綺麗な君に、心よりの愛情を
陰キャカップルはいいぞ。
ちなみに涼ちゃんの滑舌はしんでいます。
登場人物
・夏目 涼
本好き根暗ド陰キャ。引っ込み思案で気が弱く、人と深くかかわることを恐れている。
・冬崎 奏
物静かな読書少年。クラスでは目立つタイプではなく、ひっそりと生きている。
僕が知っている限り、図書室の常連は僕「冬崎 奏」ともう一人だけ。名前は確か、「夏目 涼」。同じクラスで、出席番号が僕の一つ前。印象は静かな子、といった感じで、休み時間に友達と騒ぐこともなければ、行事に特別気合を入れているわけでもなく、部活にも入っていない、いわゆる「陰キャ」でありどちらかといえば、「存在感がない」タイプだった。まあ自分も同類であり、そこまで気にしている存在でもなかった。彼女は僕と違って、望んで一人でいるわけではなさそうだったが。放課後も休み時間も図書室に籠りっぱなしの僕らだったけれど、実は話したことは一度もなかった。でも、何故だろうか。いつからか僕は、図書室を去っていくときの彼女の横顔を眺めるのが習慣になっていた。長い前髪に隠れて見えにくかったけれど、彼女はかなり整った容姿をしているらしい。真っ白な肌と艶がある漆黒のミディアムヘア。なるほど、これで周りと関わりを持っていたらさぞかしモテることだろう。
さて、ある日。いつも通り図書室にいるのは僕と夏目さんだけだった。お互いが図書室に来てから三十分と少しくらい経っただろうか。僕が新しい本を手に取ろうと立ち上がった時、夏目さんもまた新しい本を選ぼうとしていた。乗るとキィキィと嫌な音をたてる脚立に恐る恐る足をかけている様子が危なっかしくて、倒れないかハラハラしてしまって、つい近くに行って本を選んでいるふりをした。すると、案の定、というのか、脚立がうしろ向きにぐらりと傾いた。と同時に、夏目さんはバランスを崩す。とっさに飛び出し、片手で肩を抱き留めたはいいものの、運動と疎遠で筋肉とは生まれてこの方仲良くなったことのない僕の貧弱な腕では、彼女を支えきることはできなかった。結局僕は夏目さんもろとも倒れこんでしまった。何がどうなったのやら、僕が夏目さんに覆いかぶさられているような態勢になってしまっている。まるで、押し倒されているよう。いや、いやいやいや。これはまずい。理性は正常に起動しているけれど、僕の頭の中を占拠していたのは、たった一単語。
——綺麗だ。
やや色素の薄い瞳がジッと僕を見つめている。その瞳に僕が映っている。やっぱり、綺麗だ。そう思ってからハッとして、口に出ていなかっただろうか、と一人冷や汗を流した。とりあえず、退いてもらわねば。そう、やっとのことで声を絞り出した。
「……あの」
そう声をかけると、夏目さんは目を見開いて、反射的に後ろに飛びのいた。つい、まるで何かの動物のようだ、と思ってしまった。
「へ、は、あ、っ、ご、ご、ごごめん、なさい、わたしっ、の、ふ、ふ、不注意で……」
慌てているのか色々としどろもどろになってしまっている。漫画なんかだと、瞳の中にぐるぐるしたものが入っているような状況だった。一拍遅れて、僕も言葉を紡ぐ。
「いえ……。僕のほうこそ、受け止めきれず、すみません。あいにく、こんなひ弱な身体なもので。怪我とか、してないですか?」
筋肉の「き」の字もない細い腕が、今だけはとても憎らしい。もし怪我をさせてしまっていたら非常に申し訳ない。
「ぇ、う、は、はい。だ、大丈夫です」
僕が差し出した手を取ると、夏目さんはフリーズした。僕が「えっ」と思う間もなく、夏目さんの瞳にじわりと何かが滲んだ。ぽろぽろと零れ落ちる水滴は西日を反射してきらきらと輝いて見えた。それを涙だと認識するまでに、少々時間を要した。そして、気付いてしまった。僕はどうしようもなく、この人を綺麗だと思っている。泣いている姿すら美しいと思えてしまうのだから、どうしようもない。けれど、僕は反射的に彼女の涙を掬っていた。彼女は一度目を瞬いて、何やら口を動かしたが、声にはなっていなかった。けれど、なんとなく、彼女が言いたいのは謝罪の言葉だろうと思った。僕はただ、彼女が泣き止むまで側にいて、時折涙を掬った。それが何の意味を持つかもわからないまま、ただそうしていた。
しばらくして、彼女は泣き止むと、儚く消えてしまいそうな声で、ごめんなさい、と呟いた。きっと、何かあったんだ、と僕の脳が勝手に思考する。こんなことを言ってもどうにもならない、と思いつつも、僕の口からは言葉が紡がれる。
「話してみませんか」
「……え」
「辛いことがあったのなら、僕に話してみませんか。辛いことって、人に話すと少し楽になるそうですよ」
自分でも驚くほどすらすらと言葉が出てきた。思えば、家族や教師以外とここまで話したのは本当に久しぶりだった。それなのに、ここまで言葉が出てくるのは、一体何故なのだろう。他の人とも、話そうとしないだけで、本当は話せるのだろうか。それとも、——彼女だけなのだろうか。
それから夏目さんは、ぽつぽつと自分のことを語り始めた。彼女の言葉の節々から伝わってくるのは、自己否定と自己嫌悪。それと、ひとかけらの心を許せる人が欲しいという感情。彼女がすべてを語り終えた時、守ってあげたい、と思った。せめて、一人でも彼女に、心を許せる人を作ってあげたい。それが、もしも僕でいいのなら。
「それなら、僕があなたの話し相手になりましょう」
その日を境に、僕と夏目さんはよく話すようになった。他愛もない話も、授業の話も、たまに一緒に勉強することもあった。彼女をよく知る度に、綺麗な人だ、と思った。それはいつしか、恋に形を変えていた。生まれてから一度もそんな感情を抱いたことはなかったから、どうすればいいのか困惑したし、告白すべきかすごく迷った。でも、どうしても。ふられてもいいから、ただ伝えたい。その一心で、僕は夏目さんに、いや、涼に告白した。緊張しすぎたのか、プロポーズまがいなことを口走ったような気もするけれど、それでもいい。一生大事にしたいくらい、僕は彼女を愛している。
ひと悶着ありはしたが、結果的に僕と涼は付き合うことが出来た。でも、付き合い始めたからといって、僕らの関係性が劇的に変わったわけではなかった。ただ、少し、いや、もしかしたらまあまあかもしれないけど、会う回数は増えたと思う。一緒に図書館に行ったり、好きな本を探しに本屋に行ったり。結局僕も涼も本ヲタクだから、本に関係する関わりが多い。でも、涼が楽しそうにしてくれているから、今はそれでいいと僕は勝手に思っている。……本当は、水族館とか美術館とか植物園とか、他にも色々と行ってみたいところはある。それに関してはもしも涼が行きたいと言えばすぐに行けるようにリサーチ済みだ。涼となら、どこへ行ってもきっと楽しいだろうから。
それと、涼にたった四文字の愛を伝える回数も増えた。僕は不器用だから、君が言ってほしい言葉はわからない。でも、この言葉は僕の気持ちを全て詰め込んだものだから、謙遜しないで、綺麗な笑顔で受け取ってほしいな。
「涼、好きだよ」
自分で書いておいて尊すぎてやばい。




