↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《修正済》T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第2章 封鎖 T-DAY プラス0〜1日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/85

203Y年2月3日 与那国

203Y年2月3日

日本 沖縄県八重山郡与那国町 与那国島

台湾から110キロ、石垣島から120キロの距離にあり、東西に長いひょうたん型をした面積約29平方キロの日本最西端の地・与那国島は、喉元に刃を突きつけられたような重苦しい不安と緊張に包まれていた。中国軍が一方的に設定した大規模軍事演習「聯合帰航203Y-A」の演習区域は、日本の排他的経済水域(E E Z)を無遠慮に侵食し、島の目と鼻の先にある領海ラインにまで肉薄していたからだ。


「また、あの時と同じか……」


潮風に吹かれながら水平線を睨む高齢者たちの脳裏には、苦い記憶が蘇っていた。2022年8月、米国下院議長の訪台に反発した中国軍が、普段は漁船が平和に操業する海域へミサイルを撃ち込んだ光景。そして、さらに古くは1996年3月、第3次台湾海峡危機の際に島近海へ着弾した水柱の記憶。繰り返される脅威は、静かな国境の島を確実に蝕んでいた。


日付が変わる前の深夜。 漆黒の闇に包まれ、白波が牙を剥く東シナ海の荒波を、1隻の老朽化した貨物船「龍豊ロンフォン号」が、低く濁ったエンジン音を響かせて進んでいた。船体にこびりついた赤錆は、東南アジアの港を転々とする弱小海運会社の哀愁を演出している。掲げられたパナマ国旗は、便宜置籍船としての仮面に過ぎない。だが、その船体内部には外観とは不釣り合いな高精度の計測機器が並んでいた。船橋では、油まみれの作業服を着た男たちが、青白い光を放つ最新鋭のソナーモニターを凝視している。

画面には、海底の複雑な隆起とともに、石垣島とその北方・東方にある日本本土を与那国島を繋ぐ情報の動脈――海底通信ケーブルの細いラインが、獲物として鮮明に描かれていた。


「目標捕捉。深度70。――投下せよ」


船尾のハッチが重々しく開き、鋼鉄製のグレープル・アンカーが海中へと滑り落ちた。複数の鋭利な爪を持つその錨は、暗黒の海底で砂を掻き分け、標的を無慈悲に捕らえた。船体が微かに震え、強靭な光ファイバーを保護する外装鉄線が、数千トンの船体による牽引力に抗いきれず悲鳴を上げる。

次の瞬間、深海で火花が散ることはなかったが、数万本の通信回線を支えていたガラス繊維が限界を超えて一気に破断した。与那国島から日本本土、そして世界へと繋がる情報の生命線は、冷たい海底で音もなく、しかし決定的に断ち切られた。


島の中央部に位置し、日本最西端の「最高峰」として君臨する宇良部岳。標高231メートルの頂付近は夜霧に濡れた鬱蒼とした亜熱帯の森に覆われ、外界を拒絶するように沈黙していた。天然保護区域に指定されたこの山には、巨大な扇状の葉を持つビロウや、気根を垂らしたアコウ、オオバギといった植物が密生し、人間を寄せ付けない深い原始の息吹を湛えている。

その濃い霧を割り、数人の影が音もなく湿った斜面を駆け上がった。彼らは中国人民解放軍・東部戦区、第72集団軍特殊作戦第72旅に所属する精鋭たちだ。1週間前から観光客を装って潜入し、あるいは深夜の海岸からスクーバ潜水で密かに上陸を果たしていた彼らの着衣には、軍所属を示す徽章の類も、文字も一切ない。防水加工を施された登山用のタクティカル・ウェアは、この島を訪れるバードウォッチャーやハイカーたちの格好に酷似している。だが、その温度を奪われたかのような鋭い眼光と、手に握られた黒光りする95式自動歩槍(自動小銃)が、彼らの正体を雄弁に物語っていた。


黒龍ヘイロン1より黒龍全隊……目標1、配置完了」


先頭の指揮官、チェン少校が北京官話で低く囁く。眼前にそびえ立つのは、島内の通信を一手に司る大手民間移動通信事業者の携帯電話基地局だ。巨大な電波鉄塔が、まるで夜の巨人のように立ちはだかっている。晴れた日には、ここから西の水平線上に台湾の山並みを、東には石垣島の島影を望むことができる。だが、今夜の視界は霧に閉ざされ、鉄塔の先で明滅する航空障害灯の赤い光だけが、不吉な脈動を繰り返していた。

工作員たちは熟練の手つきで、鉄塔の支柱基部、非常用電源ユニット、そして交換機の心臓部へと、プラスチック爆弾を加工した成形炸薬を設置していく。彼らは数日前、レンタサイクルを借りて宇良部岳山頂へと続く林道を下見し、この場所が島全体の通信網を麻痺させるための「急所」であることを特定していた。

数分後、工作員たちは手際よく作業を終え、基地局を離れて森の闇の中へ消える。付近では、ヨナグニウマの放牧地から迷い込んだのか、馬の嘶きが霧の向こうからかすかに響いた。

一人が手首の軍用時計を確認し、短く頷いた。


「起爆」


深夜の静寂を、鼓膜を貫くような衝撃音と凄まじい閃光が引き裂いた。指向性を計算し尽くされた爆薬のエネルギーは、分厚い鋼鉄の支柱をバターのように容易く切り裂いた。オレンジ色の火柱が夜空を焦がし、数秒の空白の後、巨大な鉄塔が自重に耐えかねてゆっくりと傾き始めた。

金属が擦れる断末魔のような軋み声を上げながら、電波塔は山肌を削り、亜熱帯の森をなぎ倒して崩落した。落下の衝撃で大地が揺れ、引きちぎられた通信用ケーブルが闇の中で青白い火花を散らす。基地局の制御盤は爆発の熱でドロドロに溶け落ち、電子回路の焼ける異臭が雨上がりの森に漂った。


麓の祖納集落、西側の久部良集落、そして南側の比川集落では、島民の多くが温かい布団の中で深い眠りについていた。

テレビドラマのロケ地として知られる比川集落の静かな浜辺には、ただ波音だけが打ち寄せていた。だが、枕元に置かれたスマートフォンのアンテナ表示が、静かに「圏外」へと変わる。居間のルーターのランプは、接続異常を示す不吉な赤色の点滅へと切り替わった。

しかし、それが単なる電波障害などではなく、島そのものが「情報の牢獄」へと閉じ込められた合図であることに気づく者は、まだこの島には一人もいなかった。宇良部岳の頂上から望めるはずの、海を隔てた台湾の灯火も、今は分厚い霧と闇に遮られている。

与那国島は今や、デジタルの海において日本という国家から切り離された。漆黒の海と空だけが、音を失い、孤立した島を冷徹に見下ろしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。