74_もう来ないってどういうことですか?
「エリオス、大丈夫?」
「うん……大丈夫だから、リリーベル、側にいて……」
ベッドにもぐりこみ、横になったエリオスが甘えてお願いしてくる。少し前からエリオスは体調を崩し始め、この2、3日は起き上がるのも辛いようでこうしてぐったりとしている。なぜかラズ草の万能薬も効かなくて、お医者様に診てもらっても極度の疲労だと言われるばかりでとっても心配だわ。
(そうよね、体調が悪いと、甘えたくなるわよね)
心配だけれど、どうやら、これまでにもこういうことは何度もあったらしい。エリオスの体は成長が止まっている。その弊害なのかもしれないわよね……。
私はうーん、と考える。私もリリーベルだった時に、アリス様がかけてくれた魔法で長い寿命を手に入れた。だから、エリオスが昔のままの姿で今も生きていることも、それと同じような魔法の効果なのかと思っていたのよね。実際にエリオスも、以前軽く聞いた時に『これは僕自身が望んだ結果なんだ』って穏やかな顔で言っていたから、余計にそう思ったわけだけど。
けれど、こんな風に体調を崩す姿を見ると、その考えは間違っていたのではないかしらと思えてくる。
(もしも、エリオスのこの状態も、フェリクス様と同じように、呪いの一種だったとしたら……)
ふと、そんな考えがよぎる。うん、その可能性はかなりありそうな気がするわ。だから、エリオスは呪いについてたくさん勉強したのでは?だから、呪いを解く力がない私には、心配をかけまいとそのことを内緒にしているのでは?……どうしよう、考えれば考えるほど、この考えはしっくりくるわね!
だけど、もし本当にそうだとするなら、覚醒した後のエルヴィラなら、エリオスの体の問題も解決できたりしないかしら?
そこまで考えが及ぶと、エルヴィラはどうしているのかしらと気になり始めた。
最後に顔を合わせたのはエルヴィラがこの離れに会いに来てくれた時だ。あれから何度か、遠くから姿を見るくらいはしているけれど、あまり私が口を出すのは良くないかもしれないと、彼女の近況については一切聞いていないのよね。そろそろフェリクス様との仲も進展しているのではないかしら?光魔法の能力が覚醒前にどれくらい向上するのかも単純に興味があるし、そろそろ一度、どうしているのか聞いてみてもいいわよね。
そして、サラに話を聞いてみたのだけれど。
「──ええっ!?エルヴィラは、もうレーウェンフックに来ない???」
予想外の話に、思わず驚いてしまう。なんと、エルヴィラは十分に光魔法を上達させ、今日でこのレーウェンフックに通うのはおしまいになったのだと言うではないか。ええっと、どういうこと?これからは、フェリクス様がエルヴィラのいるララーシュ領に通うってこと?ええっ?でも、討伐の頻度は上がるばかりのようだし、そんな時間があるのかしら?
(予知夢とは、随分流れが変わっているから、何が起こっても不思議ではないのだけど……それにしても、今って一体どういう状況なのかは、気になるところよね!)
万が一、何か良くないことが起こっているとしたら、放ってはおけないし。そんな風に思い、どうしようもなく気になってしまった私は、本邸のフェリクス様に直接話を聞いてみようと思い立ったのだった。
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「ルシル!俺も、あなたに会いに行こうと考えていたんだ」
本邸に顔を出すと、私を見つけたフェリクス様は顔を綻ばせて迎えてくれた。
うーん……少なくとも、こうして見る限り、何か良くないことが起こったようには見えないわね?
部屋に通され、ソファに座ると、なぜかフェリクス様はいつものように向かいのソファではなく、私の隣に座った。いつにないことに内心で首を傾げるものの、別にそれはどうだっていいわよねと気にしないことにする。
サラが二人分のお茶を用意して退室すると、室内には私とフェリクス様だけが残った。カイン様はサラたちと一緒に、部屋の外にいるらしい。これも珍しいことよね?
けれど、そんなことよりも気がはやった私は、さっそく聞きたいことを聞いてみることにした。
「あの、エルヴィラ様がもうレーウェンフックに来ないというような話を耳にしたのですが」
切り出してすぐに、フェリクス様は眉間にうっすらと皺を寄せ、なんだか少し苦しそうな表情になった。ううん?これは一体、どういう意味の表情なのかしら?
「ララーシュ嬢には、俺がもう来る必要はないと伝えた」
「ええっ?ど、どうしてですか!?」
「彼女の光魔法の能力は、もう十分に向上したからな」
なんでもないことのようにフェリクス様は答えるけれど、私の頭の中ははてなでいっぱいだ。確かに、エルヴィラは『光魔法の向上のために』とこのレーウェンフックにやってきて、そして毎日通っていたのよね。だけど、それってきっかけであって、どんどんフェリクス様との距離も近くなっていたじゃない?だから、予知夢と同じように、今では少しでも一緒にいたくて、そうしている部分も少なからずあるんじゃあないかと思っていたのだけど……。
予知夢の私は頭に血がのぼっていて気がつかなかっただけで、フェリクス様は思ったよりもそういう気持ちと、お仕事を分けて考えたいタイプだったのかしら?
そう思い、動揺しながらも、もう少し詳しく聞いてみてもいいかしらと考えて、口を開いた。
「でも、エルヴィラ様の能力は、レーウェンフックにとってもとても大きなものだったのではないですか?それならば、お側にいていただくのもよかったのでは……」
「いや、彼女をこれ以上側に置くことは耐えられなかった」
耐えられなかった?なんだか不穏な言い方に聞こえるけれど、どういう意味かしら?
思わず首を傾げると、フェリクス様はますます表情を固くする。
「ララーシュ嬢は確かに、特殊な力を持っているようだった。以前、大賢者殿が言っていた、呪いを解く力を持つ人物とは、彼女のことだったのではないかとも思った」
その通りですよ!!私は心の中で、全力で首を縦に振る。
「実際に、彼女は俺の手袋なしの素手に触れても、呪いの影響を受けなかった。それどころか、魔法を使ってもいないのに、少しの回復効果があったように思う」
「まあ!やっぱり!何度かお見かけして、ひょっとしてそうなのかしらと思っていたんです!なるほど、そうでしたか。触れるだけで、回復効果……よっぽど、相性がいいんですわね!」
嬉しくなって思わず笑顔でうんうんと頷いていると、フェリクス様は目を眇め、私をじっと見つめた。
「……言っておくが、これは、ララーシュ嬢が呪いの影響を受けないかもしれないという可能性に気付いて、本当にそうなのかを試したかっただけで、何も俺自身がララーシュ嬢に手袋なしで触れたかったなどと、そういう意味合いは一切ないので誤解しないでほしい」
「ええっ?は、はい。ええっと、けれど、それほどの力を実感していたのなら、なおさらどうして、エルヴィラ様をレーウェンフックに留めておかなかったのですか?」
「理由はいろいろとある。ルシル、あなたに、今伝えたような誤解を生むのではないかと思うと恐ろしく思ったというのが大きな理由の一つだ。だが、もう一つ……彼女の手に触れた日は、必ず、夢を見るんだ」
なんだかフェリクス様は不思議なことを言っている気がしたけれど、それよりも、最後の言葉が気になった。
「夢、ですか?」
フェリクス様は、顔をくしゃりと歪めて頷いた。
「ひどく恐ろしく、そしてまるで、未来の一つを覗き見ているかのように、妙な現実感のある夢だ」




