86_VS悪魔
悪魔は、とても大きく、首がちぎれそうなほど細く長く、手足も異様に長くて影のように全身が黒い。まるで人に擬態しようとして大失敗したというような、奇妙な姿をしていた。
強い悪魔ほど、人に擬態しようとする。大体の悪魔は人の形に全く見えないレベルだから、きっとこの悪魔はかなり強い個体なんだと思う。けれど私はもっと強い悪魔を見たことがある。本当にどうしようもないほど、絶望しか感じられない程強い強い悪魔は、もっと人間に似ているのよね。
悪魔は宙に高く浮いたまま、その場でくるりと回った。
【あ、あ……御馳走、たくさんだあ】
フェリクス様の方を見て、エリオスを見て、そして最後に私を見て首を傾げると(首が細長すぎて折れたように見えるけど多分傾げていると思う)、甲高い声で、子供のようにはしゃいだように笑う悪魔。
(わー!作り物っぽい声でとっても気持ち悪い!いつか、ヒナコが魔法で変なガスを作り出して吸い込んだあと、こんな声を出していたわね!たしか『異世界版ヘリウムガス!』とかなんとか言っていたっけ)
そんなことを考えながら、今まで出会った中で一番強かった悪魔は話し方も人間そっくりだったわよねと遠い昔のことを思い出す。私が一番、たくさんの悪魔によくあっていたのは、アリス様と一緒にいる頃だった。あれってきっと、アリス様に悪魔に関する相談が多く来ていたから必然的に悪魔と対峙する機会が増えていたということもあったと思うけれど、多分あの頃に比べると、人間の世界にくる悪魔自体が随分減っていると思う。
きっと今ここにアリス様がいたならば、誰も傷つくこともなく、大変な思いをすることもなく、すぐにこんな悪魔、簡単に退治されておしまいだっただろうなあ。
だけど、アリス様はいないから。私は私のやり方で行くわね!!!
本来、ルシルとしての私の持つ魔法は闇属性魔法だけ。だけど、リリーベルの記憶を思いだして、あの頃に飼い主たちから受け取った魔力は全部取り戻すことができたので、歴代飼い主たちが一番得意だった属性の魔法を、今の私も使うことができる。
「えいっ!」
私はクラリッサ様から分けてもらった魔力で光魔法を発動させると、小さな弾のようにしていくつも悪魔に投げつけた!
「えっ!?あれって光魔法……ルシル様、光魔法を使えるの……?」
エルヴィラの驚く声が聞こえる。残念ながら、光魔法は闇魔法ほど得意ではないのだけれど、そんな私の10%程度の力で打った光の弾は悪魔にピシピシと当たり、弾けていく。今はこれくらいのものでも問題ない。
とにかくまずは悪魔の注意を私に引き付けなければ!
【わあ……なに?とっても、邪魔】
この程度ではかすり傷ひとつつけられないけれど、狙い通り悪魔は不快そうな顔をして私を睨んだ。その場に言いようのない緊張感が漂い、私と悪魔以外は息もしていないんじゃないかというほどシン……と静まっている。
そんな中で、私は禍々しく光る悪魔のその目をじっと見つめると、ぷぷっと笑って見せた。
「なーんだ!エリオスとフェリクス様がとっても苦しそうだから、どれほど強い悪魔なのかと思ったけれど、あなた、全然大したことないのねえ」
【あ……?】
まず、最初に私を攻撃してもらわなくちゃいけない。悪魔にとって、何年もこの時を待っていたエリオスは、ものすごい御馳走に違いないから、普通はまずエリオスを食べたいはずなのよね。だけど、エリオスが取り込まれてしまったあとでは、私の作戦が上手くいかない可能性が上がってしまう。そもそもそれではエリオスを助けられないし。
そして、そこそこに強い悪魔が、一番プライドが高い。
「悪魔って、もっと強くて怖いのかと思っていたわ!!」
私が叫ぶと同時に、悪魔から発される魔力がぶわりと大きくなる。うーん、良い感じに怒っているわね!
「くっ……!」
「フェリクス様っ」
だけど、それは同時にフェリクス様やエリオスにかかる負担も大きくなるということだ。
(あとちょっと……あとちょっとだから、頑張ってくださいね、フェリクス様、エリオス!)
【お前ぇ、さいしょ】
悪魔が一層甲高く声を震わせてそう言うと黒いモヤのような魔力がいくつも帯状に伸び、ものすごい勢いで私に向かってくる!
(これは……思った以上だわね……!!)
私は光魔法で自分の体に薄い膜のように防御魔法を張り、悪魔の魔力を受け止める。けれど、この程度の弱い光魔法では、この魔力を消し飛ばすことも、はねのけることも出来ない。つまり、私の周りにはどんどん悪魔の魔力が渦巻いて溜まって、次第に圧と重さを増していく。
【うふうふ、うふふふふ!】
為す術もない私の姿に悪魔は嬉しそうに笑い、嬲るように私に向ける魔力を徐々に増やしていく。
「うっ……!」
さすがに重くて立っていられなくて、私はその場に膝をつく。
「ぐ、う……ルシルっ」
「ルシル様!」
「リリーベル……」
「ルシルちゃん!」
「みゃあ!」
「にゃあーご!」
「ふみゃっ!!」
皆が次々と私を呼ぶ。悪魔の圧倒的な力、何もできない私。
「あ、あ……こんなの、私の力でだって無理だわ……」
エルヴィラの震える声。
その場に絶望が広がっていく──。
……うふふ!みんな気づいていないけど、ジャックとマーズとミシェルだけは、「いけいけー!」「ぶっとばせー!」「けちょんけちょんのぼっこぼこにやっつけちゃえー!」って、めちゃくちゃに盛り上がって囃し立てているだけね!
さすが私の可愛い猫ちゃんたち!こーんな場面でも楽しんじゃうなんて、いとかわゆし!そして、よく分かっているわよね。




