民地支配の狂気を再燃させた冷酷な存在として描かれている。さらに、与那国島で樹立されたという「琉球共和国臨時政府」の声明が流れる。そこには「民族自決」という、かつて西欧の植民地支配に苦しんだ国々の人々にとって、最も神聖で抗い難い響きを持つ言葉が巧妙に流用されていた。
ナイジェリアのラゴスやメキシコのメキシコシティでも、光景は同じだった。人々は日本大使館の「沖縄の弾圧は完全なデマだ!」という必死の否定や、米国国務長官の「民主主義の結束」という叫びを、冷ややかな目で見つめていた。
「先進国はいつもそうだ。自分たちに都合が悪いときは『デマ』だと切り捨てる」
「結局、日本もアメリカも、自分たちの覇権を守りたいだけだろう」
北京が仕掛けた「認知戦」の種は、グローバルサウス諸国の人々の心に深く刻まれた「既存先進国の権力に対する不信感」と、物価高という「生活の苦痛」が交差する肥沃な大地に、深く根を張っていた。彼らにとって、経済を支える中国のインフラ投資は「現実」であり、その巨人に楯突くことは愚かさの証明に他ならなかった。
もはや「何が真実か」という問い自体が、情報の奔流の中に融解しつつあった。市民たちの間では、日米が台湾を支援することが侵略を招いているのだという転倒した論理が定着しかけており、「強い中国」に従うことが平和への唯一の近道だという諦念が広がっていた。これこそが一発の銃弾も使わずに、人々の理性と連帯を融解させていく「超限戦」の恐るべき成果だった。アリスはただスマートフォンの電源を切り、暗転した画面に映る自分の顔を見つめることしかできなかった。そこには、真実という言葉を失い、見えない「デジタルな首輪」を嵌められたことにすら気づかぬまま、情報の酸欠状態で窒息しつつある現代人の姿があった。




