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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第2章 封鎖

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203Y年2月4日 与那国


203Y年2月4日

日本 沖縄県八重山群与那国町 与那国駐屯地


カクテル光線のような強烈なサーチライトが、冷たい雨のカーテンを貫き、日本の主権の最前線を無慈悲に照らし出していた。

駐屯地のフェンス越しに並ぶのは、標章を消された〇八式歩兵戦闘車の無機質な壁。三〇ミリ機関砲の砲身は、駐屯地の心臓部へと向けられ、いつでも火を噴く準備を整えている。周囲の牧草地からは、最新の暗視装置とサプレッサー付きの九五式小銃、あるいは〇五式短機関銃を構えた約二百五十人の武装集団が、蟻の這い出る隙もないほどに駐屯地を完全包囲していた。 

与那国沿岸監視隊長・小原一佐は、執務室の窓からその絶望的な光景を凝視していた。 手元の無線機からは、ただザーという砂嵐のようなノイズだけが流れ続けている。那覇の第十五師団とも、熊本県健軍駐屯地の西部方面総監部とも、市ヶ谷の防衛省や埼玉県朝霞駐屯地の統合作戦司令部(J J O C)とも、連絡は完全に途絶えた。


「……各班、状況を報告せよ」

「……正面ゲート、敵、歩兵戦闘車三、歩兵約五十。西側フェンス、歩兵戦闘車二。全周を完全に包囲されています。我々の実戦力は警備小隊の三十名のみ。対戦車火器は……ありません。小銃のみでは、あの装甲を抜くことは不可能です」


警備小隊長の悲痛な声が響く。自衛隊員たちは、各人が一挺の小銃を握りしめ、土嚢の陰で息を潜めている。しかし、数においても火力においても、相手は一個大隊規模の機械化歩兵部隊だ。しかも、通信遮断により「防衛出動」の命令すら届いていないこの状況で、先に引き金を引けば、法的には「殺人」あるいは「私闘」のそしりを受けかねない。


「隊長……いかがいたしますか。このままでは、文字通り全滅です」


小原一佐は深く、重い溜息をついた。ここで無駄な抵抗をすれば、若い隊員たちの命を捨てるだけになる。しかし、何もしなければ島は奪われる。彼が出した結論は、武人としては断腸の思いに満ちたものだった。


「……全隊に告げる。これより本駐屯地は投降する。だが、敵に渡せるものは何一つ残すな。直ちに、あらゆる秘密情報の破棄を開始せよ!」


小原の号令と共に、駐屯地内は別の意味での戦場と化した。 情報室ではシュレッダーが悲鳴を上げ、隊員たちがハンマーでハードディスクを粉砕していく。島の周辺海空域の監視記録が保存されたサーバーは五・五六ミリNATO弾を雨あられと浴び、一瞬にしてただの金属の塊へと変わった。 庁舎の裏手では、ドラム缶の中で書類が燃え上がり、黒い煙が雨空へと溶け込んでいく。


「急げ! 一文字も読ませるな! 暗号表、隊員名簿、すべて灰にしろ!」


与那国駐屯地がその機能を自ら停止させようとしていた時、包囲網の外側でその光景を絶望的な面持ちで見つめる者たちがいた。

まず、電波塔爆破や空港での異変を察知した小原一佐の命令により、辛うじて包囲される前に私服で偵察に出向いていた沿岸監視隊員の小集団だ。二名一組、軽装甲機動車も小銃すらも持たず、徒歩で祖納と比川、与那国空港付近の影に潜んでいた彼ら六名は、自分たちの拠り所である駐屯地が「国籍不明の武装集団」の影に飲み込まれていくのを、ただ唇を噛んで見守るしかなかった。

そしてもう一組は、久部良の民宿に「釣り客」として潜伏していた沖縄県警外事課の捜査員四名だ。 彼らは、島内に潜入した工作員を発見する任務を帯びつつ、不自然に流入する「季節労働者」や「外国人観光客」の動向を追っていた。今、目の前で完璧な日本語を操り、自衛隊を包囲している武装集団の正体が、自分たちの「視察」(監視)対象そのものであったことを、彼らは痛感していた。


「……クソッ、警察無線も携帯も全滅だ。本土への報告手段が何もない」


外事課員は、闇の中でスマートフォンの「圏外」表示を呪うような目つきで睨みつけた。 機動隊は比川で血の海に沈み、駐屯地は今、白旗を上げようとしている。 島に残された日本側の「戦力」は、数名の沿岸監視隊員と私服警察官が持つ拳銃だけになってしまった。

駐屯地の正面ゲートが重々しくゆっくりと開く。 隊長を先頭に、武器を置いた自衛隊員たちが、泥濘に膝を突いていく。 それを見下ろす歩兵戦闘車の砲塔は、微塵の容赦もなく、日本最西端の防衛拠点の完全制圧を宣言するように、ゆっくりと旋回した。

与那国島は今、地図の上から消されたも同然の、完全なる沈黙へと沈んでいった。


夜明け。

日本最西端、与那国島の空は、厚く垂れ込めた鉛色の雲に覆われていた。断崖絶壁に打ち付ける東シナ海の怒濤は、日本の主権が蹂躙された事実を嘲笑うかのように、白く激しい飛沫を上げ続けている 。通信が完全に断絶し、島全体が巨大な「情報の牢獄」と化した中で、一つの映像がーー中国の低軌道衛星ブロードバンドサービス「国網」の回線を経由していたと後に判明したーー全世界に向けて発信された。

インターネット上のあらゆる動画プラットフォーム、そしてSNSのタイムラインを、突如として不気味な映像が埋め尽くした。

映像の背景には、与那国町役場の庁舎前と思われる場所に掲げられた、見たこともない紋章の青い旗が揺れている。カメラの前に立つのは、濃紺のタクティカル・ウェアに身を包み、黒いバラクラバで顔の下半分を隠した男だった。彼は、驚くほど流暢で自然なアクセントの日本語で、静かに語り始めた 。


「全世界の諸国民、ならびに日本政府に告げる。我々は琉球の人民であり、本日ここに『琉球共和国臨時政府』の樹立を宣言する」


男の声には、冷徹なまでの確信が籠もっていた。


「我々は、長年にわたる日本政府の圧政と、島々を戦場に変えようとする軍事要塞化から、琉球の神聖な領土の一部である与那国島を解放した。これは国際連合憲章にも定められた民族自決権に基づく、正当かつ不可避な行動である。我々琉球民族はこれ以上の日本による植民地支配を断固として拒絶する」


カメラがゆっくりと横に振れる。そこには、久部良港や与那国空港の滑走路脇に整然と並べられた、マットグレーの軍用車両の列が映し出された。 それらは、所属標章を一切消された地対空ミサイル発射機ーー映像を見た防衛省情報本部の分析官は、四百キロ先の空中目標を迎撃でき中国など複数国に輸出されているロシア製の長距離地対空ミサイルシステム、S-400に酷似していると指摘した--と、巨大なキャニスターを搭載した地対艦ミサイル発射機--射程三百~四百キロ、中国製の超音速地対艦ミサイルシステム、YJ-12と推定される--であった。久部良港に接岸した貨物船から陸揚げされた「沈黙の兵器」たちが、その牙を誇示するように空と海を睨んでいる 。


「臨時政府は、与那国島を中心とした半径百キロメートルの海域および空域を、自衛のための『完全閉鎖区域』と定める。日本、ならびに米国をはじめとするあらゆる外国の艦船・航空機の無許可の侵入を固く禁止する。警告を無視して侵入を試みる者は、直ちに敵対勢力と見なし、我々の保持する火器によって排除する。繰り返すが、これは国連憲章第五十一条によって認められた、独立主権国家・琉球共和国固有の自衛権行使である」


男は一度言葉を切り、レンズを真っ向から見据えた。


「さらに、我々は自衛のために必要最小限度の『小型核兵器』を既に保持していることを公表する。もし日本やその同盟国が武力による侵略を行い、琉球の独立が危機に瀕したならば、我々はいかなる犠牲を払ってでもこれを使用し、侵略者を灰燼に帰する用意がある」


映像には核兵器そのものは映っていなかったが、標章を消された装甲部隊の威容と、完璧な日本語による論理的な脅迫は、見る者にその真実性を疑わせぬほどの戦慄を与えた。

その放送を、奪われた自衛隊駐屯地から離れた祖納地区の民家の影で、一台の小型ラジオを通じて聞いていた者たちがいた 。 包囲網を逃れたわずか六名の沿岸監視隊員と、私服のまま身を潜めていた四名の沖縄県警外事課員である 。


「……核だと? 嘘か真か知らんが、これじゃ内地(本土)も手を出せんじゃないか」


一人の沿岸監視隊員が、雨に濡れた手を激しく震わせながら、地面に拳を叩きつけた。彼らの視界の先では、先ほどまで「日本の盾」であったはずの駐屯地が、所属不明の機械化部隊によって完全に占拠されている 。


「それだけじゃない。与那国周辺の百キロが閉鎖されたら……」


沖縄県警外事課、警察庁警備局が直轄する秘匿性の高い捜査や情報収集活動にあたる「作業班」員の藤沢優香巡査部長は、地図を広げるまでもなく、その戦略的意味を理解し、顔面を蒼白にした。 与那国島は、日本と台湾を結ぶ海上交通路の、文字通りの「要石」である 。この海域が閉鎖されるということは、日本から台湾への支援ルートが物理的に断たれることを意味する。さらに、与那国島に配置された対艦ミサイルは、石垣島や宮古島の周辺を航行する自衛隊艦船をも射程に収めていた 。


「台湾への血管が、ここで止められたのよ。我々が本土にこの惨状を伝えない限り、政府は『武力攻撃事態』の認定すら遅れ、グレーゾーン事態として右往左往することになる……」


藤沢の声は、烈風にかき消されそうだった。 本土との絆を断たれ、情報の空白地帯となった島で、彼ら十名は、自分たちが「日本という国家の最後の一片」になってしまったことを、深い絶望と共に悟った。

目の前で繰り広げられているのは、単なる犯罪行為ではない。 日本の喉元を正確に抉り、台湾を窒息させるための、緻密に計算された軍事侵略の第一幕であった。

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