91_世界は魔力とともに踊る
音楽に合わせて、光の粒はどんどん増えていく。そりゃあもう大量に、ポワポワ、フワフワとどこからか浮かび上がってはまるで踊る様に漂っている。
「にゃあ!」
「ふみゃあーん!」
(あらあら、猫ちゃんたちも大はしゃぎね!)
マオウルドットの尻尾にじゃれついていた子猫ちゃんたちも、いつの間にか集まってきていた他の猫ちゃんたちも、自分の近くの光の粒に猫パンチを繰り出したり、狙いを定めて飛びついたりして遊んでいる。光の粒は消えたり消えなかったり、風に揺られて避けて見たり、猫ちゃんたちと、なんだか意思を持って戯れているかのようだわ。
ふと見ると、離れの建物から手足を生やした状態のままのマオウルドットも、どこかうずうずして見える。
「マオウルドット!遊びたくてうずうずしているのは分かるけど、あなたは小さくなるまでは大人しくしておいてね!」
「うっ……!フ、フン!オレをこのチビたちと一緒にするなよ!こんな光の粒で遊びたいとか、そんなわけないだろ!!」
ふいっと顔を背けてそうツンとしてみせるマオウルドット。だけど、視線が光を追いかけているのが丸見えだし、尻尾もゆらゆらしているわよ!
これは早く小さくしてあげて、存分に遊ばせてあげないといけないわね!
それに、久しぶりだからどうかと思ったけれど、やっているうちに感覚を取り戻してきて、もう少し大胆に竪琴を奏でても大丈夫そうな気がするわ!
そう思い、私は徐々にマオウルドットから吸い上げる魔力を多くしていく。
すると、魔力を流せば流すほど、竪琴が奏でる音楽は華やかに、遠くに響いていくように大きくなっていく。
光の粒が音とともにふわふわと広がり始めた。まるで、音と一緒に風に乗って運ばれていくような光景だ。
「あらっ?」
よく見ると、その光があちこちにピトリとくっついては、取り込まれるようにスッと消えていく。それは、草や花、土だったり、私がランじいと一緒に育てている野菜だったり、はたまた猫ちゃんたちだったり……。驚いて竪琴を鳴らしながらも周りを見渡すと、フェリクス様やエリオスにも、いくつも光の粒が集まっては消えていくのが見て取れた。
「これは、なんだ……?」
戸惑いながら、自分の手のひらを見つめるフェリクス様。
「うわあ……温かい……」
気持ちよさそうに目を瞑り、息を吐くエリオス。
「これは、まさか、浄化の光なの……?」
その光景を呆然と見つめて呟くエルヴィラ。
「う、うわあ!なんだこれ、大丈夫なのか?……いや、大丈夫そうだな……」
カイン様に抱かれたままだったジャック・マーズ・ミシェルにもたくさんの光の粒が集まっている。驚いたカイン様の腕の中からぴょんっと飛び出した3匹は、お互いにじゃれあってはしゃいでいる。うふふ、楽しそうで何よりだわ!
どこまでも響いていく音楽、はしゃぐ猫たち、揺れる植物や集まった使用人たち。
まるで、青空の下でひらいた舞踏会のよう!
やがて、マオウルドットの体が徐々に小さくなっていく。随分魔力を吸い上げたみたいね。元の可愛らしいサイズまでもう少し。
私は最高にいい気分のまま、竪琴に魔力を流し続けたのだった。
「──うーん。とはいえ、これはまたもや予想外ね!」
やっと悪魔の魔力を発散しつくしたあと、私は周囲を見渡してそう感想を零す。
小さくなったマオウルドット。は、予定通りだからいいとして。
……ランじいと育てていた野菜は普通ではありえないほどに大きなサイズにまるまると太っているし、植えたばかりだった花もこれでもかと咲きまくっている。屋敷の外にはほとんど植物が生えていなかった気がするのだけれど、別世界かのように緑が生い茂っているではないか。ジャングルなの?ジャングルが生まれたの??
そう、光の粒は全ての生命力を大いに肥大させたようで、なにもかもが生き生きと、とんでもない成長を遂げていた。
「このレーウェンフックって、植物がほとんど育たないんじゃなかったかしら……?いや、そりゃあ、ルシルお姉様とランドルフじいの畑は、最近ではそんなこと感じさせなかったとはいえ、これはまた……」
アリーチェ様が呆然と呟く。
「そうよねえ。これって呪いが解けたおかげなのかしら?」
思わず首を傾げていると、どん、っと腰のあたりに衝撃が走った。エリオスが勢いよく私に抱き着いたのだ。
「エリオス?どうしたの?」
「体が……体が、変なんだ」
「まあ!どこか痛い?それとも気持ちが悪い?」
呪いは解けたと思ったのだけれど……。私は思わずエリオスの肩に両手を置いて顔を覗き込む。すると、エリオスは顔をくしゃりと歪めて、そうじゃない、と首を横に振った。
「違うよ、痛いのでも、気持ちが悪いのでもなくて……ずっとずっと、体に血が通っていないような、心臓がすっかり止まってしまったような、そんな妙な感覚だったんだ。僕の時間は止まっていたから、世界から取り残されたような、そんな何とも言えない感覚がずっとあった。あったのに、それが、それが全然ない」
エリオスは混乱しているとも興奮しているとも取れる様子で、必死になって私に自分の体の起こった変化を訴えてくる。
「呪いも解けて、ルシルが魔力を一杯ばらまいたから、エリオスの時間もまた流れ始めたんじゃねーの?葉っぱとか花とかがモリモリ成長したのと同じようにさ~、うわ、お前ら、だからオレで遊ぶなってばー!」
マオウルドットが猫ちゃんたちにじゃれつかれてコロンと転がりながらも、エリオスの異変について教えてくれた。
「そうかもしれない……あは、あはは……僕は、僕も、歳を取れるのか……」
エリオスは泣き笑いのようになって、うわ言の様に何度も呟く。
「僕にも、未来が、あるんだ……」




