61_封印と呪いはよく似ているらしいです
(これは、今こそリリーベルだったことを伝えておくタイミングかしら?)
そう思ったけれど、私が口を開く前にフェリクス様は首を左右に振った。
「いや、あなたは大賢者殿の存在すら知らなかったのだし、もしも知り合いならば、褒美に大賢者殿と会うことを希望する必要もないわけだ。すまない、忘れてくれ」
……あら、なんだかフェリクス様が自己解決してしまったわね。けれど、実際にエリオス様と私は知り合いだったし、確かに大賢者様のことは知らなくて、褒美に会うことを希望したけれど、それは『大賢者エリオス様』が私のよく知るあの子だと思いもしていなかったからなのよね。
別に隠す必要もないと思っている今、特に誤魔化す気も嘘をつく気もないので、この辺でリリーベルのことを伝えようと思ったけれど、私が改めて口を開く前に、今度はマオウルドットのはしゃいだ声がそれを遮った。
「ルシルー!オレの封印、エリオスがちょっといじってくれるって!」
その声に、私とフェリクス様はマオウルドットとエリオス様の方に戻ることにする。
結局、なんだかリリーベルのことを言えないままになってしまった。まあ、隠す必要もないと思っているのと同じくらい、わざわざすぐに伝えるべきとも思わないので、また機会が来たときにでも言えばいいかと気を取り直す。
「ええっと、封印をいじるって、つまりどういうことなのかしら?」
私がそう尋ねると、ニコニコと笑顔を浮かべたエリオス様は教えてくれた。
「今ね、マオウルドットの封印は、この森に縛り付ける形のものでしょう?それを、森ではなくて、誰かの力に紐づける形に変えてあげようと思って。最初に勇者が施した封印を、完全に解くことは、さすがの僕にも難しいからね」
「というか、そんなことができるのね!」
封印の形を変えるなんて、考えたこともなかったわ!思いついても、きっと私にはそんなことはできないだろうし。
「僕、呪いを解くのは得意なんだ。封印なんて、僕から言わせればほとんど呪いと同じような構造だもん」
「へえ、そうなの」
聞くところによると、エリオス様は魔塔でずっと呪いの研究をしていたらしい。見た目も心も子供のままだけれど、知識と頭脳は大賢者と呼ばれるにふさわしいすごさだわ。
「じゃあ、実際にやってみるね?封印と紐付けるのは──」
「ルシルで!」
「……じゃあ、それでいい?」
間髪を容れず私を指名するマオウルドットに、思わず笑ってしまう。だけど、むしろ、私しかいないわよね?
「もちろんよ!エリオス様、よろしくお願いします!」
封印の変換は、思った以上にすぐに終わった。
私の右耳には今、赤い石のイヤリングが揺れている。
「すごい。これでもう、マオウルドットの封印とこのイヤリングが繋がっているのね」
石に触れながら言うと、エリオス様は満足そうに頷いた。
「その石に魔力を流したり抑えたりすれば、マオウルドットの封印が強くなったり緩んだりするよ。ちなみに今は、結構強くしてる。最初だしね」
ふとマオウルドットの方を見てみる。そこには、今まで以上に小さく、まるで少し体の大きなマーズと同じくらいのサイズになった、コロンと丸いフォルムの黒いドラゴンがいた。封印の力が強くて、その分魔力を抑えられているから、体がますます小さくなっているというわけね。
うーん、もはやドラゴンちゃんよね。こうしていると、残念ながらマオウルドットの本来持つ威圧感はまったく感じられなくて、あまりのかわゆさに胸がキュンとしてしまう。
私は、思わずしゃがんで目線を近くして、両手を広げてみた。
「さあ、マーちゃん!一緒に帰りましょうね〜!!」
「おいっ、誰がマーちゃんだ!全く」
ぷりぷりと文句を言いながらも、マオウルドットはぴょんっと私の腕の中に飛び込んできた。なにこれ、いとかわゆし!
「勘違いするなよ、ルシル!これは、別に、ルシルに甘えてるとかじゃなくて、単純にこのちっこい体にまだ慣れてねーから、効率重視で運ばれてやるだけだからな!」
「はいはい、分かりましたよ〜」
「絶対わかってないだろ……」
私たちのそんなやりとりを見ながら、フェリクス様が少し呆然としたようにつぶやいた。
「封印の、変換……そんな奇跡のようなことができるなど……信じられない」
そうよね。私も信じられないですよ、とそう思いながら、ハッとあることに気がついた。
エリオス様は、さっき、言っていたわよね?封印と呪いはとてもよく似ているって。
呪いを解くのが得意で、エフレンの封印すら、解くことまではできなくても、こうして変換させることができる能力の高さ。つまり……。
私は、マオウルドットを抱いたまま、エリオス様に聞いてみた。
「エリオス様!ひょっとして、エリオス様になら、フェリクス様にかかっている呪いを解くことはできませんか!?」
けれど、エリオス様は困ったように微笑んで。
「残念ながら、僕にはその呪いは解けないよ。ごめんね」
それを聞いて、残念に思いながらも、念のため追加で聞いてみる。今度は、エリオス様にしか聞こえないように、小さな声で。
「じゃあ、ほんの少しでも、私に解くことができる可能性はあるかしら」
エリオス様も、声を潜めて答えてくれる。
「きっと、リリーベルには解けないし、できれば、解けないでほしいな」
エリオス様にも解けない呪いを私に解ける可能性は低そうだとは思っていたけど、そりゃあ無理か……。だけど、自分が解けない呪いを、私に出来れば解いてほしくないなんて、エリオス様もやっぱり男の子だし、プライドもあるわよね!
「でも、リリーベルや僕が頑張る必要もないじゃない?だって、フェリクスにはもうすぐ運命のヒロインが現れるんでしょう?」
エリオス様が、小さな声でさらにつづけた言葉に、私はものすごく驚いてしまった。




