55_レーウェンフックに戻って
第二部連載開始です。よろしくお願いします。
王都からレーウェンフックに戻って早3日。
私はいつもの芝生の日向ぼっこスペースでごろんと寝転んでいた。
「はああ~やっぱりお日様の匂いがする芝生の上で寝転ぶのは最高だわ……」
今日も平和でとっても幸せだ。
王都では、王都中の人たちに薬を配ったり、エドガー殿下の言う通りに夜会に参加したり、すごく忙しかったものね。
そして、何よりも……。
うずくまった男の子、溢れて暴走する膨大な魔力。
そして、不安げに揺れる瞳。
『──リリーベル…………??』
縋るような呟きが脳裏に浮かんだ私は、うーんと唸ってみる。
「言ったわ。絶対に言った。リリーベルって私を呼んだ」
その声は小さくて、私以外には聞こえていなかったようだった。それにその後すぐにあの子は気を失ってしまって、エドガー殿下が彼を部屋から連れ出してしまったのよね。
おまけに、あの子の魔力圧が消えたことで、やっと魔法障壁を解除したフェリクス様まで魔力の使いすぎで気を失ってしまって、あの場は大混乱で。ゆっくり話を聞くどころではなくなってしまったのだ。
そしてそのまま驚く暇もなく、私はフェリクス様と一緒にレーウェンフックに帰ることになってしまったのだけれど……。だって、カイン様曰く、呪いによってレーウェンフックの地と深く結びついたフェリクス様は、こうなってしまえば領地に戻った方が回復しやすいだなんて言うんだもの。
その言葉通り、フェリクス様はレーウェンフックに戻ってすぐに落ち着いたけれど、念のため今も自室で療養しているところだ。
「ああーダメだわ!一人で考えていても頭の中が爆発しそう!」
思わずそう叫んだ私は、心を決めて、ぐいっと勢いをつけて体を起こした。
上に乗っていた猫ちゃんの何匹かがゴロンゴロンと転がっていく。
「うにゃあ~ん!」
「ああ、ごめんね、今度ゆっくり一緒に日向ぼっこしましょうね」
いつもは転がって行っても気持ちよさそうにウニャウニャ言っているのに、猫ちゃんたちから不満の声があがる。私がしばらく王都に行っていていなかったせいで、猫ちゃんたちが拗ねちゃっているのよね。
帰ってきたその日は特にジャック、マーズ、ミシェルが怒ってしまって大変だったわ?うふふ!怒ったあの子たちったら、「もうどこにも行かせない!」とばかりに、ずうっと甘えて私にべったりで、本当に困っちゃうほど可愛かったのよね!
私は猫ちゃんたちを撫でながら考える。
今度、私の作ったとっておきの『秘密兵器』をあげちゃおうかしら!リリーベル時代にヒナコが『猫ちゃんはみーんなこれが大好きだから、間違いない!』なんて言いながら、何やら怪しい食べ物を作り出したのよね。見たこともないなんだかとろとろしたもので、どう見たって怪しいのに、なぜだかとんでもなく心惹かれて、ハッと我に返った時にはそれを舐めつくした後だった。あれは幸せで恐ろしい体験だったわ……!
ヒナコは『ピュ~レ』とかなんとか言っていた気がするけれど、正式な名前はなんだったかしら。アレを目の前にすると我を忘れちゃって、何度名前を聞いてもあやふやになっちゃうのよね……。人間の体になって耐性ができたから、こうして必死にヒナコが言っていた作り方を思い出して、よく似た物を作れるようになったというわけなのだけど。
『普通はね、ピュ~レを自分で作れる女子高生なんていないのよ?くふふ!この天才ヒナコ様が飼い主で、よかったでちゅね~リリーベルたん!!!はああ今日もいとかわゆし!!』
なんて、そんな感じのことをよく言っていたヒナコ。その度に私は受け流し、『もう!そんな冷たいリリーベルたんもかわゆし!』と悶えるヒナコにため息をついたものだけれど、本当はちゃんとヒナコのことは天才だと思っていたし尊敬もしていたのよね。
「さあ、それはともかく、行きましょう!」
一人で気合を入れて、私はレーウェンフックの敷地内からこっそりと抜け出した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「というわけで、マオウルドット、あなた何か知らない?」
「なんの話だよ……」
マオウルドットは呆れたような顔で言う。
やっぱり、どうしても何かが気になったときに話を聞いてほしくなるのは、私がリリーベルだったことを知る唯一の存在であるマオウルドットなのよね。というかこんなこと相談できるの、マオウルドットしかいないじゃない?
私が王都から帰ってきたことにすぐに気づいたマオウルドットは『ただいまの挨拶は?なあ、挨拶は?』とずうっと念話を送ってきていたし、ただいまを言うついでに話をしたいなと思って会いに来たのだ。
「だから、大賢者エリオス様に会いに行った話よ!」
「そこで魔力暴走させてる子供に会って、そいつがルシルのよく知ってるやつにすげー似てたって話だろ?」
「そうそう、ちゃんと聞いてくれてるんじゃない」
「何か知らないかって、ルシルが何を聞きたくて言ってんのかわかんねーし」
確かに、あまりに曖昧な聞き方だったわよねと反省し、私は言葉を続けた。
「だから、ほら、『あの子』。私が……リリーベルがいなくなったあと、あの子がどうなったか何か知らない?」
だってあの男の子は、『あの子』にそっくりだったから。
しかし、次に私の耳に聞こえてきたのはマオウルドットのものではない声だった。
「なあに?僕の話をしてくれているの?」
私は驚いて、慌てて声の聞こえた後方に振り向く。
そこには、ニコニコと満面の笑みを浮かべたあの男の子がいた。
「だ、大賢者、エリオス様……」
その子を見ながら、私はエドガー殿下が苦しげに言っていた言葉を思い出す。
『すまない、私の見立てが甘かった。まさか大賢者であるエリオス殿が、魔力暴走などを起こすとは……』
そう、今私の目の前にいる男の子こそが、あの時の男の子であり、大賢者エリオス様その人だったのだ。エドガー殿下はエリオス様を見ればきっと驚くと言ったけれど、確かに驚いたわ。けれど、それはエドガー殿下が考えていたはずのように、エリオス様がほんの小さな子供だったことにではない。いいえ、もちろん、普通ならそのことにとても驚いたとは思うけれど、私にはそれ以上に驚くことがあったんだもの。
……だって、エリオス様は、私のよく知る人物にとってもよく似ていた。似過ぎていた。
エリオス様は、ますます蕩けるような笑顔になって言った。
「大賢者とか、エリオス『様』だとか、そんな他人行儀な呼び方やめてよ、リリーベル」
リリーベルと呼ばれながら、私は考える。やっぱりこの子は、私の良く知るあの子と同一人物なのかしら?エリオス様は、私の……リリーベルの、最後の飼い主だった、あの孤児の男の子なの?
【お知らせ】
活動報告にも書きましたが(よかったらそちらも覗いてみてくださいね)、この作品の書籍化&コミカライズが決定しました!皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます!WEB版既読でも2000%楽しめるものをお届けできるように頑張りますので、なにとぞよろしくお願いします~!




