63_お友達同士の顔合わせ、そして
私が本当に聖獣だったなんて!
とまあ、驚きはしたものの、だからって何かが変わるわけでもないし。リリーベルである私が聖獣だったとして、ただひたすら可愛い白猫ちゃんでしかなかったように、ジャックやマーズやミシェルも、半分精霊だからって、猫ちゃんだった頃から何か変わるわけじゃないと思うので、気にしないことにしよう。
と、思った側からまたもやエリオス様が追加する。
「ああ。他の猫たちはどうも、魔力が足りないから、もしも今リリーベルに名前をもらっても、精霊にはなれないね。だから大人しくしてるのか。あの3匹は特別だから、ずるいって思っても文句までは出ないみたい」
「そ、そうなの?エリオス様って、いろんなことに詳しいのね?」
「僕、別にいろんなことを知ってるわけじゃないよ?ただ、呪いのことと猫のことは、わりと知ってるかなあ。ふふっ。……ところでさ」
ちょっと頰を染めて照れながら、エリオス様は続ける。
「リリーベル、前にも言ったけど、僕に『様』なんてつけないでよ?なんだか距離を置かれてるみたいで、とっても寂しい」
そう言うと、エリオス様は私の腰にきゅっと抱きついてきた。
エリオス様は、昔から甘えん坊なのよねえ。私の知るあの子から全く変わらないとはいえ、一応王家にも重用されているっぽい大賢者様なのだから……と敬意を払っていたのだけど、様付けは前にも少し嫌がっていたし、本人がいいと言うのならいいかしら?いいわよね?
「わかったわ、エリオス!」
私がそう答えるとニコニコと嬉しそうに笑う、私の元飼い主で、まるで弟のような可愛い子。
今のエリオスが幸せそうに笑っているから、いつか私がこの子につけようと思っていた名前は、とりあえず忘れてしまうことにしたのだった。
そんな風にこれから新しく住人になる二人(厳密には一人と一匹)を迎えていると、聞きなれた元気な声が聞こえてきた。
「ルシルお姉様~!私が遊びに来たわ!」
「お、お待ちくださいっ、アリーチェ様~!」
毎回、サラは一応、いきなり突撃してくるアリーチェ様を一度止めようとするみたいなのだけど、簡単に振り切られて大慌てしているのよねえ。うふふ!なんだか二人でいいコンビよね!
ちなみに、どうやって知っているのか、アリーチェ様は来客があるような時にはやってこないので、私としてはこうして突撃されることには全く問題ないです。むしろ嬉しい。
そんなことを思いながらアリーチェ様の登場を待っていたのだけど、屋敷に入ってきたアリーチェ様は、ピタリと立ち止まり、目を丸くして固まってしまった。
あらら?いつもは私に飛びつくように抱き着いてくるまでが一連の流れなのに。不思議に思っていると、アリーチェ様は唇をわなわなと震わせ始めた。
「な、な、な!ルルル、ルシルお姉様っ?その、猫たちに埋もれかけている、小さくて丸っこくて黒い生き物、なんだかとっても、ド、ドラゴンに似ている気がするのだけどっ?」
「まあ!さすがアリーチェ様!こんなにサイズが違うのに、すぐに気がつくなんて流石ですわね!そのとおり、こちらはドラゴンのマオウルドットです!ただ、封印の形を変えて、今は私が力を抑えているのでこのとおり小さい体になりましたし、危険はないですよ!」
「えっ、小さくて丸っこいって、まさかオレのこと?」
話題に出されたマオウルドットは猫たちの間から首を伸ばして、嘘だろ?とでも言いたげな呆然とした顔をしている。うんうん、どうみてもあなたのことよ!小さくて丸っこくていとかわゆし!
「そ、そう……ルシルお姉様が力を抑えているの……そう…………さすがお姉様、相変わらず規格外だわ」
「アリーチェ様?途中からちょっと聞き取れなかったんですけれど、なんて言いました?」
「いいえ、こんなところでまたドラゴン様に出会うことになるとは思いもしなくて、ちょっと驚いただけよ……」
アリーチェ様、大丈夫かしら?なんだか遠い目をしているわね?
すると、私の後ろに咄嗟に隠れていたエリオスが、ひょっこりと顔を覗かせた。
「ねえ、この人、だれ?」
「エリオス、紹介するわね。私のお友達の、とっても優しくて可愛くて素敵なアリーチェ様よ!」
「へ!?え、えへへ……優しくて可愛くて素敵ですって!……ハッ!」
アリーチェ様は一瞬もじもじっとしたかと思うと、すぐに我に返り、エリオスに向き直る。
「こほん!私はアリーチェよ!まあ、あなた、とっても可愛いわね!」
「…………どうも」
エリオスは恥ずかしいのか、言葉少なめにそう言うと、ぷいっと俯いてしまった。
「ところで、ルシルお姉様?この男の子はどこのどなたですか?名前はエリオスくんというのですよね……あら?エリオス?って、どこかで聞いたことがあるような……ああ、思い出した!大賢者エリオス様と同じ名前なのね!」
私はアリーチェ様の鋭さに思わず感心してしまう。
「わあ!さすがさすがアリーチェ様!ちょっと想像より小さいかもしれませんが、こちらはおっしゃるとおり大賢者エリオス様ですわ!」
「ちょっと、様なんて、つけないでってば」
「ああ、ごめんね、エリオス。紹介するためにそう言っただけだから」
エリオスはぐいぐいと私の腕を引っ張りながら、ちょっと拗ねた顔をして見せる。だけど、私は分かっているのよ?この顔の時は本当に拗ねているのではなくて、私に甘えたいときなのよね!どうやら、突然知らない人が現れて、驚いてしまっているみたいだわ。
そう思い、よしよしと頭を撫でてあげると、嬉しそうにぴったりと私にくっついてくる。
「ま、待って、待って……ええ?この、この子があの、大賢者エリオス様……?」
うーん、確かに、驚くわよねえ。だってエリオスの見た目は、どこからどう見てもただの小さな子供なんだもの。ついでに言うと心も子供で、これで大賢者様だなんて、私だって冷静に考えると信じられないくらいよ?
「この、甘えん坊の子供が、大賢者エリオス様……私の憧れの、『運命の英雄』かもしれないって、言われている、偉大な、人…………」
「えっ、ええ!?アリーチェ様!?」
アリーチェ様はブツブツ呟いたかと思うと、フラリと体を揺らし、そのまま卒倒してしまった!すぐ後ろに控えていたサラが、驚きながらもその体を慌てて受け止めて支えている。
あああ、アリーチェ様、運命の英雄様の大ファンだものね……!聖獣が側にいないのに運命の英雄なわけがない、なんて言っていたけど、私が王都で大賢者様に会えないか考えていると言ったら、明らかにそわそわとして、羨ましがっていたことを思い出す。
だからぜひ早く紹介してあげたいわと思っていたのだけど、そう、そんなに衝撃だったのね……。
そうこうしていると、外から何やら大きな声が聞こえてきた。
「あのー!誰かー!誰かいませんかー!」
私はサラと目を見合わせ、そっと外の様子をうかがってみる。すると、敷地の外に一人の若い女性が立っていて、困ったように門の側をうろうろとしていた。
その姿を見て、私はとっても驚いてしまった。
あれは、エルヴィラだわ…………!
私にくっついたまま、一緒に外を覗いていたエリオスが呟く。
「少し、早いね?」
そう、予知夢より、少し早い。




