78_エリオスの秘密を聞きたい
重大発言をしておきながら、くわっと呑気にあくびをしているマオウルドットに詰め寄る。
「ねえ、マオウルドット?エリオスがいなくなるってどういうことなの?」
「へっ?」
すると、マオウルドットは次の瞬間には『やべ』と呟き、口をすぼめた。
「言っちゃいけないんだっけ……いや、でも、あいつ、別に内緒にしててくれとは言わなかったような……しまったな、もう大丈夫なんだと思ってたから、ついうっかり」
「ねえ、どういうことなの?」
ぶつぶつと言い訳じみた独り言を呟くマオウルドットにもう一度聞くと、マオウルドットはうーんと首を傾げ、まあいいか、どうせもうすぐ知るんだし、と一人で納得したように呟いた。
「詳しいことは興味なくてあんまり覚えてないから、エリオス本人に聞いてくれよ!」
そう言いながら教えてくれた内容に、私は心の底から驚くことになる。
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エリオスは、相変わらずベッドから起き上がれないほど憔悴して、ずっと横になっている。ときどき熱を出してはうなされているようだ。
その側に椅子を寄せて座り、手を握ると、エリオスはゆっくり目を開けて私を見つめた。
「ふふふ、リリーベルだ。リリーベルがこうして側にいてくれて、僕嬉しい……」
「ええ、側にいるわよ。これからも、ずっとずっとね」
いつものエリオスなら喜びそうな返事にも、幸せそうに顔を緩めるばかりで、何も言葉を返すことはない。そうよね、最近のエリオスは、ずっとそうだったわ。私がこの先の未来の話をしても、決定的な言葉を言うことは決してなかった。ただ嬉しそうに笑うばかりで、『未来があることを肯定する』ようなことは、一度も言っていなかったのだ。
私ったら、どうして気付かなかったのかしら?
ううん、だって、まさかエリオスがいなくなるかもしれないなんてこと、思いもしないじゃないの!
「エリオス。マオウルドットに聞いたわ。あなたがいなくなるって、どういうことなの?」
聞いたのは、話のほんの導入の部分だけだったから、実際のところなにがなんだかさっぱり分かっていないのよね。マオウルドットに少しだけ話を聞いたことを私が告げると、キュッと握ったエリオスの手がピクリと震えた。
「そう、マオウルドット、言っちゃったんだ。まあ、あのドラゴンがリリーベルに何かを秘密にしておけるとは思えなかったから、僕も別に内緒にしてとは言わなかったんだけど。だって、僕なら大好きなリリーベルに何かを内緒にしておくなんて、苦痛でたまらないもの」
「でも、あなたはその苦痛をおしてでも、私に秘密にしておこうとしたのね」
エリオスはどこか困ったように微笑む。
「だって、できることならリリーベルとは、楽しい思い出だけを作ってさよならしたかったんだ」
「さよならになんてさせないわよ」
「ふふふ、僕のリリーベルはやっぱり優しくて、頼もしくて、かっこいいなあ」
そして、握った手にそっと力を込める。
「どうせマオウルドットのことだから、僕の話したことの半分も覚えていなかったでしょう?だってあいつも、リリーベル以外に特に興味がないからね。そうだな、どこから話そうかな。やっぱり、リリーベルがいなくなった後のこと、最初から全部話すべきなのかな……」
そう言ったエリオスは、そこからぽつぽつと、私が彼の代わりに魔法陣に飛び込んだ後のことを話しはじめた。
私は咄嗟にエリオスの身代わりになったけれど、あのあと無事に生贄として魔法陣が発動し、悪魔が現れてしまったこと。その悪魔が、生贄としての私にすごく満足して、エリオスの願いを叶えると言い始めたこと。エリオスはその悪魔の囁きに、『リリーベルにもう一度会いたい』と願ったということ。もちろん、そこには代償が生まれたこと。
代償を払うのが自分だけではないと気付き、呪いの解き方について一人ぼっちで研究するようになったこと。
……だから、エリオスは呪いにとっても詳しくなったのね。そしてその力と知識で、王家にまで存在を隠されながらも重用されて、やがて大賢者とまで呼ばれる程になったのだ。
私は胸が締め付けられる思いだった。
エリオス。エリオスは、リリーベルの頃の私と初めて会った時も一人ぼっちだった。それが普通だと思っていたから平気でいただけで、本当はすごく寂しがり屋で、とっても甘えん坊だったのよね。私はそんなエリオスが可愛くて可愛くて、いつかもっと広い世界に連れ出して、たくさん楽しいことや面白いことを教えてあげたいと思っていたのよ。私が愛する飼い主たちにそうしてもらったように。
なのに、私は先にいなくなってしまって。それでもエリオスがどうにか幸せになってくれればいいなあと思っていたのに。
(エリオスは、あれからずっと一人ぼっちで、また私に会える日を待っていたのね……)
エリオスには私しかいなかったのに。急にまた一人になって、側に誰もいなくて、魔塔で自分を責めながら呪いの研究をして、きっと気が遠くなるほどの長い長い時間を……一体どんな気持ちで過ごしていたの??
(けれど、どうして今更、エリオスがいなくなるという話になるのかしら?)
私はそう思ったけれど、その疑問の答えはここからのエリオスの話にあった。




