07_『運命の英雄』ってなんですか?
「ちょっと!あなたその返事の時全然気持ち入ってないでしょう!?気の抜けた返事をしてっ、まさか運命の英雄を知らないのっ!?」
鋭い指摘に思わずびくりとしてしまう。アリーチェ様、すごい観察力だわ……!私の返事に気が入っていないのも、運命の英雄のことを知らないのも全部バレてしまっている!
「運命の英雄ってなんですか?」
こういう時は素直が一番。
私の純粋無垢な問いにアリーチェ様は小さくため息をついた。
「はあ……信じられないけど、仕方ないから無知なあなたにこの私が教えてあげるわ。運命の英雄はその名の通り、ある時代の運命を変える力を持った英雄のことよ」
とにかく、なんだかすごくてとっても特別な人ってことね?
「いろんな時代のいろんな身分の偉大な方が運命の英雄だったのよ。例えば800年前の大魔女だったり、600年前の冒険者だったりね。物語に出てくるような聖女様や勇者様がそうだったこともあったみたいだし、錬金術師の英雄様の正体は実は平民の大商人だったそうよ!」
「それはすごいですね!」
「ふん!あなたではこのすごさの100分の1も理解できないでしょうね!」
うんうん、私にも分かるわ!つまり想像の100倍すごいと言っても過言ではないほど、とてもとてもすごいということね!
「でも、そんなにいろんな身分や肩書きの方がいたのでは、一体どうやって『運命の英雄』だと分かるのでしょうね?」
疑問に思い首を傾げて考えていると、アリーチェ様がピシリと私を指差した。
「運命の英雄には共通点があるのよ」
「共通点ですか?それは一体どんな?」
「それはね、聖獣様よ!運命の英雄には必ず聖獣様がおそばに寄り添っていらしたの!なんでも、艶やかな真っ白の美しい毛並みに海の一番深い色のようなブルーの瞳を持ったとっても麗しい聖獣様だったそうよ!」
真っ白の毛並みに海の色の瞳……それは……絶対に可愛い子だったに違いないわ!だって似た色合いだったリリーベルがあんなに可愛い可愛いともてはやされていたんだもの。自分でもこの上なく可愛かったと今でも思うし。白に青は至高の組み合わせよね!!
なんでも聖獣様がどんなお姿だったのかは色味以外伝わっていないそう。残念……絵姿でいいから見てみたかったわ?
ふむふむ、ともあれアリーチェ様のおかげで話がだいぶ見えてきたわね。
「アリーチェ様はレーウェンフック辺境伯がその英雄様じゃないかと思っているんですね。そして『次の』というのは、彼のそばに聖獣様の姿がないから、これからその出会いがあるのではないかと思ってらっしゃると」
「そのとおりよ!やればできるじゃない!」
「えへへ!」
だけど、私は内心思っていた。運命を変える力を持つ英雄様……レーウェンフック辺境伯じゃなくて、エルヴィラこそがその英雄様だという可能性もありそうじゃない?
だってエルヴィラはこの広大なレーウェンフック領とフェリクス・レーウェンフックの呪いを解いたあと、聖女と呼ばれるようになったはずだわ。これはまだ先の未来の話だから、今聖獣様がどこにもいらっしゃらないことの説明もつく。現時点ではエルヴィラの力が覚醒していないんだもの。
それとも呪いから解放されたフェリクス・レーウェンフックがその後で聖獣様と出会い、運命の英雄と呼ばれるようになったのかしら?
いいえ、そもそも運命の英雄様が現れるかどうかの保証もないわよね。
うーん、残念ながら予知夢では私が処刑される直前までしか見ることができなかったから、その先にどうなるかは分からないのよね……。
それにしても、私はリリーベルとしてあんなに長生きしたのに、そんな有名な英雄様にも聖獣様にも一度も会えなかったなんて今更だけど少しがっかりだわ。むしろそんな存在の人たちがいることも知らなかったし。
まあ私が一緒に生きた愛すべき飼い主たちは揃いも揃って世間の常識から逸脱しているような個性派ばかりだったから、偉大な他人の話なんて興味がなかったのかもしれないわね。彼らが話題にしなければ、いつもそばにくっついて愛されるばかりだった私が人間たちの間のそんな話を知る機会なんてないもの。
「あら、そういえば私ったらお茶も出していなかったですわね。少々お待ちくださいな」
ふと気づいて立ち上がると、今の今まで静かに私たちの話を聞いていたサラが慌てて声を上げた。
「ル、ルシル様!お茶のご準備は私がいたします……!」
「いいのよいいのよ。物も増えたから、サラでは分からないかもしれないわ。ここで暮らしているのは私だけだし、屋敷の主人がお客様をもてなすのは普通のことでしょう?」
「……っ!」
途端に息を飲み、さっと顔色を悪くするサラ。え、なんだか言ってはいけないことを言ってしまったのかしら?
「あら!サラ、あなた結構やるわね!この人のお世話を放棄してるのね!それともフェリクスがそうしろって言ったの?まあ押し付けられた婚約者なんだから、そんな扱いをされても仕方ないわよねえ」
「あっ、あっ……あの、主人は、その、決してそのような指示など……」
顔面蒼白でしどろもどろなサラと、サラを揶揄うようにニンマリと笑うアリーチェ様。
最初のような険悪な空気ではないものの、少しサラが可哀想に思えてきた。そりゃあ使用人としてはそんなふうに言われてしまっては立場がないわよね。
「気にしないでサラ!私は自由に楽しくやっているし、レーウェンフック辺境伯に蔑ろにされても本当に何とも思っていないから!」
「ひいっ……!」
「え、フェリクスってば本当にあなたに意地悪しているの?あの人ああ見えてわりと優しいのに……あなた本当に嫌われているのね……」
「ウッ、うぐっ、いえ、そうではなく……!」
敵意に満ちていたはずのアリーチェ様の目に憐憫の色が宿る。私は本当に気にしていないし、むしろ現状には満足しかないのだけど……。
そのことをどうやってわかってもらおうかと考えていると、サラがまるでカエルが跳ねるように勢いよく床に這いつくばった。
「うっうっ、も、申し訳ございません〜〜っ!!!!」
「ええっ!?」
どうやらサラは、私のお世話を放棄していたことにとんでもなく罪悪感を感じていたらしい。なんてこと。最初こそ小さい嫌がらせね〜っと思ったものの、あまりに快適すぎてこれがそもそも嫌がらせだったことすら、さっきまですっかり忘れていたくらいなのに……。
その後、ぐすぐすと泣いて謝るサラを宥めている間に、アリーチェ様は「また来るわ」と言ってさっさと帰ってしまわれた。
それにしても、サラともアリーチェ様ともかなりの時間楽しく話していたし、これってもう友達になったということでいいわよね???
✳︎ ✳︎ ✳︎
朝から大騒ぎだし、サラは泣くし、さすがの私もちょっと困惑してしまったけれど、最終的にほくほく気分で終われてよかったよかった!
そう思いながら、やっと一人になって落ち着いた私は、上手くできたらランじいにあげようかとご機嫌にお菓子を作っていたのだけれど。
「ルシル・グステラノラ嬢。君と話をする機会が欲しい」
日が落ちた頃、突然離れにやってきたフェリクス・レーウェンフックにまたもや困惑する羽目になるのだった。