93_ところで、前世の私の話
まさかの展開で、ジャックとマーズとミシェルがなんと人化してしまったわ!
エリオスによると、どうやら私が悪魔の魔力を変換してばらまいたものを大量に取り込んだことで、精霊としての力と格が上がって、そういうことができるようになったんだろうということだけれど、とても驚いてしまった。
それを見ていたマオウルドットは自分も人化したい!と思いついたような我儘を言い出すし、三匹……人化している間は三人と言うべきかしら?とにかく、ジャックとマーズとミシェルは初めての人型の体に大興奮ではしゃいでいるし、まずそもそもとしてレーウェンフックを包み込んでいた呪いがすっかりなくなるという喜ばしいこともあったわけだし、その場は色々な意味で大盛り上がりだった。
とりあえず、現状を確認しようと思い、人化した三人にあれこれやらせてみた結果、なんと猫ちゃんの姿にも自由に戻れるし、好きな時に好きなだけ人化できるようだということが分かった。
そうやってやっと落ち着き始めた頃に、アリーチェ様がたまりかねたように声を上げる。
「ねえ、ちょっと待ってくれる?そろそろ聞いてもいいかしら?」
アリーチェ様は、相変わらずシクシクとこれ見よがしに泣いて見せているマオウルドットを抱いて、よしよしと撫でて甘やかしながらも、なんだかとっても微妙な顔をしている。
ちなみにマオウルドット、あなたのそれが嘘泣きだって、私にはバレバレですからね!
「アリーチェ様、どうしました?」
これはマオウルドットにつっこんではいけないやつだわ、と、なんでもないような顔をしてアリーチェ様に尋ねると、そう聞かれるのを待ってましたとばかりにアリーチェ様は一つ、唸り声をあげて話しはじめる。
「ぐうう、もうだめ、我慢できない!ねえ、悪魔の魔力ってなに!?人化した猫ちゃんたちも、大きくなったマオちゃまも、門の外がもはやジャングル状態なのも、なにもかも理解できないんだけど!?」
……まあ。確かに、アリーチェ様からすれば、わけのわからないことが一気に起こっているわけだものね。その混乱は当然のことだわ。
ちなみに、正直言って、私としても色々想定外のことが起こっているし、多分ずっと一緒にいたフェリクス様やカイン様もそんなに理解できていないのではないかしらと思うけれど、それは言ってはいけない気がして黙ったままでいることにする。
アリーチェ様の勢いは止まらない。
「それに、一番聞き捨てならないのはルシルお姉様の発言よっ!」
「わ、私?」
起こっていた出来事に焦点が当たっているかと思いきや、突然話の矛先が私個人に向いて思わず驚いた声を上げてしまう。
私の発言が聞き捨てならないって、私、なにかそんなにおかしなことを口にしたかしら?
そう不思議に思ってつい首を傾げてしまったのだけれど、そんな私を見て、アリーチェ様はますますヒートアップしていく。
「ルシルお姉様!『私が猫だった頃』ってなに!?信じられない奇跡を起こしたアイテムが、『飼い主の一人が作った』ものってどういうこと!?それから、さっきエリオス様は一度、ルシルお姉様のことを『リリーベル』と呼んだわよね!?」
「ああっ!?」
そうだったわね。私が猫だったこと、フェリクス様たちにはサクッと伝えておいたけれど、アリーチェ様はその場にいなかったから、何も知らないままだったんだわ!
「もうっ、なにからなにまで分からないわ!全部分かるように説明してちょうだい!」
フェリクス様にも後で説明してくれって言われてそれきりになっていたし、ちょうどいいから色々と説明しておこうかしら。
「そうですね、色々とお話したいので、とりあえず室内に移動しませんか?ずっと立っているのもなんですし。ええと」
私は目の前の離れに視線を向ける。……わあ、さっきまで大きくなったマオウルドットの手足が生えたみたいになっていた建物は、手足が抜けてさっき以上にすっかりボロボロになってしまっているわね!残った部分が崩れ落ちていないことがすごいと思える有様だわ。
「……本邸の方に入ろう」
フェリクス様のその言葉に甘えることにして、私達は本邸の方へ移動した。
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本邸の応接室に皆で座り、一息つくと、私は約束通り、今まで黙っていたことを話しはじめた。
私の前世が『リリーベル』という名前の世界一愛された猫だったことから始まり、最初の飼い主が偉大な魔法使いで、その魔法で長い寿命を得たこと、長く生きる中で、多くの飼い主とともに過ごしたこと、エリオスが最後の飼い主だったこと、私がエリオスの代わりに悪魔の生贄になってしまったこと、レーウェンフックが呪いを受けた経緯、どうやってその呪いを解くことができたのか……。
合間合間に、聞かれる質問に答えながら、思いつくことを説明していく。
私は呆然と聞いているフェリクス様とエルヴィラのことをチラと見ながら考える。
(うーん、予知夢の内容は、話さなくていいわよね!)
どう見ても、今の二人は想い合っているようには見えない。これからどうなるかは分からないけれど、未来が完全に変わり、私が運命に干渉できてしまったかもしれない今、二人の仲がどう進むかは分からないし、分からなくていいと思うのだ。
(人の恋路に必要以上に干渉するのって、どう考えたって野暮だもの)
現時点でそれぞれがお互いをどう思っているかは分からないけれど、どう思っているにしろ、突然『実はあなたたちは、私が見た予知夢の中でとっても想い合っている恋人同士で、私がいなくなった後は結婚までした仲でしたー!』と言われてしまっても困るわよね。
そう考えて、その辺は曖昧に濁しておいた。
「信じられない……。信じられないのに、そうだと考えると色々なことが腑に落ちちゃうわ……」
話を聞き終わったアリーチェ様がぽつりと零す。
確かに、色々なことを一気に話したから、なかなかすぐには全てを受け入れられないわよねえと思い、話すべきことは終わった私はサラが入れてくれたお茶で呑気に喉を潤す。
するとアリーチェ様は突然何かに思い至ったように、ハッと息をのんだ。
「待って。最初の飼い主が偉大なる魔法使いで、次が聖女と呼ばれた人で、次が冒険する料理人で、次がモノづくりがとっても得意な大商人で…………ところどころおかしいけれど、妙に符合するわ。まさか、まさかだと思うのだけれど、ルシルお姉様の前世、リリーベルの飼い主たちってまさか」
ブルブルと震えはじめたアリーチェ様。
ええと、大丈夫かしら?
「あの、ルシルお姉様?飼い主たちの具体的なお名前を聞いてもいいかしら?」
「構いませんよ!最初がアリス様で、次がクラリッサ様、それからマシューに、コンラッド、ローゼリア、ヒナコ、エフレン……えへへ、野良猫だったこともあったんですけど」
「う、う、うんめいのえいゆうさまーーーーーー!!!」
アリーチェ様は突然大絶叫した。
その叫びを聞いて、そうだったそうだった!と思い出す。
「ああ、そうでしたね!アリーチェ様からお借りして読んだ文献を見て、私もびっくりしました!まさか、私の歴代飼い主たちがアリーチェ様のいう『運命の英雄様』だとは思わなかったので。当時はそんな名前で呼ばれていなかったんですよ?」
そう言いながら、ふと、ひょっとしたら私や本人が知らなかっただけで、周りはこっそりとそう呼んでいた可能性はあるのかしら?なんて考えていた。
そんな私に向かって、アリーチェ様はさらに質問を続ける。顔色がすごいことになっているけれど、大丈夫なのかしら?
「ウッ、ここで気絶するような、今までの私とは違うのよっ!こんな奇跡みたいな話、聞き逃せるわけないじゃあないの……!ルシルお姉様?念のために確認したいのだけど、お姉様の前世、『リリーベル』は、どんな見た目の猫ちゃんだったの?」
「うふふ!それはそれは可愛い白猫だったんですよ!真っ白でふわふわな毛並みに、宝石のような青い瞳が本当に魅力的だって、どの飼い主も褒めてくれていましたし!クラリッサ様のお側にいる時には、クラリッサ様のお仕事と私のあまりの可愛さで、『聖なる猫』なんて呼ばれていたりもしたんですから!!」
リリーベルである私がいかに可愛かったかを話せるのが嬉しくて、私は得意げな顔でふん!と胸を張り、過去の呼び名を披露した。まあ、当時は『聖なる猫だなんて、みんなとんでもない勘違いしてるのね~』なんて思っていたわけだけどね。
私の予想では、アリーチェ様はリリーベルだった頃の私のとんでもない可愛さを想像して、『まあ、それは皆に愛されるわけよね!』なんて感心してくれるのではないかしらと思っていたのだけれど。
「せ、聖獣様ご本人じゃないのーーーーーーー!!!」
「え、え、アリーチェ様っ!?」
私の予想に反して、アリーチェ様はさっきよりも激しく絶叫すると、今度こそパタリと気絶してしまったのだった。
「……今のはルシルが悪いよねえ。ルシルって、リリーベルだった時から、自分のすごさに気付いているように見えて、実際のところは全然わかっていないんだから」
「ええ!?」
なんてこと!全く心外なことを言われているのに、なぜだか皆が納得したように頷いているせいで、とてもじゃないけど反論できる空気じゃないわ……!
 




