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六話 長月 ー九月ー

 長月 ー 九月 ー



 今日の学校は、朝から大賑わいである。


 何故なら、今日は九月祭だからだ。


 正門前の広場にはいくつもの屋台が立ち並び、生徒達はお菓子や飲み物を手にして楽しそうに笑っている。


 年に一度の祭りなので、ヒミィもとても楽しみにしていた。


「えーっと…蜂蜜クッキーとメープルシロップ入りパンケーキ、下さい!あと、チョコチップビスケットとアップルタルト、それから…」


「おいおい、ちょっと待ってくれよ」


 お菓子の屋台の前で、ティムが顔を引きつらせている。


「なあ、ヒミィ。一体、どれだけ…」


「大丈夫だよ、ちゃんとティムにも分けるから」


 そう言う問題なのだろうか。


 先程から色々な屋台に立ち寄っては、何種類ものお菓子やケーキを買っているヒミィを見て、ティムはとにかく呆れている。


「ほんと、ヒミィは甘い物に目がないよな」


「だって、美味しいんだもん。ティムこそこんな美味しい物が好きじゃないなんて、変わってるよね。僕は、毎年この日だけを楽しみに生きているのにさ」


「大袈裟な…」


 ティムはヒミィの話を聞いて、大きな溜息をついた。


 毎年この日が来ると山のような量のお菓子を買い漁り、ヒミィは幸せそうな顔で家路に着くのであった。


「おーい、ヒミィ!ティム!」


 誰かが、二人を呼んでいる。


 後ろから走って来たのは、二人のクラスメイトで演劇部のゾーイとワットだった。


「あっ!ゾーイ!ワット」


 ヒミィは手に持ったお菓子の包みを落としそうになりながら、手を振る。


「やあ、今日は大丈夫そうか?」


 ティムが訊くと、ゾーイは胸に手を当てた。


「もう、心臓がバクバク言ってるよ。勿論君達、見に来てくれるんだろう?」


「当たり前だよ!今回、ゾーイは主役だって言うじゃないか。あの、ティセがいるって言うのにさぁ…いいの?」


 そう言って、ヒミィはチラッとティムを見た。


 ティムは、無表情で答える。


「僕には、関係ないさ。それに兄貴はああ見えて、結構張り切ってるんだ。何だかんだ言いながら、今回ゾーイが主役に大抜擢された事だって、それなりに喜んでるんだぜ」


 ティセはティムの二つ上の兄で、演劇部だ。


 九月祭では毎年演劇部の公演が話題を呼んでいるのだが、今年は主役候補に挙がっていた先輩であるティセを差し置いて、何とゾーイが主役を勝ち取ってしまったのである。


 後輩が主役を演じると言うのは、滅多にない事だった。


「本当に?ティセが脇役で満足するとは、到底思えないけどなぁ」


 そう言って、ヒミィは腕を組んでいる。


「おいおい、今更そんな事言うのはよしてくれよ。尚更、緊張して来たじゃないか。ティセの鋭い視線を浴びながら演じなきゃいけないのかと思うと、冷や汗が出るよ」


 ゾーイの心臓は、益々高鳴って行く。


「大丈夫だって。ティセもティムも、そうやって他人にプレッシャーをかけるのを楽しんでるのさ。似た者兄弟ってのは、まさにこの二人の事を言うんだ」


 ワットは、そう言って笑った。


 彼は毎年裏方に徹しているので、ゾーイのような緊張感を味わう事もなく、気楽に楽しんでいるようだ。


「似た者兄弟か…ちっとも、嬉しくないね」


 ティムは、ムスッとした顔をしている。


「ねえねえ、今年はどんな話なのさ。あらすじ、ちょっとだけ教えてよ!」


 ヒミィは待ち切れない様子で、劇の内容を訊いて来る。


「駄目だよ。僕達が、バリーに怒られるだろう?」


 そう言って、ゾーイは眉間に皺を寄せた。


 バリーは、演劇部の部長だ。


 代々部長は監督、脚本、演出、そして劇に出たい場合は出演と、何役もの仕事を受け持つ事になっている。


 どれだけ面白く、素晴らしい劇を生徒達に披露する事が出来るか、其処に部長の技量が掛かっているのだ。


「えーっ!いいじゃないか、ちょっとだけだよ!」


 ヒミィは、諦める事無くゾーイに迫っている。


 ゾーイは溜息をつき、ワットと顔を見合わせながら言った。


「じゃあ、ちょっとだけ…」


「やったぁーっ!」


 ヒミィがこうなってしまうと、それを止める事は誰にも出来ない。


 諦めたゾーイが今日の劇の内容を話そうとした、その時。


「ちょーっと、待ったーっ!」


 間に割り込んで来たのは、アーチだ。


 勿論、ネオも一緒である。


「僕達も、入れてくれよ。自分達だけ、狡いじゃないか!」


「全くタイミング良く現れるな、アーチは…」


 ティムはそう呟いて、溜息をついている。


「ご、ごめんね…」


 申し訳なさそうにネオが謝ると、ゾーイは笑って言った。


「気にするなよ、ネオが謝る事じゃない。君達にも、聞かせよう」


「そう来なくっちゃ!」


 アーチは自分の事を棚に上げて、大喜びだ。


 ゾーイは、話し始めた。


「まず物語は、主人公である僕が湖に佇むペガサスを見つける所から始まるんだ」


「ペガサスだって?」


 ヒミィはそう叫んで、目を輝かせた。


「何だ、ヒミィの大好きなファンタジーものか…」


 ティムが、つまらなそうに言う。


 ゾーイは、首を横に振った。


「違うよ、冒険ものさ」


「冒険ものなら、僕も大好きだ」


 そう言いながら話に参加して来たのは、セピアだった。


「セピア…君も、聞いていたのか?」


 驚いてアーチが訊くと、セピアは笑って頷いた。


「お互い様だろう、アーチ?」


 返す言葉のないアーチは、ムッとしながらも大人しくなる。


「ペガサスは、僕達裏方の自信作なのさ」


 ワットの言葉に、興味津々でヒミィが訊く。


「ワット達が、作ったの?」


「そうさ。まあ所詮はハリボテだけど、本物の馬と同じくらいの大きさがあるんだ」


「相当、大きいな」


 セピアがそう言うと、ワットも嬉しそうに頷く。


「更に、人が二人は乗れるくらい頑丈だ。思ったよりも、出来が良かったんだよ。今回は、美術部にも応援を頼んだからね。劇の後、捨てるのが惜しいくらいさ。かと言って、取って置いても邪魔なだけだけどね。今日の見せ場は、やっぱりペガサスかな」


 すると、ゾーイは困った顔をした。


「それはないだろう、ワット。僕達役者だって、一生懸命練習したんだぜ?其処も、しっかり見てもらわないとさぁ…」


「そりゃあそうだ、主役だもんな」


 ティムがそう言い、皆は同時に笑い出した。


「おーい!」


 向こうの方から、演劇部長のバリーが走って来る。


「こんな所にいたのか、二人とも…捜したよ。最後のリハーサルを始めるから、急いで部室に集まってくれ」


 ゾーイとワットが返事をすると、バリーも頷いて再び走って行ってしまった。


「残念だけど、そう言う訳だから」


 そう言って、ゾーイは肩を竦めた。


「えーっ!あらすじは?」


 ヒミィが訊くと、ゾーイは笑って答えた。


「本番までのお楽しみ、だな…ああ、そうだ。あらすじを話せなかった代わりに、今日の劇中の取って置きの秘密を教えてあげるよ」


「何、何?」


 ヒミィが、興奮しながら訊く。


「それはね…今までの劇とは一味違って、見ている生徒達も楽しめるちょっとした余興を考えているんだ」


「余興って、何さ!」


 ヒミィが、更に訊く。


「それは、言えないよ」


「えーっ!」


 ヒミィは、残念そうに俯いている。


 ゾーイは、ヒミィの肩を叩いた。


「じゃあ、僕達行くから」


「劇、必ず見に来いよ!」


 ワットもそう言って、二人は校舎へ戻って行った。


「さてと…これから、どうする?」


 セピアが、皆に訊く。


「うーん…劇が始まるまで、もう少し時間があるね。でも…特に、する事もないや。屋台も、全部見て回ったし」


 ヒミィがそう言うと、ティムは呆れた顔をした。


「あれだけ回って、まだ見足りないなんて言われたらどうしようかと思った」


 アーチは、ニヤニヤしながらヒミィに囁いた。


「ヒミィ、毎年お菓子ばかり買って…虫歯になっても、知らないぜ?」


「ア、アーチ…そうやって脅かすのは、よしてくれよ」


 ヒミィは、ドキドキしながら呟いた。


「皆が暇なら、時計台に行かないか?」


 セピアの提案に、皆は賛成した。




 校舎の一番上にある時計台は、この街一体が全て見渡せるとても眺めのいい場所だ。


 五人は階段を上って、時計台に来た。


「ああ、久しぶりに上ったなぁ。最近、雨続きだっただろう?」


 そう言って、ネオは気持ち良さそうに大きく伸びをした。


 セピアも、頷く。


「そうだね。僕も晴れた日の休み時間は、よく此処で図書室から借りた本を読んだりしてるよ」


「僕も、やっぱり此処が一番好きだな。眺めもいいし、風も気持ちいいし」


 ヒミィがそう言うと、アーチは肩を竦めた。


「そうかなぁ…僕は、あまり好きじゃないよ。だって此処、時計の鐘の音が直接響いて来るだろう?だから、頭が痛くてしょうがないんだよ」


「へえ、アーチでも頭痛の時があるのか…」


 ティムの厭味に、アーチはムッとして言った。


「どう言う意味さ」


「別に意味なんてない、アーチの頭痛みたいにね…」


 アーチは拗ねて、そっぽを向いてしまった。


 皆は声を押し殺して、クスクス笑っている。


 その時、ふとネオがフェンスから下を覗き込んだ。


「ねえ…あれ、見てよ」


 ネオが指差す方を、皆で見下ろす。


 下の方には、校舎の外壁に囲まれた小さな中庭が見える。


 真ん中には綺麗な虹も時々見る事が出来る噴水があるのだが、その噴水の側に何やら大きくて白い物が置いてあった。


「何だ、あれ」


 アーチがそう呟くと、ティムが言った。


「馬の形、してるな」


「でも、背中に大きな羽が生えてるよ」


 と、ヒミィ。


 其処で、セピアが叫んだ。


「ペ…ペガサスだ!」


『ペガサス?』


 皆も、同時に叫ぶ。


「ペガサスって、さっきゾーイとワットが言ってた…あの、ペガサス?」


 ネオが訊くと、セピアは黙って頷いた。


「あ、もしかして…余興じゃないのか?」


 そう言ったのは、アーチだ。


「ほら、ゾーイ達がさっき言っていただろう?他の生徒も楽しめる余興を、考えてるって…これの事だよ、きっと!」


 セピアも、ポンと手を叩いた。


「ああ、なるほど。ワット達裏方ご自慢のペガサスを、中庭に展示したって訳か。それなら、他の生徒達も確かに楽しめるな」


「行ってみようよ!」


 ヒミィの言葉に皆が頷き、五人は早速中庭へと向かった。




 中庭に着いた五人は、走ってペガサスに近付いた。


 ペガサスは、頭を低く下げている形をしている。


 噴水の側に置いてあったので、まるで水を飲んでいるかのようだ。


「見て、凄く良く出来てる!ワットが、自慢するだけの事はあるね」


 ネオはペガサスを見て、ひたすら感心している。


「確かに、そうだな。胴体の造りも、しっかりし…」


 ペガサスに触れたセピアは、突然言葉を失った。


「どうしたの?」


 ヒミィが訊く。


 セピアは、静かに言った。


「あ、温かい…」


「え?」


 ティムは、眉間に皺を寄せている。


「い、いや、何だか妙に温かかったものだから。まるで、こう…生きているみたいに」


「気のせいだろう?ただのハリボテだ、日光かなんかが当たって温かく感じるだけさ」


 ティムがそう言うと、アーチが驚いて叫んだ。


「いっ、生きてるよっ!」


 皆が、一斉にアーチの方を見た。


 アーチは、ペガサスの顔を指差して言う。


「ほ、ほら、見て御覧よ。本当に…本当に、水を飲んでるんだ!」


「そ、そんな…」


 セピアは呆然としつつ、ペガサスの顔を覗き込んでみた。


 確かに、ペガサスの口や喉が動いている。


 ペガサスは、水を飲んでいる最中だったのだ。


「う、嘘、だろう?」


 ティムは目を見開いたまま、動こうとしない。


 ネオも、黙ったままだ。


「凄いよ!お前、これから劇に出るんだろう?緊張して、水でも飲みに来たのかい?」


 ヒミィだけが興奮して、ひたすらペガサスに話しかけている。


「不思議な事も、あるものだな…」


 セピアはそう言って、ペガサスの背中を撫でた。


 ペガサスは顔を上げ、小さく嘶いている。


「ねえ、もしかして…逃げて来たんじゃないのかな」


 そう言ったのは、ネオだった。


 皆が、ネオを見る。


「ほら、さっきワットが言ってた事を思い出したんだよ。劇の後、捨てるって…それを知って、逃げて来たとか」


「まさか!」


 アーチは否定したが、ペガサスは前足を持ち上げて大きく嘶いた。


「やっぱり、そうだよ!」


 ネオは、ペガサスの首を優しく撫でた。


 ペガサスは、ネオに擦り寄っている。


「そうだったのか…確かにこれだけの素晴らしい出来だ、捨てるのはちょっとな」


 そう言って、セピアも腕を組んだ。


「ど、どうするの?」


 ヒミィが訊くと、ティムは肩を竦めた。


「コイツの好き勝手に、やらせるしかないだろう」


「でも、もうすぐ劇が始まっちゃうよ!」


 ヒミィは焦りながら、上の時計台を見上げている。


「そんな事言ったって、どうしようもないだろう?」


 ティムは、あくまでも冷静だ。


 ペガサスは、再び暢気に水を飲み出した。


「だけど、どうしてこのペガサスは勝手に動き出したりしたのさ」


 アーチは、この事態を納得出来ずにいるようだ。


 セピアは、考え込んだ。


「恐らく…ワット達があれだけ力を入れていた作品だ、そう言う一生懸命な気持ちとか魂みたいなモノが、出来上がった作品に入り込んでしまう…なんて事も、あるんじゃないかな」


「そんな事って、本当にあるのか?」


 アーチがいつまでも疑っていると、ヒミィは怒って言った。


「もう、アーチは疑り深いなぁ!現にこうして、目の前に生きたペガサスがいるじゃないか!」


「そ、それは、そうだけど…」


 アーチはヒミィに言われて、珍しく口ごもっている。


 セピアは、それを見て笑った。


「まあ、ヒミィの言う通りって訳だな。とにかく、ペガサスが自分の意思で逃げて来てしまったって言うなら…やっぱり、僕達はそっとしておいてあげる事しか出来ないだろう」


「劇は?」


 ヒミィが訊くと、セピアは時計台を見上げた。


「諦めるしかないだろうな。ほら、劇はとっくに始まってる」


 するとその時、突然ペガサスが頭を上げた。


「ど、どうかしたの?」


 ペガサスを撫でていたネオは驚いて、パッと手を離した。


 ペガサスは勢い良く走り出し、何とあっと言う間に中庭を出て行ってしまったのだ。


「追いかけよう!」


 セピアの言葉に皆が頷いた時、後ろから声がした。


「おい、ティム!」


 其処に立っていたのは、演劇の衣装を身にまとったティセだった。


 ティムは、驚いて言った。


「あ、兄貴…何だよ、その格好」


「何って、見れば分かるだろう?主人公ゾーイくんの旅のお供をする、凄腕の剣士だよ。どうだ?案外、似合うだろう?」


 ティセは、作り物にしては良く出来た剣を腰の鞘から颯爽と引き抜いて見せた。


「ねえティセ、劇は?劇は、どうしたのさ!とっくに、始まってる時間なんだろう?」


 ヒミィが必死になって訊くと、ティセもヒミィに訊いた。


「君達こそ、こんな所で何やってるのさ。見に来るんじゃなかったのか、劇」


「そ、それは…」


 ヒミィが黙り込んでいると、ティセは笑って言った。


「冗談だよ。聞こえなかったのか?今日の劇は、急遽中止になったのさ。バリーが、校内放送を流してたろう?」


 五人は、酷く驚いた。


 中止とは、一体どう言う事だろう。


「どうして、中止なんかに…」


 セピアが訊くと、ティセは答えた。


「馬だよ」


「馬って…もしかして、ペガサスの事ですか?」


 ネオがそう言うと、ティセは驚いた顔をした。


「よく知ってるな…そう、そのペガサスがいなくなったのさ。だから、演劇部総出でこうして捜してる所なんだ。きっと誰かが悪戯して、持ち出したんだろう。いい出来だったからな、あれは。お陰様で、すっかり暇になって屋台を見て回る時間が出来たよ。じゃあな」


 ティセは、再び校舎へ戻って行った。


 暫くの間、五人は放心状態だった。


「あ…ペ、ペガサスはどうなったの?」


 我に返ったヒミィが慌てると、セピアも後ろを振り返って言った。


「今更追いかけても、遅いだろうな」


 その時、ネオが叫んだ。


「ねえ、これ見てよ!」


 ネオの手には、大きな白い羽根が握られていた。


「どうしたの、その羽根?」


 ヒミィが訊くと、ネオは言った。


「たった今、空から落ちて来たんだよ」


『えっ?』


 皆は驚き、慌てて空を見上げた。


「眩しい…」


 太陽のあまりの眩しさに、アーチが目を細める。


「あっ!」


 ヒミィが、小さく呟いた。


 五人は一瞬ではあったが、青い空を陽の光に照らされて大きく羽ばたく白い翼を、確かに見た気がした。


「行っちゃった、ね…」


 ネオが、静かに言った。


「ああ…」


 セピアも、頷く。


「見ろよ」


 ティムに言われて噴水の周りを見ると、白い羽根が雪のように散らばっていた。


「何だか、信じられないな…」


 アーチがぼんやりしながら呟くと、ヒミィが足元に落ちている羽根を拾って言った。


「でも、この羽根が証拠だよ。心なしか、温かい…」


「何処へ飛んで行ったのかな、あのペガサス」


 ネオがそう言って空を見上げると、セピアも顔を上げて微笑んだ。


「何処か、帰るべき場所に帰ったんじゃないかな」


「捨てられるよりは、その方がよっぽどマシさ…」


 ティムはそう呟き、校舎へ向かって歩き出した。


 皆もティムの後を追い、校舎に入ったのだった。






 それからと言うもの、九月祭が終わった後の学校内は暫くの間、消えたペガサスの話題で持ち切りだった。


 勿論、ヒミィ達もそんな話題で盛り上がっている内の一人である。


「その後、演劇部はどうしてる?」


 放課後。


 教室に残っているのは、いつもの五人だけだ。


 セピアがそう訊くと、ティムは肩を竦めて言った。


「まだ、捜してるらしい。兄貴なんかはとっくに諦めてるらしいけど、部長のバリーやワット達裏方が納得していないみたいでね…」


「そりゃあ、そうだろうね。ワット達にとって、あのペガサスは命より大事な最高傑作だったんだからさ」


 アーチはそう言いながら、教科書を鞄にしまっている。


 ティムの言う通り、演劇部はあれから休む事無く捜索を続け、校舎裏の倉庫や焼却炉など、見つかりそうな場所を散々捜したのだが、ペガサスが出て来る事はなかった。


「来週からは、美術部も捜索に参加する事になったらしいよ」


 そう言ったのは、たった今教室に入って来たゾーイだった。


「ゾーイ…もしかして、捜索中?」


 ネオが訊くと、ゾーイは溜息をつきながら近くの椅子に腰掛けて言った。


「ご名答。まあワット達には悪いけど、何か疲れちゃってさ…こうしてたまに、教室でサボったりしてるんだ」


「あーあ、悪い奴」


 アーチが厭味を言うと、ゾーイは慌てて念を押した。


「おいおい、ワット達には内緒だぜ?」


 すると、ティムは笑って言った。


「平気さ。兄貴なんか、今頃家に帰ってる」


「まあ九月祭以降は部活も休みだから、授業終わってすぐ帰っていたとしても文句は言えない訳だけど。それにしたって僕達演劇部は全員、放課後はずっと残ってペガサスを捜してるって言うのに、ティセは…あーあ、ティセみたいにちょっとはいい加減になってみたいもんだよ」


 其処まで言って、ゾーイはハッとしながらティムを見た。


「言うなよ?」


 ティムは、黙って悪戯っぽく微笑んだ。


 ゾーイは溜息をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。


「全く、人騒がせなペガサスだ…じゃあ、そろそろ持ち場に戻るよ」


 軽く手を上げたゾーイは、教室を出て行った。


 その後ろ姿を見送りながら、セピアが肩を竦める。


「大変だな、演劇部も」


「兄貴以外はね」


 そのティムの言葉に、皆はクスクスと笑った。


「何処にいるんだろうね、あのペガサス…」


 ふと、ヒミィが言った。


「演劇部が考えてた余興って確か、客席の生徒達にも劇中にあのペガサスに乗せてあげようって事だったんでしょう?あーあ、だったら中庭で見つけた時に乗っておけば良かったなぁ」


 それを聞いたセピアも教室の窓から空を見上げ、小さく微笑んだ。


「僕も、ヒミィと同意見さ。でも、今となってはペガサスがいたかどうかも定かではないな」


「そうだね…」


 ネオも、静かに頷いた。


 あの日に拾ったペガサスの羽根は、いつの間にか消えてなくなっていた。


 まるで、季節外れに降った雪のように。


 ペガサスがいた証拠は、もう何処にも残っていないのだ。


「なあ、もう帰ろうぜ」


 そう言って、アーチは立ち上がった。


「よし…じゃあ、帰るとしますか」


 セピアの言葉に皆は頷き、五人は揃って教室を出た。


 雲一つない真っ青な空に、白い翼が飛んでいる。


 五人は元気良く校舎を飛び出し、走って行った。




                                  おしまい

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