帰る日
帰ってくる場所。
「ただいまー……って寝てる?」
がくり、と帰ってくるなり肩を落としたのは、今じゃサッカーをあまり知らない者でもその名をよく知る藤澤誠二だった。
「……熟睡してる……」
くうくうと眠り続ける人を前に、藤澤はもう一度大きな溜息をついた。
久しぶりの合同練習。
合宿と名づけられたそれに参加すること一週間。
ずいぶんと長いこと、学校のことも何もかも忘れてただサッカーだけに打ち込んだそれが終わったのが、ほんの4時間前。
それから延々とバスに揺られ、電車に揺られ……そうしてやっと戻ってきた寮は、明日が休日ということもあって、いつもよりずいぶん多くの人に出迎えられたところだった。
それに笑って返しながら、同じように人ごみにあっていたキャプテン――渋沢と別れ。
そうしてやっと息をついた部屋を、同じように、あるいはもっと熱烈に迎えてくれると思っていた同室者――葛西匠はしっかりパジャマに着替えて、布団にもぐってそれはそれは気持ちよさそうに寝ている。
……溜息もつきたくなるというものだ。
「匠~……起きてよ~……藤澤君だよ~誠二君だよ~おきよーよー……」
それでも未練たらしく、ぷくぷくと膨れたまま、そっと彼に手を伸ばす。
布団をほんの少しめくってみたり、頬をつついてみたり、顔の目の前で手を振ってみたり。
もちろん……一瞬だってぴくりとも動かなかった。
一度寝付いたら目覚まし時計のベル以外、誰一人として起こせないという彼の、めちゃくちゃな特技をよく知っていたから落胆することはなかったけれど。
……そもそも本気で起こす気はなかったけど。
「……ちぇ……」
それでもこうも見事に反応がないと、逆に拗ねてみたくなったり。
……大体、出かける前に帰ってきたら構ってあげるから、と言ってくれたのは匠で。
……滅多に聞かないそんな言葉に、実は凄く楽しみにしていたし。
「…………」
少しだけ、そうほんの少しだけ迷ってから、藤澤は久しぶりに彼に触れた。
この頃、身長が伸びてきたと喜んでいたけれど、その肩はまだ細い。
よいしょ、とずらすように少し強引に押せば、あっけなくベッドの奥へと倒れた。
「これでよし」
さっそく着替えもせずに藤澤はその隣に潜り込んだ。はっきり言って、狭い。でもそれが嬉しい。
久しぶりの感触。久しぶりの匂い。
ふんわり、しっとり感じるそれを存分に堪能しながら、出来ればこれ以上身長が伸びないといいなーと思ってみたり。
ぎゅっと抱きしめたら流石に起きるだろうから、できるだけそーっと抱き込んでみたり。
至福の時間。
「ただいまー……」
返事はない。
返事は、ないけど。
「……」
この世の幸せを全部抱きしめたような顔で藤澤が眠りについたのは、それからしばらくの後のこと。
そして多分、夢を見た。
「……さい……葛西?なんだ、そいつ。そんなとこで寝ちまったのか?」
「静かにしてくださいね、水上先輩」
「おー……甘いなー、珍しく。なんだ、こんな奴でもいなきゃ寂しかったって?」
「寂しくないほうがおかしくないですか?」
「……珍しく反論なしだな、おい」
「いいじゃないですか、偶には。……寝てるし」
「へー、後で教えてやるか」
「先輩!」
「嘘。ジョーダンだって。それで明日の練習のことなんだけどな……」
なんか、ものすごく嬉しいことを言われた様な気がしたから。
「じゃ、藤澤起きたら一緒に来いよ。どーせ渋沢も寝てるからな、一人分も三人分も同じだ」
「ありがとうございます。それじゃお言葉に甘えて……」
「おう」
だからきっとこれは夢。