第3話 別れ
そこにルルーナ師匠から手紙が届いた。王都にポーションが必要だと。どうにか作り、届けて欲しいという手紙だった。
「リリはカイルの育児がある。俺が王都に届けにいく。その間、乳母を雇おう。街の人にもリリとカイルのことを気にかけてもらえるよう話すよ」
「レオ、気をつけてね。ルルーナ師匠の知り合いにポーションを渡してたら、早く帰ってきてね。待っているわ。これを渡しておくわ。もし,不測の事態で自分が死にそうな時、もしくは大事な人に使って欲しいポーションよ。御守りとして持っていて欲しいの」
「あぁ、早く帰ってくるよ。リリとカイルのそばを離れるなんて耐え難い」
それから、レオは王都へ行った。ポーションを渡した後、レオは姿を見せなくなった。
ルルーナ師匠の手紙が届いた。新聞の記事とともに。
レオは、いや、カイザール ルドルフ フォン ナサエル公爵令息。公爵家、海運王のご子息ということがわかった。27歳だ。私より8歳上だったなんて、記憶喪失の時は若く見えた。やり手な感じだ。
数年行方不明で、その時の記憶がないということだった。刺客に襲われたことは覚えているか、その後の記憶はまったくなく、どう過ごしていたかもわからないというとだった。刺客は、ナサエル公爵の従兄弟が仕組んだことが判明し、即時処刑されたとのことだった。
そして世間は、カイザールがどのような生活をしていていたのか、憶測の中で話を作っていった。女が匿って居たのだ、優しい老夫婦に面倒を見てもらって居たのだ、など、様々新聞に書き立てられていた。
そっか、記憶がなかった時の記憶がない。ということは私やカイルの記憶もないのかな。ショックだった。
カイザール ルドルフ フォン ナサエル公爵令息はやり手のビジネスマン。そして、美女がいつも周りにいるような人だった。
一度でいい、会いたい。会って、もしかしたら記憶を取り戻してくれるかもという甘い考えがあった。
キャノール辺境伯が保証人ということで、面談できることになった。
しかし散々たるものだった。記憶をなくした時の記憶がないということで、その時にお世話をしたという詐欺まがいな女性や、あなたの子供ですと言ってきた人もたくさんいたということだ。
私がしていることもその女性たちと同じとみなされた。
面会の時に、
「私があなたを愛したということですか?その子が私の子ですか?だいぶ、あなたは私の好みとは違う女性ですがね」
と、冷たく蔑むように言われた。
そうよね、このカイザール様の噂は、グラマーな美女と一緒にいることが多いらしい。新聞にもそのような方と一緒に取り沙汰されていた。
「何人もあなたのように、カイザール様の子だと言って訪問する人が多いのですよ。
私はカイザール様とは幼少期からの付き合いですが、カイザール様の女性の趣味はあなたみたいな人ではないですがね」
秘書の男性が見下したように言った。
「もう2度とこないように、いつものを渡しておくように」
「かしこまりました。カイザール様」
「こちらにお越しください。誓約書を書いてください。二度このようなことをしない。した場合、逮捕をします。そしてこちらがその示談金です」
「それでは、誓約書を書くにあたり、こちらからもお願いがあります。カイザール様が、私たちに二度と会わない、探さないという誓約書の記入をお願いします。誓約書を書くのなら、お互いに書くべきだと思います。そうすれば示談金などいりません」
「小賢しい。カイザール様に聞いてみます。その言葉、嘘はありませんね」
「ありません。では、こちらにカイザール様の署名をお願いします」
しばらくして、カイザールが署名した誓約書を秘書が持ってきた。
そして、秘書と改めて向かい合い
「では、もう一度確認します。こちらがカイザール様がサインした誓約書です。こちらをお渡しすることで示談金はお渡ししない。よろしいですね」
「はい、それで十分です。お手を煩わし申し訳ございませんでした。もう二度とお会いすることがないので安心してください。それでは失礼いたします」
赤ちゃんを抱いた毅然とした後ろ姿に、不思議と目が離せなかったが、この手のことがまだ続くので切り替えた。
「帰ったか。ふん、こちらにも誓約書を書かせるなんて、本当に示談金を持っていかなかったのか」
「はい。示談金は渡していないです」
「そうか、ふぅ。いったいいつまでこれが続くのか」
「そうですね。あなたが行方不明で、発見できたことに驚きと、その時の記憶がないと大々的に報じられてしまったので、こういう輩が後を経たないですからね。まったく」
「今日は父上と会食か。また、結婚の話が出るのだろうが、何とかかわすか」
「カイザール様は、最近女性との浮いた話は出ませんね。いつも美女を侍らせていたのに」
「侍らすなんて、寄ってくるだけだ。最近は香水臭い女は無理だな」
「どうしたのですか?今まで、香水臭い美女ばかりではないですか。今まで来た女性たちもそんな感じでしたが、今日の赤ちゃんを連れた女性はまったくあなたの趣味とは違っていましたね。明らかに詐欺とわかる人でしたね。ははは」
「あぁ、あの女は俺の趣味とはかけ離れていたな」
「よくあれで、カイザール様の子供だと言ってこれる神経が図太いのですね」
「ふっ」
「では、次の面談に行きますよ」
「あぁ、面倒だな」
リリは何も言わずに立ち去った。ルルーナ師匠のところへもよらず、何日もかけて、住んでいたドラスデンへ戻ってきた。
そこに、お母さまに似た人が立っていた。お母さま? お母さまにしては大きすぎるし、お母さまの幻影。弱っている心が見せた幻影。それでも今は嬉しい。
「お母さま?あっ、ごめんなさい。どなたでしょうか」
「あなたは、キャロラインという女性を知っていますか?」
「キャロラインという方は知りません。私の母は、キャシーですので」
「キャシー、それはキャロラインの愛称の一つだった。父の名前はリンデンか?」
「そうですが。父はステイン モルテス モア リンデンという名前です両親は5年前に亡くなりました」
「うっ、やはり亡くなっていたのか。もっと早く見つけられれば。くそっ」
とりあえず、カイルがお腹を空かせ泣いてしまったので、中に入ってもらった。中は街の人が掃除をお願いしていたので、綺麗だった。ミルクが終わるまで、待っていてもらった。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません」
「いや、こちらが待っていただけですから。
私はあなたの母、キャロラインの兄、セルジュ ガーディ フォン オーウェンと申します。オーウェン公国の公子です。あなたの母、キャロラインは公女だ。
キャロラインが手紙を置いて居なくなってしまってから、公国中探し、やっとこの国にいる情報を得て探していました。遅かった。亡くなっていたなんて」
「5年前の伝染病で亡くなりました。両親は伝染病にかかった人たちを治すため、身を粉にして頑張っていました。改善の兆しが見えた時、2人がかかってしまいました。その時にはすでにポーションも切れて、2人は助かりませんでした」
「そうだったのか、辛いことを思い出させてすまない」
「いえ、両親が亡くなった後は、街のみんなや、ルルーナ師匠に助けられて生き延びることができました」
「そうだったのか。あの、腕に抱いていた赤ちゃんは君の子か?」
「そうです。私の子です。カイルと言います」
「カイル、カイルなのか、そうか」
「はい、母がいつも、私に弟や妹を作ってあげられなくてごめんね。いつか私に子供ができた時、カイルとつけて欲しいとと頼まれていたのです。お母さまの小さい時に亡くなった弟の名前と聞いています」
「そうか、そうか。ありがとう。ところで君の旦那さんはどこにいる?」
「おりません。結婚式の宣誓書は無効です。名前が違ってました。記憶をなくした人でしたが、もうその人は記憶を戻し、私たちのことは忘れています」
「何だって。私が抗議してやる。誰だ、その者は」
「いいのです。私やカイルのことを覚えていない人はいりません。もう過ぎたことです。これからはカイルと一緒に楽しく人生を歩んでいこうと思ってます」
「君は、君という人は。すまない、君の名前を教えて欲しい」
「リリアナです。リリアナ モア リンデンです。お母さまが、お祖母様の名前をつけたと言っていました」
「そうか、そうか。リリアナか。お祖母様の名前だ。お祖母様は聡明な公妃だった」
「えっ、公妃?」
「そうだ、リリアナ。一緒にオーウェン公国に帰ろう。カイルと一緒に。父いや君のお祖父様、お祖母様、伯父や伯母・叔母たちが待っている。カイルを見せたら、取り合いになるぞ。一緒に帰ろう。リリアナ」
涙が出てきた。両親をなくし、ルルーナに育ててもらい、レオとカイルの家族ができたと思っていた。でも、レオとの家族ごっこは紛い物だった。
この国に留まっている理由はないか。お母さまとお父さまが住んでいた国。
そうだね、行こう。
そうして、まだ、帰って来られないルルーナ師匠に手紙を書き、父と母の生まれ故郷に行くことを簡単に書き、別れを告げた。また、落ち着いたら会いに行くことを約束して。
船に揺られ、1週間。オーウェン公国に着いた。そこには、みんなが迎えにきていた。いいのか、公国のトップがお迎えって。
船の中では伯父のセルジュ様が公国のことについて教えてくれた。どこからも侵略することができない不可侵条約の公国。ポーションや錬金が栄える国。
ポーションが作れる、錬金も学べるなんて楽しみ。カイルにも将来に向けての選択肢を与えることができる。将来の夢が広がる。
私はありがたいことに、みんなに守られてきた。レオのことはもう終わった。今度はカイルとの将来に向けて、前を歩いて生きていこう。
オーウェン公国での生活は、お母さまの作法のおかげで、すんなり習得することができた。
カイルはスクスク育ち、今はハイハイから立ちあがろうと必死になっているのを、みんなでワラワラしながら見守っていた。
私は迎えにきてくれた伯父セルジュの養女になった。奥様はお綺麗な公爵令嬢だったセリーヌ様。相思相愛だそうだ。今もそんな雰囲気です、毎日。
お子様は一度流れ、その後体調を崩され、子供のできない体になってしまったから、私が養女になり、孫まで連れてきてくれたと喜んで、毎日カイルの世話を率先してやっている。時々、母の姉妹である叔母、アデル様、伯母ルーシー様が訪ねてくる。次期公王の長兄、ベルナルドも訪ねてきてはカイルを可愛がってくれた。
お忍びで、お祖母様もやっきては私とカイルを可愛がっている。みんな、優しすぎる。優しさに涙が込み上げてくる。幸せだ。
お父様の実家であるリンデン侯爵邸にも挨拶に行った。結婚を反対し、結局は公国を2人出るきっかけを作ってしまったことを詫びられた。
私はお父様の医者としての信念を話をし、お父様を尊敬していることを伝えた。お父様の信念はお父様のお祖父様の信念だったことを知った。お祖父様は、今も早々と爵位を息子に継がせ、平民のための診療所で医者として活躍していることを聞いた。
そしてカイルを紹介した。赤ちゃんパワーは健在です。みんな笑顔になり、カイルを可愛がってくれた。
今度、医療の勉強をお願いし、侯爵邸を後にした。
「リリ、疲れていないかい。カイルも寝てしまったな。リンデン侯爵家は医療の先端をいく。習いたかったら、いつでも言うんだよ。まぁ、うちの薬学も頑張っているから、あまり無理せず進めていこう」
「ありがとうございます。お義父さま。ポーション作り楽しいです。魔道具も楽しいです」
「そうだな、リリは色々な魔道具を考えつくから、ルーシーのところの息子、ヘンリーがいつリリが来るのか、いつ来るのかとうるさくてな。また、ルーシーのところに行っておくれ。それと王宮の魔道具課にも顔を出すように。ふふっ、リリとカイルが来てから、我々一族がまた動き出した感じだよ。いい事だ」
頭をなでなでされた。
「ふふっ、私は19ですよ」
「まだまだ、子どもだ。いつまでも我々に甘えて欲しい。今まで甘やかすことができなかったのだから」
「ありがとう、お義父さま。嬉しいです。頼れる人がいると思うと、安心できます。本当にありがとうございます」
「さあ、カイルの一歳の誕生を祝おう」
「はい、お義父さま」