57_エリオスの正体
「大賢者とか、エリオス『様』だとか、そんな他人行儀な呼び方やめてよ、リリーベル」
蕩けるような笑顔でそう言うエリオス様に、どう答えようかしらと考えていると、私より先にマオウルドットが声を上げた。
「あー!お前、リリーベルがオレに最後に会わせてきた、元飼い主じゃないか!ちょうど、つい最近お前に最後に会った時のことを思い出してたんだよ。お前、今までどこで何してたんだ?」
私は思わず目をむく。
す、すごい!マオウルドットったら、思わぬ角度から、私の聞きたいことをサラっと聞いてくれたわ!
でも、そんなに思い切りストレートに聞いて、大丈夫なのかしら?そう思いながらエリオス様の方をうかがってみると、その顔は相変わらず満面の笑みを浮かべたままで。
「久しぶりだね、マオウルドット。僕のこと、『元飼い主』なんて言い方するの止めてくれる?なんだかもう縁が切れているみたいに聞こえるじゃない?僕とリリーベルは今でもこんなに深くつながっているのに」
「あれ。お前、そんなに喋るやつだっけ?」
「僕も随分長い時間を生きているからね。時間が経てば、人は変わるものだよ?」
「ふうん、見た目は全然変わってないけどな」
こ、こちらもサラっと認めたわ……。え、聞いてもいいものか一瞬でも悩んだ私がおかしいの?だって、エリオス様がリリーベルの最後の飼い主であるあの子なら、普通に人間だったはずでしょう?それなのに、ずっと長い時間が経ったはずの今も生きていて、おまけに姿まで私の知るあの子のままだなんて、どう考えても訳ありじゃないの!そんな訳ありな感じなのに、気軽に聞いてしまってもいいか、普通は悩むところよね!?
しかし、私は目の前の光景を落ち着いてじっと見てみる。
目の前にいるのは、森に封印されてあまり動けない上にちょっと小さくなった真っ黒なドラゴンと、長い時間を生きていて、子供の姿でありながら大賢者様と呼ばれる男の子だ。
……うん。まず、この一人と一匹が普通じゃないんだから、普通を求めるようなことを考えてしまった私が間違っていたわね。
そして、やっぱりエリオス様はリリーベルの最後の飼い主だったあの子で間違いなかったようだ。
なんだか不思議な気持ちだわ。まさか、またこうしてかつての飼い主と生きて会えることになるなんて、思いもしていなかったんだもの。まあ、そのまま生きていたのはエリオス様の方だけで、私はばっちり一度死んで、生まれ変わっているわけだから、少し表現がおかしいかもしれないけれど。
私が一人で納得している間にも、エリオス様とマオウルドットは二人で仲良く話している。
「ふふっ。まあ、時間が経てば変わることもあるけど、時間が経っても変わらないものもあるってことだよね。ちなみに、見た目以上に、僕のリリーベルへの気持ちは何ひとつ変わっていないよ」
「うげ、なんか嫌な予感すんだけど……」
ニコニコと笑うエリオス様は私の知るあの子のままだわ。そう思い、ほっこりしていたものの、私はハッと重大なことを思い出した。
「そういえば、エリオス様、私があなたの名前をつけてあげると約束していたのに、その約束を守れなくてごめんなさい」
私がそう言って頭を下げると、エリオス様はこちらをじっと見つめてくる。
「……僕の名前、どう思う?」
「えっ?ええっと、とっても素敵だと思うわ?」
「ふうん、かっこいい?」
「ええ、もちろんとってもカッコいいわよ!」
「そっか。なら良かった。ふふっ」
なんだろう?とにかく『かっこいい』と言ってほしいお年頃なのだろうか。
……そういえば、見た目があの頃のままだから小さな子供のように思ってしまうけれど、実質エリオス様は何歳になるのかしら?
そんなことを考えていると、エリオス様は続ける。
「あのね、本当はリリーベルがつけてくれるまで待ちたかったんだけど、名無しのままじゃどうしても不便だったから、自分でつけたんだ」
「あら、そうだったのね」
「うん。……リリーベルが好きかと思って、この名前にしてみたんだけど、気に入ってくれたならよかった」
「えっ?」
私が好きかと思って?どういう意味だろうか?確かにエリオスという名前はとても素敵だと思うけれど、私はそういう名前が好きだとどこかで発言したのかしら?どうしよう、全く記憶がないわね。
ニコニコと嬉しそうな顔のままで、エリオス様はさらに続ける。
「だって、リリーベルはエリオットとかいう黒猫がかっこいいんだって、いつも聞かせてくれたでしょう?だから、僕の名前はエリオットの真似をして、『エリオス』にしてみたんだ」
(あ、あ、ああ~~~!?そ、そういうことっ!?)
確かに、リリーベル時代の私は、黒猫のエリオットが一番のイケメンだと思っていたわ!そして、その話をあの子にもしていた!うんうん、それなら記憶にあるわね!
だけど、そんな理由でエリオットの名前をもじって、自分の名前にしてしまったの!?
「本当は、そのままエリオットって名前にしようかとも迷ったんだけど、そうしたら、僕を呼ぶときにリリーベルはあのエリオットを思い出しちゃうかもしれないでしょう?僕と他の誰かを重ねるなんて許せないから、ちょっと変えてみたんだけど、正解だったなあ」
相変わらず蕩ける笑顔なエリオス様はずっと何かを言っているけれど、衝撃が強すぎてなかなか耳に入ってこない。私が……私がはしゃいで話した内容が……人一人の名前を決めちゃったの……。
名前は、特別な力を持つ。アリス様の教えが頭をよぎる。
それでいいのかしら?と心配になるものの、エリオス様はすでにエリオス様で、彼自身その名を気に入っているのなら、いい、のかしら。
「僕、これからはずうっとリリーベルの側にいるつもりだから、マオウルドットも、これからまたよろしくね」
「っあ~~~!もう!やっぱり!こいつもめんどくさい奴じゃん!こういう余計なやつはフェリクスだけでもうっとうしいのに、本当に勘弁してくれ……」
「フェリクス……?」
あら?なんだか急に気温がグッと下がって寒くなった気がするんだけど、気のせいかしら……?




