82_わがままだとは分かっているけど
思わず後方で馬上に残ったままのエリオスの方をちらりと見ると、心配そうに私の方を見つめていた。少し距離があるとはいえ、きっと今のエルヴィラの声はギリギリ聞こえているわよね。私はエリオスを不安にさせたくなくて、大丈夫よ!という気持ちを込めて頷いてみせた。
こういうのは引き延ばせば引き延ばすほど言いにくくなるだけなんだから、もうサクッと伝えてしまおう。えいっ!
「エルヴィラ様、ごめんなさい。本当に本当に申し訳ないのですが、エルヴィラ様にフェリクス様の呪いを解いてもらうわけにはいかないんです!」
「えっ?」
キラキラとはしゃいでいた笑顔のまま、エルヴィラが固まった。
それはそうよね。エルヴィラは光魔法の覚醒者として、全くの善意から当然のことをしようとしているのに、まさかそれをやめてほしいと言われるとは思いもしなかったはずだもの。
これは説明をしなくては!と思うものの、一から十まで丁寧に話している時間はないので、私はできる限り端的に伝えようとする。
「ええっと、実はフェリクス様の呪いはあまりに強いので、その呪いをエルヴィラ様の力で解こうとすると、呪いに反応したエルヴィラ様の力が強くなりすぎて、呪いを解くと言うよりも、呪いそのものを力尽くで消し飛ばす感じになっちゃうんです!」
「……なんでそんなこと分かるんですか?というか、消し飛ばすんだっていいじゃないですか?」
ああっ!エルヴィラの立場ではそう思うのも当然よね!
そもそも、私の考えている方法を実行するために、エルヴィラの力も借りたいと思っていたのだ。そのためには核心に迫る情報も伝えておかなくてはいけない。一瞬どう伝えるか迷ったものの、迷うだけ時間が過ぎていくわよねと気を取り直した。
「実は、フェリクス様の呪いにはエリオスが深く関わっていまして……。呪いごと消し飛ばしてしまうと、もれなくエリオスも消し飛んでしまうことが分かったのです!」
「待って待って、ルシル様、何を言っているんですかっ!?」
しまった!エルヴィラは大パニックだわ!
私は慌てて言葉を続ける。しかし、私といえどもやっぱり焦ってしまっているのか、説明しようと思えば思うほどうまい言い方が分からなくなってしまう。ううう!
「とにかく、エルヴィラ様が強い力で呪いを消し飛ばすとエリオスも危険に晒されてしまうので、呪いについては私に任せてほしいんです!!」
「……ルシル様。あまりよく分からないんですけれど、その話が本当だとして、一体何がいけないんですか?」
「えっ!」
予想もしていなかったエルヴィラの言葉に、思わず言葉に詰まってしまった。そんな私の反応をどう思ったのか、エルヴィラは顔を険しくして、不審そうな目で私をじっと見つめる。
「ルシル様の話が本当だとすると、エリオス様がフェリクス様の呪いに関わっているということですよね?それなら、エリオス様が呪い返しとして危険な目にあっても、仕方のないことではありませんか!」
「そ、そういう考え方もあるわね」
「それなのに、呪いをかけた側のエリオス様を助けるために、何の罪もない、ずっとずっと呪いに苦しんできたフェリクス様に、まだ苦しめって言うんですか!?そんなのってないです!」
「……そういう考え方も、あるわね」
エルヴィラの言っていることは間違ってはいない。経緯がどうあれ、呪いをかけたのはエリオスということになるし、呪いを力尽くで消し飛ばすとエリオスの命が危なくなるのも、一種の呪い返しのようなものだもの。現状呪いとエリオスはセットのような状態で、それは自業自得と言ってしまえばそれまでのこと。
私は気がついた。エルヴィラは、私が思っていたよりもずっとずっと『正しい』考え方をする人なんだわ。
「……もちろん、フェリクス様の呪いはどうにかするつもりよ。ずっとそのまま呪いで苦しめばいいだなんて思っていないわ」
「最近、魔物の出現が増えているのはルシル様も知っていますよね?私、覚醒して分かったんですけど、どうやら呪いは日に日に強くなっているみたいです。つまり、フェリクス様の感じる苦痛も刻一刻と強くなっているってことなんです。どうしてここにきて急にそんなことが起こっているのかは分かりませんけど」
私はその理由を知っている。エリオスの願いが叶えられたからだ。
「だからこそ、一秒でも早くフェリクス様の呪いを解いてあげたいんです!そうする力をやっと手に入れたのに、どうしてルシル様は……ルシル様は、フェリクス様のことをもっと考えてあげられないんですか!?」
エルヴィラは、話しながらどんどん興奮してヒートアップしていく。
「勝手なことを言っているのはわかっているわ。わがままなのも分かってるけど、私はどうしてもエリオスのことも救いたいの!」
「だけど、そもそもエリオス様って呪いに精通した大賢者様なんですよね!?ルシル様に助けることができるなら、ご自分でどうにかできる気がしますけど!」
「確かに、エリオスなら本気を出せばどうにかできるかもしれないわね」
実際、エリオスが諦めていなければ、罪の意識を持っていてその罰を受けることを受け入れていなければ、本気で何をどうしても生きたいのだと思っていれば、エリオスが自分自身でどうにかすることだって本当はできたのではないかと私だって思っている。
けれどエリオスは出来なかった。
「ルシル様もそう思っているのなら、早く呪いを……」
「だけど、心は自分じゃ救えない」
私は、エリオスの命だけを助けたいわけじゃあないのだ。




