第8話 夜は怖い
さて、この御し難いスキルをどうしたものか。
《 御し難い ー 簡易鑑定 》
うん、その通りだ。よく分かってるじゃないか。その調子で頑張ってほしいものである。
気持ち日が落ちてきて、何となく不安になったので街に戻ることにした。
魔法と固有スキルは正直使い物にならなかったなぁ…… でも、練習しないと自転車を乗り回せないように、魔法だって、初めは上手くいかないものかもしれない。
魔法の練習をしたいけれど、早く依頼を受けないと生活ができない。練習しないと依頼をこなせるか分からない。臆病者はこのループを抜け出せない。どうしたものか…… 分かりきっているのに。
戻りながら、"ランダム"の法則を確かめるべく小石や草を鑑定をしてみる。
《 草 ー 美味し く ない 》
《 石 ー 小さい 》
《 ペオニーエ草 ー 軽度の 傷 を 治す 効能あ り。 湿った森 に 花 をつけ 咲く ペオーニャ草 に 似ている が、 花弁 を 開いて から 2時間 程度 で 落とす ため 葉のみ の 状態 で あるこ と が 殆ど 》
《 エルド・シュトゥルムフート・ガルデリーリニエ ー 空腹状態 》
あぁ!言わないで!思い出すでしょ!
簡易鑑定の結果は本当にかなりランダムのようだ。お腹が空いた…… 詳しく出ていると言っても、花の色や形、咲く時期まで書かれていないから、これ以上の情報量が出る時もあるのかもしれない。あぁ、お腹が空いた…… もしくは、簡易鑑定で分かるのはそこまでなのかもしれない。そんなことよりお腹が空いた…… お腹が空いた…… お腹が空いた!
駄目だ!もしも働けなかったときのために、お金は節約しておくべきなんだ…… 人間は水と食料が無くても数日生きていける。ならば、できる限り我慢する方が得策……なのだろうけど……
耐えられるか……
「そもそも、なんでそんな極限のサバイバルしようとしているの?お金なら少しはあるじゃない。」心の中の僕が言う。
「いやいや、銅貨1枚足りない経験をするかもしれない。それが怖いのだから、できる限りは我慢しなくては。」何事にも怯え切った僕が、やはり怯えた様子で答える。
「そんな経験しない可能性の方が高い」
「ほんの少しの可能性が怖いんだ」
「空腹なのだから、わざわざ可能性の為に我慢するなんて馬鹿馬鹿しい。頭悪いぜ? 正気に戻れ」
「でも、死にやしないんだ。僕が我慢出来ればただそれでいい」
「埒が明かないよ、全く。」僕、結局どうするの?
ああ、駄目だよ思考力…… 保留にしよう…… つまりは思い立つまで我慢ということになるけれど。僕は全く駄目だなぁ……
ーーーーー
街に着いてからは、空腹の波は多少ましになって、背にある夕陽の伸ばす影を、不揃いな石畳に引っ掛かる黒々とした影を目で追いながら、懲りずにギルドへ向かった。
この時間から荷馬車を引いて出かける者はいないらしく、出店は店仕舞いに、酒場は開店の準備に勤しむ姿が目立つ。日が傾くのはあっという間で、こんなにものんびりとした時間なら、もっと長く続いていてもおかしくないのにと思った。"あまり遅いと日が暮れる"とも言えるが。
ギルドの説明を受けている時に、受付の女性が言っていた。ギルドは冒険者達が情報を交換したりする、酒場でもあると。丸1日営業していて、冒険者達の憩いの場となっているらしい。飲み明かす人もかなりいるというから、大丈夫なら居座るつもりだ。
夕陽の映らない木窓、見慣れない人々の顔つき、何もかもが故郷を遠いものにさせて、どうしてだか、ただただ気が沈む。
両親はもう訃報を知っただろうか。僕なんかのせいで、周りが辛い思いをするのが耐えられない。思い上がりだと思えば楽だが、とてもそうだとは思えない。家族や友達は辛いだろう、僕が死んでいるから。僕だって家族や友達に会えなくて辛い、生きているから。
あぁ、なんだか、なんだか駄目だ。一体どうしてしまったのだろう。もうギルドに着く、落ち着こう。もうどうにもならないのだから。
ギルドの両開き扉にもたれかかるように手をかけると、視界の隅に微かな動きが見えた。向くと、左腕にまた細かな文字が浮かび上がっている。
《 夜の呪い ー エルド・シュトゥルムフート・ガルデリーリニエ に かけられ た 呪い 》
え…… 何……?
《 日が 沈み 始め ると、 不規則 に 不安に 駆ら れる 呪い。 性格の 変化や 疲労、 発狂 や無気 力などに 悩まさ れ る こと がある。人 の 傍に いると 呪い が軽 減され、 夜が 明け る と おさま る 》
夜の呪い……? なんだそれは…… まるで、まるで病気じゃないか。僕は大丈夫……
無駄に力を込めて扉を開く。明るい店内に、昼間に劣らない数の冒険者。3秒見回した後にハッとした。
あ……
あぁ……!
大丈夫じゃない!!大丈夫じゃなかった!!
今、確かに、僕はおかしかった! 異常な憂鬱に襲われていた!
だってそうだ。僕は辛いし、本来物思いにふける質だけれど、あんなに息苦しいことはなかった!
そういえば、ルージンさんに会う前もおかしかった。あの状況、確かに不安を感じるだろうが、なんというか、病的に気分が落ち込んだ。この簡易鑑定の言う通りらしく、ルージンさんと会ってからは多少落ち着いた。あれも夜の呪いとやらだったらしい。
何が恐ろしいって、自分の意思では憂鬱から抜け出せないのだ。今こうしてハッとしたように、そう、ハッとしないと気付かないのだ。
無気力で命を手放すような呪いが、無意識に意識に溶け込む恐ろしい呪いが僕にかかっている?
なにが "僕は大丈夫" だ。僕は普通だったらそれを大丈夫だとは思わない。呪いで変わっていたんだ。
呪いなんて、一体誰が? 一体何の為? そもそも何それ?
役立たずの思考をぐるぐるやっていると、後ろの扉から3人組の冒険者が入ってきた。入口を塞いでいたと気付いてギルドの端に移動し、ひと息つく。
あぁ、なんだか賑やかだ。呪いが落ち着いたのか、僕が安心したのか、不思議と穏やかな気分だ。ただ空腹と疲労を意識せざるを得ない。
さて、今夜をどう過ごそう。じっとしているだけだろうけど、何か考えていないと人目が気になる。
人目、人目といえば、どこを歩いていてもなんだか見られている気がする。おそらく黒髪が目立つのだろうが、それにしても、目が合うとおかしな反応をする。動きが止まったり、目を逸らしたり……
もしかして、黒髪黒目は嫌がられるのだろうか? 例えば不吉の象徴だったり…… そうだとしたら困るなぁ……
「ねぇ、そこの黒い君。座るところが無いならここに来てよー!ほら、ほらぁ」
声のした方を見ると、赤い顔をした30代前半くらいの女性が手招きをしている。どうやら僕を呼んでいるみたいだ。かなり酔っているらしく、半分机に突っ伏すような形で手をぶらぶらと揺すっている。
言われた通り女性のところに行くと、こっちに来てよと椅子を叩いて案内された。
「ふふふ……黒いねぇ、黒いねぇ…… あはは!」
僕の頭をぐしゃぐしゃに撫で回し、酔った人特有の調子で、軽く弾けるように笑い出す。30代くらいだと思ったが、ひとつひとつの仕草が少女のようで、若くて無邪気な印象を受ける。ただ飲酒はしている。
不安そうな顔で見つめていると、女性は察したように予想よりもはっきりと話し始めた。
「ああ! 私はヴァイン・ジュールトゥック・ゲルステンよ。どうせルイヒは相手してくれないから、若い子に構ってもらおうと思ってぇ…… 呼んじゃった!」
ルイヒは相手を…… ルイヒ? もしかして、名付けを手伝ってくれたあのルイヒさん?
「ルイヒさんって、もしかしてSランク冒険者の……」
「うんうん、そうよぉ。ルイヒ・ガーイスト・クラージ。今この街に来てるって聞いて私も来たの。酒は付き合わないしぃ、つまんないんだからぁ! 」
「本人のいない所で悪口とは、関心しませんね、ヴァイン・ジュールトゥック」
ヴァインさんが言い放った瞬間、後ろから聞き覚えのある声がした。振り向けば、やはりルイヒさんがにこやかに立っている。
「げ、出たわねルイヒ! かつての仲間に敬語とは、酒場にいても堅物は健在らしいわね?」
ヴァインさんは叫んでそう言ったが、嬉しそうな感じが伝わる。それはルイヒさんからもで、口振りからして、旧友との再開といったところだろう。小躍りして飛び出そうとする小型犬と、ゆったりと微笑む大型犬のように見えた。
「ここはギルドで、私は冒険者ですよ。まぁ、今は "元" と言った方が正しいですが。貴方も相変わらずですね、昔からよく飲みます。ところで、また会いましたね、エルド・シュトゥルムフートくん。彼女に絡まれませんでしたか?」
「えっ? あぁ、えっとぉ……」
2人の話を聞き続けるつもりだったから、突然話を振られてどもってしまうが、僕が返答をする前にヴァインさんが遮って言った。
「もう、人聞きが悪いわよ! 黒い君もちゃんと違うって言ってよぉ……って、2人は知り合い?」
「ええ、今日知り合ったばかりですが。」ルイヒさんは、ころころ表情を変えるヴァインさんを可笑しく思うように笑う。「本当?」と問うように僕を見て、それがまた可笑しいようで再び笑う。
何となく思った。この2人は、ずっと前もこんな感じだったのだろうと。……そういえば、ヴァインさんもSランクなのかな?
「あぁー、なーんか酔いが覚めてきちゃったなぁー。もう1杯頼んじゃお、君も飲む? せっかくだから奢らせてよ!」
え、お酒? 未成年なんだけど…… でも、ルイヒさんに止める様子がない。若干心配そうな顔をしているけれど。つまりは……
「えっと、14歳はお酒飲めますか……?」
「ん? 信仰とか体質に問題がなければ飲めると思うけど……」
へぇ! ここでは未成年でもお酒が飲めるんだ! 前世でならば確実に法に触れたことだったのに、今は何も問題が無いなんて! 罪が無いのに、無いから罪悪感……!お酒自体にそこまで興味は無いけれど、ごめんなさい! 本来駄目なことをやるということには残念ながら興味がある……!
「お、乗り気そうな顔してるねぇ? じゃあー、すみませーん! ビールふたつ! あ、この人には蜂蜜水で!」
「ありがとうございます!」
「いいのよいいのよ!ルイヒのは奢りじゃないからね!」
「ふふ、分かりましたよ、ありがとうございます」
初のお酒にわくわくしながら、しばらく雑談をして待つことにした。
読んでいただきありがとうございます!
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