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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第2章 封鎖

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203Y年2月4日 台湾周辺海域

203Y年2月4日 

バシー海峡 洋上

午後の南シナ海の湿った風が、十万トン級石油タンカー「フォルモサ・プライド」の重厚な船体を揺らしていた。

ブリッジの窓の外には、見渡す限りの群青色の海が広がっている。だが、その平穏は、レーダーが捉えた数個の「輝点」によって既に過去のものとなっていた。


「船長、また増えました。四時の方向、距離十二マイル。船舶自動識別装置(A I S)に応答はありませんが、この速力……民間船じゃありません」


フィリピン人の一等航海士、リカルドが震える指でディスプレイを指した。

台湾人のリン船長は、使い古された双眼鏡を覗き込み、水平線の彼方を凝視する。水平線の陽炎の向こう側に、針の先のような細い突起が見えた。それは、時間の経過とともにゆっくりと、しかし確実にその姿を太く、不気味な灰色に変えていく。


「……海警局の『海警3901』、それと中共解放軍の052D型駆逐艦か。隠す気もなさそうだな」


林は苦く吐き捨てた。高雄港まであとわずか数時間の距離。このタンカーの巨大な胃袋に詰め込まれた原油は、電力供給が風前の灯火となっている台湾にとっての生命線だ。だが、その行く手を阻むように、灰色の影は水平線からせり上がり、波を切り裂いて接近してくる。

突然、国際VHF無線の16チャンネルから、ノイズ混じりの冷徹な声が響いた。


『Attention, Formosa Pride. This is People's Liberation Army Navy Task Force. Under the current special quarantine regulations, your vessel is prohibited from entering the Kaohsiung port area. Stop your engine immediately for inspection. Repeat, stop your engine.』

「検疫だと? ふざけおって」


林がマイクを握り締めようとしたその時、ドォォォンという重々しい衝撃音が空気を震わせた。

タンカーの機首から数百メートル先、海面が巨大な噴水のように爆ぜた。30ミリ機関砲による威嚇射撃。着弾の衝撃で舞い上がった飛沫が、陽光を浴びて残酷なほどキラキラと輝いている。


「船長! さらに接近してきます! あいつら、ぶつける気か!?」


リカルドが悲鳴を上げた。

肉眼でもはっきりと、中国海警局の船体に刻印された「CHINA COAST GUARD」の文字、そして甲板に立つ兵士たちの姿が見える距離まで詰め寄られている。巨大なタンカーに対し、駆逐艦と海警船は猟犬のように周囲を旋回し、その圧倒的な武力を誇示していた。

その時、北の方角から救世主が近づいてきた。中華民国海軍のキッド級ミサイル駆逐艦「基隆」が、防波堤のごとく全速で割り込んできたのだ。


『こちら中華民国海軍だ。当該船舶は我々の管理下にある。ただちに航路を空けろ。貴軍の行為は国際法に対する重大な挑戦である!』


「基隆」のスピーカーから放たれる警告。それは、孤立無援のタンカーにとって唯一の救いの声に聞こえた。だが、それに対する中国側の回答は、救いを絶望に変えるのに十分なものだった。


『国民党海軍の軍艦へ告げる。これは、中華人民共和国の国内法に基づく正当な法執行である。貴艦らが一発でも火器を使用、あるいは我が方の法執行を妨害した場合、それは「反国家分裂法」に基づく全面的な武力闘争の開始とみなす。繰り返す、一発でも撃てば、それは戦争の合図だ。』


ブリッジに沈黙が流れた。

窓の外では、台湾の「基隆」と中国の駆逐艦が、互いの主砲を向け合ったまま、数隻の海警船を挟んで睨み合っている。鋼鉄の巨獣たちが、文字通り指一本触れれば爆発する極限の均衡状態で、海面を滑っていく。


「船長……どうしますか。高雄は、すぐそこなのに」


リカルドの問いに、林は「基隆」の艦影を見つめた。

台湾海軍の乗組員たちの葛藤が、手に取るように分かる。彼らは守りたいのだ。だが、ここで一撃を加えれば、その瞬間に台湾全土にミサイルの雨が降ることになる。自分たちの命、そして原油と引き換えに、二千三百万人の運命を賭けることはできなかった。

林は深く、長く息を吐き出し、拳を血が滲むほど握りしめた。


「……面舵いっぱい。シンガポールへ向かえ。本船は高雄への入港を断念する」

「しかし船長!」

「俺たちが引き返さなきゃ、台湾が燃えるんだ」


巨大なタンカーが、重い腰を上げるようにゆっくりと旋回を始めた。

それを見届けるように、中国の駆逐艦は悠然と併走を続ける。

水平線の向こうに見えるはずだった故郷の島影は、熱い涙と、立ち塞がる灰色の軍艦によって、遠く霞んで消えていった。

バシー海峡の荒波だけが、行き場を失った鋼鉄の塊たちの虚しさを嘲笑うように、白く泡立っていた。


203Y年2月5日

中華民国/台湾 宜蘭県頭城 沖合

台湾という島国が世界と繋がるための「生命線」は、深海の暗闇を這う、指ほどの太さの光ファイバーに託されている。その神経網が、「隔離」宣言翌日、外科手術のような冷徹な手際で次々と切断されていった。

太平洋の冷たい潮流が渦巻く、水深二百メートルの深海。

漆黒の闇の中を、一隻の不気味なシルエットが音もなく滑進していた。中国人民解放軍海軍東海艦隊、特務潜水艦部隊所属の無人潜水艇《U U V》である。その機械の腕が、海底の砂に半ば埋もれた一本の太いケーブルを、獲物を捕らえる猛禽のように掴み上げた。

米国と台湾を直結する大容量通信ケーブル「|トランスパシフィック・エクスプレス《T P E》」。

機械の腕に備え付けられた高出力カッターが作動し、鋼鉄の保護層を容易く切り裂く。数秒後、光のパルスが途絶え、莫大な情報が虚空へと霧散した。


中華民国/台湾 基隆市 海底通信ケーブル陸揚げ局

台湾北部の玄関口、基隆。

港を見下ろす高台にある海底ケーブル陸揚げ局の周囲には、濃い霧が立ち込めていた。警備兵の意識が最も薄れる夜明け前、影のような集団がフェンスを乗り越えた。


「――作業開始」


北京語の囁き。最新の暗視ゴーグルを装着した特殊作戦部隊員たちが、地面に埋設されたアクセスマンホールを開け、中へ滑り込む。彼らが取り出したのは、強力な指向性爆薬だった。

鈍い衝撃音が夜の静寂を揺らした瞬間、基隆から日本、そして韓国へと伸びる通信網は物理的に「焼失」した。

南部の巨大港湾・高雄、そして東部の台東。

ここでも同様の光景が繰り返された。特殊作戦部隊による破壊工作と、沖合での潜水艇による切断の波。台湾を世界と結ぶ主要な海底ケーブルは、わずか一時間のうちに、その機能の八割を喪失した。

台北の通信管制センターでは、モニター上の通信経路を示す緑のラインが次々と赤く染まり、やがて消えていった。


「……頭城(トウチョン)、ダウン! 基隆、応答ありません! 高雄も……全滅です!」

「馬鹿な、予備ルートは!?」

「駄目です! 太平洋側の回線は全て物理的に遮断されました。現在、台湾はデジタル上の孤島と化しています!」


しかし、この大規模な破壊工作の中で、不気味な「例外」が存在していた。

台湾の西岸、桃園や台南から台湾海峡を横断し、中国大陸へ繋がる数本のラインだけは、傷一つなく残されていたのだ。

それは、北京が用意した「見えない首輪」であった。

世界への叫びを封じ、情報の逃げ道を塞いだ上で、唯一、大陸側からの「管理された情報」だけが流れ込む回廊を残す。台湾の人々は、夜明けとともに、外部からの情報が遮断されたスマホを握りしめ、唯一表示される「大陸発のニュース」に直面することになる。

台湾は電子の闇によって、自由な世界から切り離された。


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