76_予知夢と変わっていく未来
フェリクス様の夢の話を聞いてから数日。
相変わらず体調が良くならないエリオスの側で様子を見ながら、私はずっと、その夢について考えていた。
(……うーん、やっぱり、どう考えても私の見た予知夢と同じものよね?)
話を聞く限り、私の見た予知夢とほとんど同じ内容だった。違うのは、その時間を見る視点。予知夢は自分の視点から未来を見るものだから、もちろん私は私の視点で夢を見たし、フェリクス様は同じ未来をフェリクス様の視点で見たようだった。全く同じと言わず、『ほとんど』という表現に落ち着いたのは、恐らく起きていることは同じなのに、感じ方・捉え方が違いすぎて、本当は別の出来事の可能性もあるのじゃあないかしら?と思えてしまったからだ。
とはいえ、もう予知夢の時間軸に入っているので、このタイミングでフェリクス様が見たのはもはや予知夢ではなく、あえて言うならば『あったかもしれないもう一つの現実』と言ったところかしら。
エリオスが同じ予知夢を見たという前例もあるし、あり得ないことではないのよね。何よりも、フェリクス様までもが予知夢を『共有』した理由に心当たりがある。
(どう考えても、魔力枯渇に陥ったときに、空っぽの魔力回路の中を一度、私の魔力でパンパンにしたせいだわ!)
つまり、アリス様が私に魔力で長い寿命を与えたことで、私はアリス様と一緒に予知夢を見るようになったわけだけれど、それと同じようなことが私とフェリクス様の間にも起こったというわけよね。とはいえ、私の力でもアリス様と同じ現象が起きるなんて、とっても不思議だわ!だって、大魔女アリス様と私では、力の強さにとんでもなく大きな隔たりがあるわけで、まさか私のちっぽけな力でそんなに他者に影響を与えられるなんて、考えたこともなかったんだもの。
興味深い事実にうんうんと頷きながら、しかし、ずっと気になっていることに思考は飛んでいく。
「フェリクス様、予知夢のことを、『悪夢』だって、はっきり言っていたわね……」
夢の中の自分が幸せを感じていたことすら、恐怖に感じているのだと言っていた。これって、一体どう考えればいいのかしら?
確かに、予知夢とは違って今の私は比較的穏やかで、フェリクス様ともなかなかいい友好関係を築けていると思う。その記憶があるからこそ、夢の中の私がいかに暴力的で、厄介で、前評判通りの醜い悪女の振る舞いをやめなかったとしても、処刑にまでなったことに対して後味の悪さを感じるのも無理はないということなのかもしれないわね。
だけど……
「夢の中で感じたことも教えてくれたけれど、随分と思っていた感じとは違っていたような……」
私が予知夢で見たフェリクス様は、とってもエルヴィラを愛しているように見えたのだけど、フェリクス様の話を聞く限りは、そういうのとは少し違ったように思えるのよねえ。もちろん、夢の中での振る舞いの際にどう思っていたかという内容を解説してくれているのが、その時のフェリクス様ではなく、少し変わった未来に生きる今のフェリクス様である時点で、全てが本当にその通りだったかは分からない部分もあるとは思うけれど。
恐らく、運命のヒロインであるエルヴィラの力に触れることで、私の魔力の影響で潜在的に見られるような状態になっていた予知夢が引き出される状態になってしまったのだと思う。
それにしても、普通、夢の中で恋人だったりすると、現実でも多少なりとも意識しちゃうものではなかったの???
だって、恋多き女であるローゼリアも、あまり異性に興味がなさそうだったヒナコも、両極端な二人が二人とも、同じようなことを言っていたわよ?『昨日までなんとも思っていなかったのに、あんな夢を見ちゃったからちょっと好きになってしまったじゃないの!』って!ちなみにヒナコはその理由について、脳がどうとか、夢とはつまり~とか、よく分からないことを交えて説明してくれたけれど、あんまり覚えていないのよね。だって、本当によく分からないことだったんだもの。
「リリーベル?一人で何を言っているの?」
考え込んでいた私は、エリオスに袖を引かれてハッと我に返った。
いけないいけない、側にいるのに全然別の考え事に集中しちゃうなんて、具合の良くないエリオスに寂しい思いをさせちゃうわよね。
「ごめんね、なんでもないのよ」
ちなみに、フェリクス様は夢の話をしたあと、すぐにまた魔物の発生の報を受けて慌ただしく出て行った。その後もやはり魔物発生が頻発していて、あれからゆっくり話をする時間をとれていないのよね。
具合の悪いエリオスにはゆっくり休んでほしくて、最近のあれやこれはあまり話していないので、考え事については言わなかったのだけれど、エリオスはそのことをとても気にし始めてしまった。
「なあに?僕、気になる。リリーベルはずっと何を考えているの?」
……ここまで気になってしまったら、隠せば隠すほどさらに気になってしまうわよね?
そう思い、私は一番軽い内容について話すことにした。
「実はね、エルヴィラがレーウェンフックを去って行ってしまったのよ。予知夢の私はフェリクス様の側にいるエルヴィラの印象しかないものだから、ここからどうなるのかと思って気になってしまって」
未来が変わったとはいえ、エルヴィラはフェリクス様の呪いを解く『運命のヒロイン』なのだから、そのこと自体を疑ってはいないので、本当にただ興味本位で気になる話をしているくらいの気持ちだったのだけれど。
私の予想に反して、エルヴィラがいなくなったということに、エリオスが酷く狼狽え始めた。
「エルヴィラが、レーウェンフックからいなくなった?どうして?待って、フェリクスの呪いは?」
「ええっと、呪いはまだ解けていないようだけど……でも、予知夢の時間とは色々と少しずれ始めているじゃあない?そこまで心配しなくても大丈夫なんじゃないかと思うのだけど」
「違う……違うんだよ、リリーベル。エルヴィラには、絶対に役目を果たしてもらわなくちゃいけないのに。未来が変わったって、どこまで?万が一、エルヴィラが覚醒しなかったら?そのときは、そのときは……」
取り乱したエリオスは必死で言葉を零していたけれど、次第に意識が朦朧とし始めたようだった。
「まあ!ひどい熱だわ!エリオス、大丈夫。大丈夫だから、今はゆっくり休んで」
「でも、リリーベル。未来が……」
「エリオス。未来は変わっても、核になる運命は存在するの。大丈夫。エルヴィラは必ず覚醒するし、フェリクス様の呪いは確実に解かれることになるから」
「本当に……?」
「本当よ!私がエリオスに嘘をついたことがあった?」
「ううん……そうだよね、リリーベルが言うなら、きっと大丈夫だよね……」
そこでやっと安心したように落ち着いたエリオスは、すぐに眠りについた。熱が上がって、不安定になって、軽くパニックを起こしてしまったようね。
それにしても、『エルヴィラには絶対に役目を果たしてもらわなくちゃいけない』という言葉が少し引っかかるけれど……。どちらにしろ、その役目は確実に果たされるはずなので、今は気にせず、エリオスのことに集中しようと思い直したのだった。




