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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第3章 混沌

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203Y年2月7日 東京

2月7日

日本・東京都

空はどんよりとした鉛色に垂れ込め、寒風が街路を吹き抜けていた。しかし、その寒さを打ち消すかのような異様な熱気が、日本各地の主要駅前や官庁街を覆い尽くしていた。


「日本を戦争に巻き込むな!」

「米軍は今すぐ撤退しろ!」

「台湾のために若者を死なせるな!」


新宿駅南口の広場は、色とりどりの幟やプラカードを掲げた群衆で埋め尽くされていた。拡声器から流れる怒号がビルに反響し、行き交う人々の表情に不安の影を落とす。それは、かつての安保闘争を彷彿とさせる光景であったが、決定的に異なる点があった。

デモに参加しているのは、高齢のいわゆる活動家だけではない。子供の手を引く母親、スーツ姿の会社員、そして何より、不安に顔を歪めた若者たちが目立っていた。彼らの手にはスマートフォンが握りしめられ、その画面の中では、実体なき「恐怖」が光の速さで増殖していた。

短文投稿型SNSや短編動画投稿型SNSなどでは、ハッシュタグ、 #徴兵制反対 、 #第三次世界大戦、#長崎に核 、 #飢餓から日本を守れ ――。がデジタル空間を埋め尽くし、アルゴリズムによって増幅された情報の奔流が国民の理性を削り取っていく。


@User_ShieldJapan: 【拡散希望】佐世保基地から長崎県に米軍の戦術核が運び込まれたとの内部告発!日本が核攻撃の標的にされる!政府はこれを隠蔽している! #長崎核持ち込み #米軍撤退 #台湾有事は日本有事ではない

@News_Leaker_X: 防衛省が「国民保護計画」の名目で徴兵名簿を作成中。18歳から30歳の全男女に赤紙が届く。台湾有事は日本の若者を間引きするための陰謀だ。 #徴兵制復活 #自衛隊反対 #台湾有事は日本有事ではない #高城内閣総辞職を求めます

@Blockade_Watch: 既に東シナ海は完全に封鎖された。食糧自給率38%の日本はあと二週間で食料が尽きる。スーパーから物が消える前に備蓄を! #買いだめ #飢餓


それらは、巧妙に加工されたディープフェイク動画や、出所不明の「機密文書」の断片を伴っていた。長崎県佐世保市の米軍基地周辺で、黄色い「放射能標識」のついたコンテナを運ぶトラックの動画――実際には数年前にドイツで行われた演習の切り抜きと合成である――は、数時間で数百万回再生され、人々の疑心暗鬼に火をつけた。

東京都内のスーパーマーケットでは、開店前から長蛇の列ができていた。 「海上封鎖で食料が入らなくなる」というデマを信じた市民たちが、米、水、缶詰、そしてトイレットペーパーを奪い合うようにカートに詰め込んでいく。棚からはあっという間に商品が消え、殺気立った客同士の怒号が店内に響く。


「一人二点までだって言ってるだろう!」

「俺の家族が死んでもいいっていうのか!」


官邸や防衛省の電話回線は、抗議と悲鳴に近い問い合わせでパンク状態に陥っていた。内閣官房長官が連日のように「核持ち込みの事実は一切ない」「徴兵制の検討もしていない」と会見を行っても、一度火がついた「不信」という名の業火を消し止めることはできなかった。


東京都千代田区霞が関・中央合同庁舎第2号館


「……典型的な認知戦です」


庁舎の二重階、警察庁警備局外事情報部外事課のフロアで モニターを見つめるキャリア警察官、分析係の課長補佐は、冷静に断言した。


「発信源の多くは、海外のプロキシサーバを経由したボットネットです。中・露・北の工作機関が、日本の社会不安を最大化させるために、事前に用意していたシナリオを一斉に流布している。特に『長崎への核持ち込み』というデマは、日本人の反核感情を逆撫でするための極めて悪質な火種です」

「国民がパニックになれば、NSCの決断を鈍らせることができる。北京の狙いはそれだ。……我々が法的な正当性を議論している間に、彼らは日本人の心を壊しに来ている」


デモ隊のシュプレヒコールが、地下の静寂にまで微かに届いていた。 国境の外から迫る軍事的脅威。そして、国境の内側から蝕まれる社会的信頼。 日本は物理的な銃火を交える前に、情報の海の中で、すでに「戦時」のどん底に叩き落とされていた。


2月7日

東京都 総理官邸

深夜の不穏な静寂を切り裂くように、内閣総理大臣官邸の地下、危機管理センターに悲鳴のような報告が次々と飛び込んできた。


「九州電力の基幹送電網が物理的に切断されました! 福岡、佐賀、長崎の三県で大規模停電が発生。原因は山間部における鉄塔の同時多発的な倒壊--人為的にボルトを抜かれた痕跡があります」

「宮古島、石垣島でNTTの通信交換局および沖縄電力の変電所から火の手が上がりました。破壊工作と推定されます」


モニターに映し出される日本列島は、九州と南西諸島を皮切りに、情報の灯が一つ、また一つと消えていく病的な斑模様を呈していた。

高城沙奈子総理大臣は、蒼白な顔で閣僚たちを見渡した。

内閣衛星情報センターが所有・運用する光学衛星の撮像で、与那国島の武装集団がミサイルや装甲車両を配備していること、与那国駐屯地までがどうやら敵の制圧下に入ったらしいこと、そして、与那国空港と比川地区間の道路上における惨劇の痕跡はずいぶん前に確認されていた。

だが、核兵器を持つかもしれない彼らを過度に刺激することによる万が一の暴発を憂慮した高城総理は、治安出動待機命令、そして「治安出動下令前に行う情報収集」という名での武器を携行した自衛官の行動を許可したものの、実際に鎮圧作戦を開始する直前まで治安出動命令の発出は避ける、と一旦は決心していた。

しかし、与那国島以外の日本領土でも次々と火の手が上がっている。もはや「グレーゾーン」の議論で時間を空転させる余裕はない。


「……警察法第七十一条に基づき、国家公安委員会の勧告を受け、警察法上の『緊急事態』の布告を全国に拡大します」


彼女の声は、重圧で掠れながらも、退路を断った者の決意を孕んでいた。


「同時に、自衛隊法第七十八条に基づき、陸海空自衛隊の全部に対し、『治安出動』を命令します。これは与那国島奪還への備えを固めるため、および原子力発電所といった重要防護施設の警備を完遂するためのものです。断じて国民に銃を向けるためのものではない。部隊の市街地展開は必要最小限に留め、あくまで『盾』としての任務に徹しなさい」


憲法下で史上初めて発出される「命令による治安出動」。その衝撃は、瞬く間に深夜の日本中を駆け巡った。

永田町の国会議事堂周辺では、布告を受け、野党議員たちが激しい声を上げながらカメラの前に立った。


「政府の決断は、この未曾有の事態において唯一残された、国家存続のための苦渋の選択だ。我々は総理の決断を断固支持する!」


保守系野党の党首が理解を示す一方で、リベラル派や過激な革新系政党は、怒号とともに糾弾の声明を発表した。


「これは、平和を求める沖縄市民の声を力でねじ伏せ、ついには日本全土を軍靴の下に置こうとする暴挙だ! 緊急事態布告と自衛隊の治安出動は、国民の自由を奪い、銃口を我々に向ける強権的な軍事独裁への第一歩である! 高城内閣は即刻退陣せよ!」


テレビ画面は、鉄塔が倒壊した九州の暗い山並みと、原子力発電所や海空自衛隊基地、自衛隊や海上保安庁が平素から利用している「特定利用空港」「特定利用港湾」など重要防護施設の周囲に展開を開始した、迷彩服で小銃を携える陸上自衛隊員たちの姿を交互に映し出していた。


全国の自衛隊部隊は南西方面への機動展開を既に開始していたが、ここでも重大な問題が起きていた。

陸上自衛隊において沖縄の第十五師団を含む基幹部隊の十個師団・五個旅団のうち、北部・東北方面隊の四個師団・二個旅団は、ロシア軍による万が一の攻撃に備え、一旦警備区域内に留め置かれることとなった。防衛警備計画において南西方面に展開するはずだったこの二方面隊の一部を埋め合わせ、かつ中国のゲリラ・特殊部隊による攻撃から全国の重要防護施設を警護できるだけの兵力を各警備区域に残すため、統合作戦司令部は部隊のやりくりに頭を痛めていた。

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