前兆、それは何気ない物でもある(ゾルサリーノ、B2A)
「おい!遅刻するぞ!!」
木谷が留め具を気にせず感情のまま扉を開け、部屋へと駆け込んだ。僕は、勉強机とノートの跡形を全て消しベットに横たわった後、いつの間にか寝ていたらしい。
(時計の針の角度から)現在の時刻、8:15
(予定表に書いてあった)点呼の時刻、8:20
ここから着替えて、歯磨き、学校用具の準備……この5分で間に合う確率は無に等しい。
「ごめん、僕は間に合いそうにないから先に行ってて。」
そう言おうとした矢先、木谷の声がそれを阻んだ。
「お前、聞いてないのか?」
「‥何が?」
「今日は臨時休暇で授業はないぞ。」
息切れをした細やかな声で、途切れ途切れにそう云った。
「じゃあ、なんでお前は急いで……」
「そんな事はいいから!!早く準備して!!」
両手で急かす様な手振りをしながら、僕をベットから引き剥がした。
あれよあれよと支度は完了し学生寮を出た時、背後で息を切らしながら階段を下る木谷に問いかけた。
「で、なんで僕等は急いでんの?」
木谷は不意を突かれたかのように一瞬顔を強張らせる。
「死んだんだよ、ここの学生が。」
〜〜1時間前〜〜
訓練場に建てられた人工の山。その奥地に一人、習慣的に出入りして人物がいた。
名はコルーハ・エルジェーノ 38歳 独身
男は戦争以前、魔族と人間の親善を務めた外交大臣として長く敵地に滞在し、誰よりも敵地を知っていた。
だからこそ、この”戦争”に勝ち目はない事も理解ってしまった。
一ヶ月前のとある一夜、魔族側のスパイとして防衛大に派遣された。エルジェーノは近くに併設されている付属の訓練場に住み込み、期を伺っていた。
しかし昨夜、防衛大の配達物に紛れ込み死体として発見された。全ては、彼等の手による物。
「遂に死んだか、あの野郎。」
大口を叩き、新聞を眺め、高貴な椅子に腰掛けた姿は形だけでも立派に見えた。
「いや、まだ死んでないかも。あいつが影武者でも雇っていたら……」
「あのハゲそんな偉くねーだろ!」
「‥まぁそれもそうか。」
こういう掛け合いがなされる時、僕はいつも本を読んでいる。
俺たちは、通称B2A。学校の生徒に紛れ魔族の手が掛かったスパイを始末する。そういう集団である。
計10人いると言われているこの集団は、通常三人グループと校長が所属していると云い伝えられている。
が、その全貌を知るのは校長ただ一人。3人グループ同士でしか、仲間である事を確認できない。
その仲間同士ですら、互いの名を知らない。
「なぁ、この犯人誰だと思う?」
ここで、僕が割って入る。
「………B2A内の探り合いは厳禁だぜ。」
「いいだろ、名前ダセェし。」
「「そういう問題じゃないだろ。」」
訓練場の山、丁度集会が真下に位置するここで僕等は警備をしている。警備、、と云っても何も起きなければ放課後と雰囲気は変わらない。だが標的が着いた時、その安寧は破られる。
部屋番号542 クリナテ・ゾリサーノ
スパイ同士の連絡用メモと思しき物体を"受け取った"という情報あり、現在遅刻中。
この男が今日の監視目標だ。