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T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第2章 封鎖

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203Y年2月3日 与那国

与那国空港

島の北部、与那国空港ターミナルビル。その一角に置かれた、沖縄県警察本部警備部機動隊「臨時与那国派遣中隊」の現地指揮本部。

建物を包囲する濃密な真っ暗闇の中で、非常用ディーゼル発電機の心臓の鼓動を思わせる、低く重い唸りだけが虚しく響いていた。


「……駄目です。車載系、署轄系、通信携帯系、高度警察情報高度警察情報(P)通信基盤システム通信基盤システム()は完全にデッド。衛星電話も同期しません。島全体が、デジタルのブラックホールに放り込まれたようです」


通信担当の巡査部長が、耳障りなノイズを吐き出すだけの受話器をデスクに叩きつけた。

中隊長にして現地指揮本部長を任ずる大城警部は、青白いハンディライトの光に照らされた地図を、穴が開くほど睨みつけていた。本来であれば、那覇の沖縄県警本部に設置された総合警備本部や、東京・霞が関の警察庁警備局ともリアルタイムで接続されているはずのPⅢ通信網が、音声・データ共に完全に沈黙している。


「中隊長、見てください! PⅢの車載端末……メール機能だけが一瞬、同期しました!」


大城はその端末をひったくるように受け取った。

警察専用のセキュアなネットワークを介して届いた、一行のテキストメール。そこには、先行して島内を遊撃警戒していた機動隊員からの、悲鳴にも似た緊急報告が刻まれていた。


【緊急】旧比川小学校跡地。黒い着衣の不審な集団、少なくとも二十名以上を確認。全員が自動小銃とみられる長物を保持。不法上陸者の前線本部の可能性。至急、増援を乞う。


「……比川か」


大城の背筋を冷たい悪寒が走り抜けた。不法上陸者の拠点を叩かなければ、島は明日を待たずに完全に制圧される。彼は即座に、しかし重い決断を下した。


「全班、直ちに特型警備車およびパトカー(P C)に分乗! 比川へ向かう。相手は自動小銃を装備した武装集団だ。銃器対策部隊を先頭に立て、機関けん銃の初弾装填を確認せよ。受傷事故防止に最大限留意。ただし正当防衛以外の発砲は、私の指示に従え!」


深夜の空港ゲートから、無灯火の車列が滑り出した。

分厚い装甲を纏った「PV-2型特型警備車」を先頭に、数台のパトカーが続く。被疑者に察知されるのを防ぐため、赤色回転灯もサイレンも封印されている。そもそも、この異常事態下の与那国島において、公道を走る一般車両など一台も存在しない。北北西の烈風が叩きつける横殴りの雨の中、車列は島の中央を縦断する県道を、死地となる比川へと急いだ。

比川へと続く県道二百十六号。両脇を険しい法面と鬱蒼とした亜熱帯の原生林に挟まれた、逃げ場のない「切り通し」に差し掛かった、その瞬間だった。

闇を切り裂き、鼓膜を蹂躙するような猛烈な炸裂音が轟いた。

路肩の草むらに巧妙に隠蔽されていた指向性対人地雷が火を噴いたのだ。前面に仕込まれたC4爆薬の爆轟エネルギーにより、約七百個もの鋼球が扇状の殺傷圏へと射出される。その速度は時速数千キロ、音速を遥かに超える死の礫だ。


「……ッ!?」


先頭を走るPV-2型特型警備車の左側面を、目に見えない鋼鉄の嵐が襲った。数トンの重量を誇る装甲車体が、凄まじい爆圧によって一瞬だけ宙に浮き、なす術もなく右側へと横転した。アスファルトを削る火花と金属音が、深夜の静寂を暴力的に上書きする。

だが、真の地獄はその背後に続くパトカーを襲った。

装甲を持たない一般のパトカーにとって、クレイモア地雷から放たれた鋼球は、紙を穿つ針に等しい。先頭の警備車が盾になる間もなく、後続の二台は左側の法面から水平に放たれた「死の散弾」をまともに浴びた。

ベリリ――、という、薄い金属板が引き裂かれる不快な音が雨音に混じる。鋼球はドアパネルを易々と貫通し、車内の座席を、そして機動隊員たちの肉体を無慈悲に粉砕した。運転席の隊員はハンドルを握ったまま頭部を失い、助手席で機関けん銃を抱えていた隊員は、胸部を十数発の鋼球に射抜かれ、声も上げられずに崩れ落ちた。


伏撃アンブッシュだ! 退避しろ、車から出ろッ!」


後方の車両から飛び出そうとした隊員たちの足元で、さらに二発目の地雷が炸裂した。今度は路面に埋設されていた圧座式だ。跳ね上げられたパトカーの底面から火柱が上がり、ガソリンタンクが誘爆。夜霧をオレンジ色の不吉な光が照らし出す。

そこへ、周囲の斜面から無数の火光が迸った。

中国人民解放軍の特殊作戦部隊員たちが、九五式自動歩槍の銃口を並べ、冷徹な精密射撃を開始したのだ。サプレッサー越しに漏れる「プシュ、プシュ」という乾いた発射音が響くたび、横転した車両の陰で応戦しようとする機動隊員のヘルメットが弾け、防弾ベストの隙間を五・八ミリ小銃弾が抉る。


「……あ、が……っ」


大城警部の視界の中で、紺色の出動服に身を包んだ部下たちが、次々と物言わぬ肉塊に変えられていく。窓ガラスの破片が散乱するアスファルトの上には、警察官たちの鮮血がどす黒い川となって流れ、雨水と混じり合って側溝へと吸い込まれていった。MP5の九ミリ弾を闇雲に撃ち返しても、厚いガジュマルの樹の影に潜む敵の姿を捉えることはできない。圧倒的な火力差と、計算し尽くされた殺傷圏。

車列の前半部分は、わずか数十秒の間に、文字通りの屠殺場へと変貌していた。

後の歴史書では「台湾戦争」あるいは「台湾危機」と呼ばれることになるこの陰惨な衝突において、最初の犠牲者となったのは、台湾人でも中国人でも、あるいは軍人ですらなく、日本人、それも文民である警察官だったのだ。

生存している者も、その多くが鋼球によって四肢を砕かれ、激痛に悶えながら、近づいてくる軍靴の音を絶望の中で聞き届けるしかなかった。


「……武器を捨てろ。抵抗は無意味だ」


流暢な、しかし感情の欠落した日本語が闇に響く。

生き残った隊員たちは、仲間たちの遺体の傍らで、無慈悲な銃口に囲まれ、一人、また一人と冷たいアスファルトに膝を突いていった。

大城たちが信じたあのメールは、中国人民解放軍のサイバー空間部隊が、あえて特定の帯域における電子妨害を一瞬だけ解除し、警察の通信プロトコルをスプーフィングして送り込んだ、「死への招待状」だったのだ。


陸上自衛隊与那国駐屯地

比川地区の惨劇から数キロ離れた、久部良地区。

日本最西端の守りの要である「陸上自衛隊与那国駐屯地」は、かつてない混乱の渦中にあった。窓の外、島の中央に位置する宇良部岳の山頂付近で上がった巨大な火柱と、それに続く地響きを、沿岸監視隊の隊員たちはその目で目撃していた。


「……なぜ繋がらない! 警察も、比川へ先行させた偵察隊員とも全く無線が通じん、どうなっている!」


駐屯地司令を兼任する沿岸監視隊長が、もはやノイズを吐き出すだけの通信機を激昂して叩いた。

通常、駐屯地と警察、そして各部隊を繋いでいるはずの多重無線回線も、衛星通信網も、すべてが機能不全に陥っている。駐屯地内の電灯は非常用電源によって辛うじて灯っているが、それは孤島に取り残された自分たちの無力さを強調するかのようだった。

隊員たちの手元には、待ち望んでいる「行動命令」が一切届いていなかった。

通信が物理的、あるいは電磁的に完全に遮断されたことで、那覇の第15師団司令部とも、熊本の西部方面総監部や市ヶ谷の防衛省、あるいは朝霞の統合作戦司令部とも、コンタクトを取る術が失われていたのだ。

明らかに目の前で凄まじい異常事態が進行している。だが、内閣総理大臣による「防衛出動」あるいは「治安出動」の発令が確認できない以上、自衛隊法に規定された行動権限は「平時」の枠組みに縛られたままだった。

たとえ沿岸監視隊が中国軍特殊部隊による傍若無人な侵略行為を確信したとしても、今の彼らに許されているのは、自衛隊法第95条に基づく「武器等防護」や、刑法上の「正当防衛・緊急避難」といった、極めて限定的な武器使用のみ。組織的な戦闘行動を禁じられたまま、彼らはただ、防弾ベストを締め、89式小銃を抱えて駐屯地正門の警衛を固めることしかできなかった。

自衛隊が法という名の「見えない鎖」に縛り付けられている間に、島で唯一の法執行者であった警察官たちは、冷たいアスファルトの上で無力化された。

深夜の与那国島。

日本本土との絆――物理的な通信と法的な指揮系統の両方――を絶たれたこの島に、本当の「嵐」が上陸を開始しようとしていた。


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