56_呪われ辺境伯フェリクス視点
「まーだダメだって!顔色が悪い!最近は魔物の出現も少し少なくなってきて落ち着いてるんだから、この機会にちゃんと休んどきなよ」
はあ、とため息をつきながらカインが俺を睨みつける。
レーウェンフックに戻り、俺は完全にベッドの上の住人と化していた。
「もうすっかり大丈夫なんだが」
「フェリクスの大丈夫は信用できないからね。ルシルちゃんにも、お前がちゃんと休むように見張っててってお願いされてるし」
「ルシルが……」
ルシルのことを思い浮かべて、一緒に浮かんできたのはなぜか大賢者エリオス殿の姿だ。
王都で、大賢者殿に会いに行く途中、なぜか急にその場を離れたルシル。しかし、彼女があれだけ会いたがっていた大賢者エリオス殿にはこれから会いに行くことを伝えていなかったため、万が一にもすぐにその場を立ち去ってしまっては困ると、彼女の依頼通り先に大賢者殿と接触しその場に引き留めることにして、俺は王太子殿下とあの部屋に入った。
俺は、目を瞑り、その後にあの室内で起こったことを思い出す。
呪い返しにあったという男爵令嬢と向き合って立っている小さな少年。これが大賢者と呼ばれるほどの者なのか?まだほんの小さな子供ではないか。そう思い驚いていると、その少年が、目に見えて分かるほどに肩をびくりと震わせ、ゆっくりとこちらに振り向いた。
本来ならばすぐにこちらから挨拶をするべきだろう。いくら見かけが子供とはいえ、相手は大賢者とまで呼ばれる程の者。呪いを解くためにと、内々で王宮に召喚される立場の者だ。そして、俺が──ルシルが、会いたがっていた相手なのだから。
しかし、挨拶など、する暇もなかった。
それは突然だった。少年は俺をその視界に映すと、小さく唇を震わせた。
『お前、なんで……』
そして次の瞬間、その瞳に悲しみと憎悪、怒りをないまぜにしたような炎を燃やしたかと思うと、突然彼の魔力暴走が始まったのだ。
『大賢者殿……なぜ彼ほどの者が魔力暴走などと……!フェリクス殿、すまない、なんとか耐えてくれ!』
『きゃああ!こ、今度はなにっ、なんなのお!』
俺は咄嗟に魔法障壁を展開し、王太子殿下が男爵令嬢をこちらに引き込み、なんとかその場を乗り切ろうと必死だった。部屋自体が幽閉用のものであったため、防御魔法が施されていたことが幸いして、外に被害はなかったらしいが。
しかし、さすがに大賢者と呼ばれる相手なだけあって、小さな体から暴れて溢れ出る魔力は膨大だった。それに、なにより俺と彼の魔力の相性があまり良くないらしく、どんどんと体内の魔力を奪われていくような感覚で、俺の魔法障壁もそう長くはもたないと焦りが出始めた頃、ルシルが姿を現したのだ。
『大丈夫、大丈夫。すぐに落ち着くわ』
──うずくまり、うめき声をあげる大賢者殿を抱きしめるルシル。まるで物語の中の聖女のようなその姿はどこか神々しく、息をするのを忘れてしまいそうなほど美しかった。
けれど、どうしてだろうか。あの魔力暴走の中で無防備な状態で、彼女が怪我をしてしまうのではないかと焦る気持ちとは別に、なぜか胸が締め付けられるような思いがした。
あれほど荒れ狂っていた大賢者殿の魔力は、ルシルがなだめ始めて、みるみるうちに落ち着いていった。
ほどなくして、情けないことに俺は意識を失ったらしい。気がついたときには、レーウェンフックの屋敷の自室で目を覚ましたのだ。
それからずっと、こうして体を休めながら、考えている。
大賢者殿は、確かに俺を見て様子がおかしくなったように思う。
あの、俺を鋭く睨みつける目。そして、
『お前、なんで……』
あの時、なぜそんな風に呟いたのか。
呆然と、信じられないものでも見たような口ぶりだった。彼はあの時俺を見て、何を思ったというのか。
そして、俺より少し先に大賢者殿が意識を失う寸前、彼はルシルを見上げて何かを言った。
あれは、なんと言っていたのか。その何かを言われたルシルは、なぜあれほど驚いたような顔をしていたのか。
(俺の知らない何かが起きている……)




