はえ氏の証言
「うおるあああっ!」
女性の凄まじい雄叫びとともに、ばしんっ! と、これまた凄味のある音が響いた。
女性が放ったその攻撃を紙一重でかわし、私は壁掛け時計の裏へと俊敏な動きで避難する。
彼女は私が時計裏へ潜り込んだことに気付いていないようだ。
私を捜して暫し部屋をうろつき見回した後、
ふうと息を洩らして、納得がいかないといった様子で退室する。
それをしっかりと見届けて目に焼き付けて、
私は、ほうと安堵の息を吐き、
力なく時計の留め具に腰を下ろした。
◆
今の騒ぎは、ソファの上でうとうとしていた私を、この部屋の住人である彼女が見つけ、私を殺――もとい、退治しようとして起こったものだ。
右手に新聞紙を丸めた凶器を、左手に殺虫剤を装備した彼女に追い掛けまわされ、
逃げて逃げて翅が休息を求めてきたので、私は近くの壁にとまり、体力を回復しようとした。
そこに、凄まじい雄叫びをお供にして、新聞紙の凶器を振り上げた彼女が突っ込んできたのだ。
そして、私めがけてそれを振り下ろした。
……そうして、今に至る。
◆
私はハエだ。
ナマモノや、ゴミにたかるあのハエだ。
しかしハエとはいえど、汚いものだけに寄るのではない。
花や、美しいものにも寄って行く。……これは私だけか?
さきのような騒ぎは日常茶飯事。
一ヶ月ほど前、私の彼女の闘い(?)の巻き添えを食らった親子が、彼女のもつ殺虫剤の餌食になった。
ショックで四日寝込んだ。
後日、手土産を持って謝りに行った。
最近では一週間ほど前。
部屋を探険中の少年が、彼女が暑さ凌ぎに扇いでいたウチワの突風に飛ばされて行方不明になった。
彼は、今も見付かっていない。
そんなことがあったものだから、身の危険を感じてこの家から出ていった仲間は数しれず。
本来なら私も早々に此処から退散すべきなのだが、私には、此処を離れることの出来ぬ理由がある。
この家の住人である彼女の名前はミライ、年齢は19歳。
私が知っているのは、この二つだけだ。
私は……彼女に恋をしている。