84_カインはいつでもおとぎ話を見る(カイン視点)
待って、待って待って。
俺──カイン・パーセルは一人で混乱していた。
いやいや、ルシルちゃんの前世が世界一可愛がられた猫??
まさかそんなこと信じられるわけが──いや、どうしよう、妙にしっくりきちゃうんだけど……。
俺の中の、普通の感性を持つミニチュア俺が『いやいや、そんな馬鹿なことあるわけないだろ?前世の記憶がある上に、それが猫だなんて!』と脳内で語りかけている。当然だ。俺もそう思う。そう思うのに、だから猫にあんなに好かれていたのか!とか、だから猫と話せてたのか!とか、どうしても納得する気持ちが湧き上がってくる。
いやいや、100歩譲って、ルシルちゃんには前世の記憶がバッチリあって、それが猫だったとしよう。
……おかしなことを言っていたよな?『何百年も生きていた』だって?それ、色々あってで片付けられるようなレベルの発言じゃないんだけど……。何百年も生きる猫ってなんだよ……え?猫ってそんなに長生きだっけ?いや、長生きってレベルじゃないから!!
それに、大賢者エリオス殿がその最後の飼い主だったって?前世のルシルちゃんが何年前に亡くなったのかは分からないけど、少なくともルシルちゃんが生まれるより前のわけだろ?当然だよな。生まれ変わってルシルちゃんになっているわけなんだからさ。
でも、そうなると大賢者殿は、前世のルシルちゃんが亡くなった当時の彼の年齢に今のルシルちゃんの年齢を足した年でなくてはおかしいだろ。
なのに、大賢者殿は、どう見ても幼い子供なんだけど!?!?
いや違う、大賢者とまで言われる人があんな小さな子供である時点であり得ないんだよ。あり得ないことばかりだ。
呪いに関してもそう、ルシルちゃんが言ってる内容はすんなり受け入れるには理解し難いことばかりだ。
大賢者殿がフェリクスの呪いに関わってるってなんだよ?エルヴィラ嬢が呪いを消し飛ばすと大賢者殿も命が危ないってどういうことだ?
ああ、もう、今すぐ頭を抱えてしまいたい!
……それなのに、フェリクスは何の疑問も感じていないみたいだ。
話を聞いて驚いて、一瞬呆然としていたけど、混乱している様子も取り乱す様子もない。
「な、なあ、フェリクスお前、ルシルちゃんの話、全部まるっと信じたわけ?あんな荒唐無稽な話を?信じるにしても色々聞きたくならないわけ?」
ルシルちゃんがまずエルヴィラ嬢とこれからしたいことを話している隙に、俺はこっそりとフェリクスに問う。
俺は何も、ルシルちゃんを疑えって言っているわけじゃない。ルシルちゃんが嘘をつくような子じゃないことも知ってる。だから、きっと全部本当なんだと思う。矛盾している思考だけどな。けど、それはそれとして信じられないだろ?
多分俺はフェリクスにそう問いかけることで、この混乱を少しでも治めたかったんだと思う。
だけど、フェリクスは不思議そうな顔で首を傾げた。
「ルシルが言うんだ。おそらく本当だろう。ルシルは嘘をつかない。さっきもルシルに言ったが、後で説明してほしいとは思っているが、今は時間がなさそうだから、すぐに聞きたいとは思わないだけだ」
うわあああ、すっごい真っ直ぐな目で言うじゃん!
ここまでなんの曇りもない目で『何を当然のことを?』なんて声が聞こえてきそうなほど不思議そうに見つめられると、俺が疑り深い嫌な人間みたいに感じてくるけど、違うからな!多分俺の反応が普通だからな!いくら信じている相手でも、ここまでぶっ飛んだ話だとさすがに秒で受け入れるなんてちょっと難しいもんだからな!
……だけど、心でそう叫んでいる反面、俺は少し泣きそうにもなっていた。
ああ、フェリクスにとってはきっと、これが嘘か本当かはどうでもいいっていうのが正解なんだろうなって、気づいたから。
フェリクスは、ルシルちゃんの話が『嘘なはずがない』から、疑問を持たないわけじゃない。『ルシルちゃんの話だから』、疑問を持たないんだ。
内容なんてどうでもよくて、そもそも『信じる』しか選択肢がないんだ。
……あんなに人を遠ざけて、壁を作り続けていたフェリクスが、これほど真っ直ぐに人を信じるようになるなんて。
俺が言葉に詰まっていると、フェリクスは俺が納得できないでいるとでも思ったのか、言葉を続けた。
「それに、もしも何もかも嘘だったとしても、ルシルのことだからきっとそうすべき理由があるということだろう。だから、何も不安に思うことはないぞ」
……ははっ、なんだよそれ、なんで俺が不安に思ってると思って励ましてるんだよ。俺はお前の心配をしてるんだよ!
だけどそうだな。心配なんていらないみたいだ。俺が野暮だった。
あのフェリクスがここまで信用してるんだ。どう転んだって悪いことにはならないだろ。だって俺が心配するのはいつだって、見かけによらず繊細で、とんでもなく不器用で、実はめちゃくちゃ頼りない目の前のこの主、フェリクスのことだけなんだからさ。
フェリクスが大丈夫なら、大丈夫だ。
「──ではフェリクス様、話を聞いてもらってもいいですか!?」
「ルシル、ララーシュ嬢との話はもう終わったのか?」
「はい!ひとまずは」
エルヴィラ嬢との話が終わったらしいルシルちゃんが笑顔でフェリクスに駆け寄ってくる。
そういえばフェリクス、何度エルヴィラ嬢に名前で呼んでほしいって言われたって、ずっとララーシュ嬢って呼んでるな。ルシルちゃんのことは、彼女に対する誤解が解けてすぐに名前で呼び出したくせにな。この無自覚め、結局お前にとってルシルちゃんはかなり最初の方から特別なんだろ。
はいはい、わかったよ。俺は大人しく、そんなお前の気持ちを見守っているさ。
……それにしても。
「ル、ルシルちゃん!ちょっと待って、俺は!?俺は何をすればいい!?」
ぐいぐいとフェリクスを引っ張って行こうとするルシルちゃんを慌てて呼び止める。まさか、俺だけ役立たずだなんて言わないよな!?
すると、彼女は神妙な面持ちで振り返った。
ええっと、とはいえあんまり重要な役目を任されても困るんだけど──。
「カイン様には、とてもとても大切な任務をお願いしたいのです」
「な、なんだろう」
思わずごくりと喉がなる。
「カイン様には、この子たちを離さずに、全てが終わるまで一緒にいてほしいんです!」
──そう言ってルシルちゃんが指し示した方には、いつもルシルちゃんにべったりな3匹の猫がいた。
「ええっと」
「すみません!カイン様にこんなに重要な任務をお願いすることになって……!でも、この子たちはフェリクス様やエリオスには近寄れないし、エルヴィラはフェリクス様のそばにいてもらわないといけないし、カイン様にしかお願いできないんです!」
「……わあ、そんな重要な任務、任せてもらえて嬉しいよ。任せて……」
「ああ、ありがとうございます!」
ルシルちゃんは心の底から安堵したように微笑んで喜んでいる。
そうだよな!猫ちゃん大事!可愛いしな!
「にゃーお!じゃあジャック、マーズ、ミシェル!カイン様から離れないでね!」
「みゃあ!」
「うなあ〜ん」
「しゃー!」
猫たちは心得た!とばかりに凄い勢いで俺の足によじ登ってくる。ねえ、1匹威嚇してない?
くそっ、それにしても本当に可愛いな……。
俺はそんな3匹を抱き上げながら、これから何が起こるのか、大人しく見守ろうと覚悟した。
さあ、ルシルちゃん。今度は一体、どんなおとぎ話を見せてくれるんだろうか?




