66_小さな体でも、全然問題ないです
「ルシーちゃん、だいぶ野菜も育ってきとるわい!」
「まあ、本当ね!さすがランじいだわ!」
お日様が暖かい昼下がり、今日も今日とて私はランじいと庭でお花や野菜の手入れをしていた。
「ほれ、なにを怖がっとるんだ!お前さんもどんどんやってみろ」
「は、はい……」
ランじいに促されて、エリオスがおずおずと花の苗を植えている。うふふ!ランじいったらやっぱり面倒見がいいわよね!私にくっついてきたものの、端の方でじっとこちらを見ているばかりだったエリオスをとっつかまえて、ついにスコップを握らせちゃったわよ!
「いいか、お前さんはもっと花を愛でて、ここの野菜を食え!」
ランじいは、とっても幼いのに一人で離れにやってきて移り住んだ上、内気で大人しいエリオスがとても気になるらしく、驚くほど世話を焼こうとしている。
まあ!?ちょっと待って、今ランじいがエリオスに食べさせようとしているもの、あれは私が待ちに待った自然に育ったトマトじゃあないの……!魔法ですぐに育てたものは食べたけれど、最後までランじいが手塩にかけて育てたトマトは私だってまだ食べていないのに!ランじい、これはひどい裏切りだわ!なんて、ちょっと悔しくなったけど、相手はエリオスだものね。
(くっ……仕方ない、私はお姉さんですからね!トマトの一つや二つ、譲ってあげますよ……!)
いや、やっぱり二つ目は私が食べたいわね……。
そんなことを考えながら、ランじいからエリオスの手にトマトが渡されるのを羨ましく見つめる。うん、エリオスがトマトを食べたら、私もランじいのところへ行って次のトマトをもらうんだから!
今すぐに私が行くと、エリオスが遠慮しちゃって、あの美味しいトマトを食べないかもしれないので、お姉さんの私はほんの少しだけ我慢することにする。
「……僕、食べても大きくなれないよ」
大きく育ったトマトを両手で包み込むように持ちながら、エリオスがそんなことをぽつりと零した。エリオスは、ずうっと昔、私がリリーベルだった頃に見ていた姿そのままだ。実は、まだ私がいなくなった後のことを詳しく聞けていないのだけど、きっと何らかの理由で、体の時間が止まってしまっているのよね。
しかし、少し俯いてしまったエリオスを、ランじいはすかさず鼻で笑う。
「ハン!何が大きくなれないよ、だあ!」
「え……今僕、鼻で笑われたの……?」
「確かに、お前さんは随分小柄みたいだからな、なかなか大きくなれねえんだろうよ。だけどな、分かってねえな、坊主。美味しい野菜が育てるのは何も体だけじゃあない」
「ええ??」
「いい食いもんはな、心も大きく育てるんだ。美味いもんを食べて、腹が満たされりゃあ、心も満たされる。胃袋と同じで、何度も何度も満たされてると、自分の内側もでっかくなるってもんよ」
「自分の、内側……」
エリオスはどこか呆然と呟くと、じっとトマトを見つめ、意を決したように齧り付いた。
「ワハハ!いい食いっぷりじゃあねえかい」
「……おいしい」
うーん、もういいわよね?これ以上我慢できないわ!
「ランじい!私にも美味しい美味しいトマトをちょうだい!」
「ルシーちゃん、任せとけ、一番おいしそうな実はルシーちゃんにとっておいてやっとるからな!」
ラ、ランじい!!一瞬でも裏切りだと思ってしまってごめんなさい!
一際おいしそうに育ったトマトを受け取りながら、ふと少し離れた場所に目を向けると、マオウルドットが子猫たちを相手に何やらずっと喋っていた。
「いいか、オレはお前たちの友達じゃない!なんたってオレは誇り高きドラゴンだからな!こんなちっこいお前たちが近づくのも恐れ多いドラゴンなんだぞ!」
「みゃーん!」
「え?ドラゴンのわりには小さいって?これには色々事情が……」
「みーみー!」
「おい!?今オレのことを丸いって言ったやつ前に出ろ!!」
うふふ、マオウルドットったら、すっかり猫ちゃんたち、とくに小さな子たちと仲良しになっているわよね。
平和で、楽しくて、思わずにんまりしてしまう。それにトマトがとっても美味しい!
どんどん食べてしまって、ついつい4つ目をランじいにおねだりしていると、エリオスが目を丸くして私を見つめた。
「……こんなに大きなトマト、まだ食べられるの?」
「美味しいものはいくらでも入るのよねえ。私、自分の胃袋が闇魔法で作った空間に繋がっているのじゃあないかしら?なんて思うことがあるわ」
「かっかっか!ルシーちゃんは食べっぷりの良さまで可愛いわい!ほれ、お前さんももっともっと食べて、どんどん食えるようになれ!」
ランじいはそう言うと、エリオスの頭を豪快に撫でた。それに対してエリオスは少し気恥ずかしそうにはにかんでいるものの、嫌がっている様子はない。よかった、エリオスが相変わらずあまりに人見知りのようだから、少し心配していたのだけれど、どうやら杞憂だったようね。
そうして並んでトマトを食べていると、猫ちゃんたちが続々と集まり、私たちの足元にごろにゃんごろにゃんと転がって甘え始める。
今日はとっても晴れているし、こうして外にいると気持ちがいいわよねえ。
私も後でみんなと一緒に日向ぼっこをしようと思いながら、見せつけられたお腹を撫でていると、本邸の方にフェリクス様が馬に乗り戻ってくるのが見えた。側には同じようにそれぞれ馬に乗ったカイン様とエルヴィラがいる。
あれから、エルヴィラは無事にフェリクス様の側で働くことが決まった。討伐があれば同行して、それ以外の時には側に控えてお話ししたり、メイドの代わりにお茶を淹れたりしているらしい。
そして、気付いたのだけど、驚くことに時々フェリクス様は、手袋を外している時があるようなのだ。いつも、片時も外すことがなかったあの黒い手袋を。
(あら?そういえば、予知夢のフェリクス様は、手袋なんてしていたかしら?)
とはいえ、予知夢の中では私は徹底的に避けられていて、会うとしても一瞬のことだったから、手袋をしていたかどうかなんて、ほとんど覚えてはいないのだけど。
(まあ、とにかく、エルヴィラとフェリクス様は順調に距離を縮めているみたいね!)
だけど、問題はエルヴィラの覚醒だ。予知夢では私が闇魔法を暴走させて、それをきっかけに覚醒したエルヴィラの大きな力。でも、もちろん今の私はそんなことをするつもりはないし、むしろリリーベルの記憶を取り戻した今、どんなに大きな力を使おうとしても、魔法が暴走することはないと思うのよね。
うーんと考えながら、私は改めて、アリス様が教えてくれた予知夢についての話を思い出してみる。
『いい?アタシの可愛いリリーベル。予知夢の未来は変えられるけれど、その中の、本当に大事な運命は変えられないものなのさ』




