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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第3章 混沌

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203Y年2月7日 ニューヨーク

アメリカ合衆国、ニューヨーク州ニューヨーク市 国際連合本部ビル

イーストリバーを望む国際連合本部ビルは、記録的な寒波によって白く凍りついていた。灰色の空からは乾いた雪が舞い、マンハッタンの摩天楼を不透明な帳で覆い隠している。しかし、その静寂な外観とは対照的に、総会ビルの内部は、世界の命運を懸けた外交戦の火花が散る、熱を帯びた戦場と化していた。

安全保障理事会において、中国の「台湾隔離措置」を侵略行為と断定する決議案が、誰もが予想した通り、常任理事国である中国とロシアの拒否権によって葬り去られた数時間後。日本、アメリカ、そして英仏などの欧州諸国、さらには豪州やフィリピンといった同盟諸国は、一九五〇年十一月三日の国際連合総会決議三七七A「平和のための結集」決議に基づき、国連総会における「緊急特別総会」の開催へと踏み切った。


「……中国による台湾の『隔離』は、国際武力紛争法における海上封鎖が合法となるための要件を何一つ満たしていません」


演壇に立った日本の国連常駐代表は、悲痛な、しかし力強い声で訴えた。


「これは明白な国際法違反であり、世界の安全保障と経済にとって極めて重要な、台湾海峡の平和と安定を、一方的な武力行使によって破壊する行為です!また、与那国島を占拠した武装集団への支持表明や、そこへ流入する中国製武器の疑惑は、わが国日本の領土と主権の一体性を根底から侵害するものです。これは国連憲章第二条第四項が禁ずる『武力による威嚇または武力の行使』であり、本来は安全保障理事会が強力な制裁措置を取らなければならない、『平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為』そのものです!」


米国の代表部もこれに同調し、自国軍の出動や財政支出には及び腰ながらも言葉では一切遠慮しない、というポーカー政権の外交姿勢を反映した鋭い弁舌で、加盟国に賛成を呼びかけた。


「中国が台湾海峡で展開している『防疫』なる茶番は、医学的な隔離などではない。それは、二十一世紀のデジタル空間と公海に下ろされた『鉄のカーテン』である! 自由民主主義と平和を愛する友邦台湾を窒息させ、与那国島という明白な日本領土に正体不明の武装勢力を送り込む行為を、我々は『平和的解決』とは呼ばない。それは『侵略』だ。北京は、自国の不透明な国内法を国際法の上に置こうとしている。自由な海を愛する全国家は、この無法な封鎖に対し、明確な『NO』を突きつけなければならない」


続いて、英国の代表が重厚な口調で続いた。


「わが国は、公海における航行の自由を、文明社会の根幹であると信じている。中国による一方的な封鎖は、単なる地域紛争ではない。これは世界中の海上交通路とグローバルなサプライチェーンに対する宣戦布告に等しい。もし今日、この議場で力による現状変更を追認するならば、我々は二度と『国際法による支配』を語る資格を失うだろう。わが連合王国は、この決議を断固として支持する」


「人道の名を借りた侵略は、最も卑劣な行為です。感染症対策を口実に公海を閉鎖し、他国の通信を遮断し、武装工作員を潜伏させる。これが北京の言う『責任ある大国』の振る舞いでしょうか。フランス共和国は、日本の領土一体性、そして台湾海峡の平和と安定を揺るがすあらゆる試みを拒絶します。自由は分割できるものではなく、法の正義は便宜的に歪められるものではありません」

「我々は、海を隔てた隣人として、この恐怖を誰よりも理解している。南シナ海で起きてきたことが、今、台湾海峡と与那国島で繰り返されているのです。今日、台湾が封鎖され、日本の島が奪われるのを見過ごせば、明日は我々の島々が標的になる。これは対岸の火事ではない。我々アジアの小国家にとって、これは生存を懸けた戦いなのです。フィリピン共和国は、日本の主権、台湾の自由と平和を守るため、この決議に賛成を投じます」

「ベトナム社会主義共和国は、すべての主権国家の領土一体性と独立を尊重する。国連憲章、とりわけ第二条第四項は、いかなる理由があろうとも、武力による威嚇や行使を禁じている。現在起きている通信遮断や海上隔離は、両岸問題の平和的解決という国際社会の願いに真っ向から反するものである。ベトナムは、対話による解決を求めると同時に、いかなる形式の侵略行為にも反対し、本決議案を支持する」


しかし、広大な議場に並ぶ百九十あまりの国々の反応は、残酷なまでに割れていた。

北京の外交官たちは、数ヶ月前から周到に準備してきた「認知戦」の果実を、ここで一気に収穫しようとしていたのである。


「……台湾海峡で起きているのは、わが国内における重大な致死的感染症への緊急的な防疫措置である」


中国代表は、冷徹な表情で反論した。


「これは人道的な『隔離』であり、戦争ではない。ましてや台湾は中国の不可分の一部であり、ウクライナのような国連加盟国同士の紛争と同一視するのは、悪意あるミスリードだ。これはあくまで、中華人民共和国の領土において、伝染病予防医療法など中華人民共和国の国内法令に基づいて対応されるべき、中華人民共和国の国内問題だ!日本が主張する与那国島の問題にしても、通信が途絶した状況で何が起きているのか、誰が客観的な事実を確認したというのか?中国脅威論を煽ってきた日本政府は、自国のガバナンスの失敗を他人のせいにしているに過ぎない」


議場の袖では、国連代表部の中国外交官たちが、発展途上国の代表団に対し「この決議に賛成すれば、進行中のインフラ投資を即座に凍結する」という露骨な警告を送り続けていた。一方で、潤沢な「現金」を伴う人道支援の約束が、棄権を促すための甘い毒として、アフリカや中東、中南米、そして東南アジア大陸諸国の耳元で囁かれていた。


「事実確認が不十分な段階で、特定国を名指しで非難するのは時期尚早だ」

「これは確かに中国の内政問題ではないか」


迷いと、そして北京への配慮。それらが情報の霧と混じり合い、議場を支配していく。

そして、運命の投票が始まった。

巨大な電光掲示板に、各国の投票結果が光り始める。緑が賛成、赤が反対、黄色が棄権。

日本や米国、欧州各国が必死に積み上げた「緑」の光。その数は百一、百十……と伸びていく。しかし、それ以上に「黄色」の棄権と、いくつかの「赤」の反対が、壁のように立ちはだかった。

最終結果が確定した。

賛成一二〇。

棄権六三。

反対一〇。

賛成票は過半数を超えたものの、緊急特別総会での「重要問題」の議決に必要とされる「出席し、かつ投票する加盟国の三分の二」という高い壁には、わずか数票差で届かなかった。


「……議案は否決されました」


議長の無機質な宣告が、冷え切った議場に虚しく響いた。

日本代表は、崩れ落ちるように椅子に背を預けた。

国際社会の「法の支配」が、北京の組織的な認知戦と経済的な恫喝によって、機能不全に陥った瞬間だった。

ニューヨークの窓の外では、雪がさらに激しさを増していた。

世界は、法的・外交的な解決の道をも見失い、いよいよ剥き出しの力と、冷たい電子の霧が支配する暗黒の深淵へと、真っ逆さまに突き落とされようとしていた。




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