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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第3章 混沌

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203Y年2月4日 東京

203Y年2月4日

日本 東京都千代田区 総理官邸


大泉防衛大臣が手元の資料をめくった。その指先は微かに震えている。


「事態は与那国島単体のものではありません。むしろ台湾こそが中国にとって本丸と言えるでしょう。中国外交部が宣言した『防疫措置』の名目により、現在、台湾島は物理的な海上・航空封鎖下にあります。バシー海峡、および台湾北方の国際海域において、中国海軍艦艇による実力行使――威嚇射撃を伴う臨検が行われており、このまま食料やエネルギーの供給が遮断され続ければ、遅かれ早かれ台湾は窒息状態に陥ることでしょう。台湾国内のLNG備蓄は平時2週間分、台湾当局が厳格な供給統制を行なって仮にエネルギー消費を半分に抑えたとしても一カ月。台湾当局は、それまでに中国への降伏か、一か八かでも中国側の封鎖部隊を攻撃して突破を図るか、厳しい選択を迫られます。更に、中国側は台湾対岸の福建省及び広東省に、着上陸侵攻作戦に備えた兵力集積も進めています。ただし、これを強行した場合は中国側も極めて大きな損害を被るため、彼らにとっても最後の手段である、と考えられます」


大泉はモニターの表示を切り替えさせた。衛星が捉えた福建省沿岸の赤外線画像。そこには、平時ではあり得ない密度の熱源が密集していた。


「兵站の動きも決定的な段階に入っています。東部戦区第七十二、七十三集団軍を中心とした着上陸侵攻部隊が、厦門や福州の港湾へ集結を完了。さらに、複数の輸送船団が護衛の戦闘艦艇を伴って出港準備を整えています。一方、支援を期待すべき|米国インド太平洋軍《USINDOPACOM》ですが、第7艦隊『ジョージワシントン』空母打撃群は小笠原諸島近海で、わが海上自衛隊第一水上戦群と共に戦闘準備態勢に入っています。沖縄本島の第三海兵遠征部隊(3 M E F)も、海兵沿岸連隊戦闘チームを宮古、石垣島に展開する場合に備え、既に我々防衛省、外務省や国交省、総務省も交えた実務的調整に入っております。しかし、ハワイおよびグアムで停電や港湾のシステムトラブルがあり、米本土からの増援部隊展開には大きな遅延が生じている模様です」


閣僚たちの間に動揺が走る中、持田外務大臣が疲弊した表情で言葉を継いだ。


「政治的な状況はさらに深刻です。米軍が準備を進めてくれても、最高指揮官であるポーカー大統領の命令無くして介入することは不可能ですから。在米日本大使館が国務省に対し、与那国島での事態が日米安保条約第五条、すなわち『日本国の施政下にある領域に対する武力攻撃』に該当するかの確認を急いでいますが……米側の反応は極めて鈍い。ポーカー大統領は『攻撃主体が特定されない限り、これは日本の国内問題、あるいは治安問題である』との認識を崩しておらず、消極的です」

「アメリカが、与那国を見捨てると言うのか!」


苛立ちを露わにしたのは、葛城財務大臣だった。タカ派として知られる彼は、鋭い視線で総理を睨みつけた。


「総理、もはや躊躇すべきではありません。台湾の封鎖と与那国の制圧は一連の軍事行動だ。直ちに『重要影響事態』を認定し、米軍、ひいては台湾軍を支援するための後方支援体制を構築すべきです。日本の平和と安全に重要な影響を与える事態であることは、もはや明白ではないか」


葛城の問題提起に、防衛省と外務省の官僚たちが顔を見合わせた。 代表して高松法制局長官が口を開く。


「重要影響事態安全確保法において、主たる支援対象として想定されているのは『日米安保条約の目的達成に寄与する活動を行っている米軍等』です。しかし、肝心の米軍が、現時点ではポーカー政権の意向により、軍事的な出動を決定していません。支援すべき対象が動いていない以上、この法律を適用して自衛隊を動かすことには極めて高いハードルがあります」

「法解釈の言葉遊びをしている場合か! 米軍が動かないなら、動くように働きかけるのが認定の政治的意味だろう!」

「働きかけていますとも!外務省はあらゆるチャンネルを通じて、台湾と南西諸島の防衛がいかに米国にとって重要なのか、ポーカー政権に理解させようと手を尽くしています。しかし葛城大臣、もし事態認定を強行し、米軍の合意なく自衛隊を前進させれば、それこそ中国側に『日本が戦争を始めた』という格好の口実を与えます」


持田外務大臣の声が、会議室に虚しく響いた。


「我々は、完全な『グレーゾーン』に嵌め込まれているのです。武力攻撃とは認めさせず、しかし実力で領土を切り取る。米国の介入を躊躇わせるために、核の恫喝と『琉球共和国』という偽装を用いる。……北京は、我々の法の隙間を、正確にナイフで抉ってきている」


高城総理は、再び沈黙に沈んだ。 モニターの中の与那国島は、依然として冷たい雨と電磁の霧に包まれ、その沈黙は日本という国家の「機能不全」を嘲笑っているかのようだった。


「……重要影響事態の認定については、米側の出方を待ちつつ、準備だけは進めておいてください」


彼女の声は、かつてないほどに低かった。


日本・東京都新宿区 防衛省市ヶ谷地区 

高城総理から発せられた「治安出動待機命令」を受け、防衛省A棟11階の特別会議室では、深夜にもかかわらず直ちに「防衛会議」が招集された。円卓を囲むのは、大泉慎太郎防衛大臣を筆頭に、防衛事務次官、各局長ら「背広組」、そして統合幕僚長、陸海空の各幕僚長、防衛省情報本部長ら「制服組」の最高幹部たちである。

大泉防衛大臣が、正面のモニターに映し出された南西諸島の地図を指し示した。


「総理から治安出動待機命令の承認を受けました。これを受け、事態のさらなる深刻化、武力攻撃事態及び防衛出動の発令まで至ることを想定し、防衛警備計画に基づく南西諸島への事前配置を実施したい」


大泉の言葉を受け、村井統合幕僚長が立ち上がった。その制服の胸に並ぶ防衛記念章が、室内の照明を反射して鈍く光る。


「統幕より提案します。現在、健軍の第八師団、旭川の第二師団、相馬ヶ原の第十二旅団、そして善通寺の第十四旅団に対し、即応機動連隊を基幹とする事前配備部隊の航空・海上輸送による緊急展開を指示しました。石垣島、宮古島、沖縄本島、そして奄美大島へそれぞれ約一千名規模の戦力を事前配置し、現地の第十五師団や各島の警備隊と合流させます。同時に、長崎県相浦駐屯地の水陸機動団について、主力の一部を速やかに沖縄本島へ推進させ、奪還作戦を含むあらゆる事態に備えさせます」

「……万が一にも、島内に核弾頭、あるいは放射性物質を用いたダーティー・ボムが実際に存在する場合に備え、習志野駐屯地の特殊作戦団を、核捜索および無力化のための先行部隊として与那国島へ投入すべく準備を開始しました。空挺降下、あるいは潜水艦による隠密潜入のシミュレーションを急がせています。また、大宮駐屯地、中央特殊武器防護隊の一部を、入間基地のC-2輸送機により直ちに那覇駐屯地へ推進させます。放射能汚染が発生した際の検知・除染、そして救護体制を先島諸島の最前線に構築するのが狙いです」

「海上自衛隊はどう動きますか」


大泉の問いに、海上幕僚長が沈痛な面持ちで答えた。


「既に呉と佐世保から、航空機搭載多機能護衛艦『かが』を旗艦とする水上艦隊・第2水上戦群の機動部隊と、水陸両用機雷戦群のもがみ型護衛艦が、尖閣から先島諸島にかけての海域に展開。『いずも』を旗艦とする横須賀の第一水上戦群は、全面戦争に備えてミサイル攻撃から温存すべく、小笠原近海で米国海軍第七艦隊セブンスフリートと共同行動中です。呉からは、潜水艦数隻を東シナ海および宮古海峡のチョークポイントへ向かわせました。音もなく哨戒線を構築し、中国艦艇の接近を阻止します。……ですが最大の問題は、陸自部隊を各島へ展開する輸送能力です」


その時、会議室の壁際に控えていた背広組の秘書官が、顔面を蒼白にして駆け寄ってきた。


「大臣、沖縄県警から緊急報告です! 今から十五分前、石垣島石垣港、および宮古島平良港において、大規模な爆発が発生しました。何者かによる同時多発的な爆弾テロとみられます」

「何だと……被害状況は」

「岸壁の荷揚げ用クレーンが根元から破壊され、大型船の接岸が不可能な状態です」


会議室に衝撃が走る。これにより、民間船を利用した自衛隊部隊の海上輸送は事実上、不可能となった。自衛隊の喉元を、北京は先手を打って、物理的な破壊工作で塞いできたのだ。

さらなる追い打ちが、会議室のモニターから流れてきた。 中国外交部の報道官が、深夜にもかかわらず演壇に立ち、全世界に向けて声明を発表したのである。


「……我が国政府は、先ほど『琉球共和国臨時政府』を名乗る組織より発信された独立宣言を、重大な関心をもって注視している」


報道官の表情は、どこか冷笑を孕んでいるかのように無機質だった。


「まず明確にしておくが、我が国と当該組織との間に直接的な関係は存在しない。しかしながら、歴史的、国際法的な視点に立てば、琉球の帰属問題は依然として未確定であるというのが、学術的かつ客観的な事実である。日本政府が日米安保の名の下に島々を軍事要塞化し、琉球民族を戦火の危険に曝し、抑圧してきた事実は否めない」


報道官は一度言葉を切り、カメラの向こう側を射抜くように続けた。


「琉球民族が国際連合憲章に保障された民族自決権を主張し、自らの手で平和と独立を求めるのであれば、中華人民共和国は一国家として、その正当な要求を支持する用意がある。日本政府に対し、琉球人民に対する武力的弾圧を即刻停止するよう強く勧告する」


その声明は、与那国島を制圧している「国籍不明の武装集団」に対し、中国が政治的な「後ろ盾」になることを宣言したものに他ならなかった。


大泉防衛大臣は、握りしめた拳を震わせ、モニターに映る報道官の顔を睨みつけた。外では、冷たい雨が依然として永田町と市ヶ谷を濡らし続けていた。 情報の海では、偽情報のパケットがさらなる社会の動揺を煽り、先島諸島の港からは、破壊されたクレーンの黒煙が雨空へと立ち昇っていた。

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