閑話_カリスマ猫リリーベル③
結局ちょっと長くなってしまいました……!
【お知らせ】
第二部開始まで数日更新をお休みします。絶対楽しんでもらえる第二部にするので、楽しみにお待ちいただければ嬉しいです!よろしくお願いします(^^)
「にゃにゃにゃ、にゃあおーん!?(リ、リ、リ、リリーベルッ!?)」
「えっ?」
なんだかおかしいと思った!話していて違和感があったのよ!この、この、この人間……!この規格外の魔力、猫たちに異様に慕われている姿、正直、わたしだって気を張っていなければごろにゃんと甘えかかってしまいそうな謎の吸引力よ!?そして、リリーベルのことを、わがことのように語る姿──。
いいえ、違う、『わがことのように』ではなく、わがことなんだわ……!
この、この人間の正体は──カリスマ白猫、英雄たちに愛された伝説の存在、聖獣リリーベル!!!!
うううっ、今この瞬間にもぶっ倒れていないことを褒めてほしいくらいだわっ!
なんなのよ?だって、猫生の中で、まさかこんなことが起こるなんて思わないでしょう!?
まさか、まさか憧れのリリーベル、その本物に出会うことになるなんて──!
(いや、それにしてもどうしてよりによって人間なんかになっているのよ!?あのリリーベルが、人間にっ!)
驚きとショックでめまいがする。
それほど、わたしにとって、リリーベルは憧れの存在だった。自ら『カリスマ猫リリーベル』を名乗って、リリーベルのふりをしちゃうくらいには……。
「まあ、リリーベルちゃん!大丈夫?どこか体が辛いの?」
あまりのことにふらついてしまったわたしを、体調不良だと思ったらしい元リリーベルが、わたしのことを心配そうに覗き込み、背中を優しく撫でてくれる。
(アッ、これ、この気持ちよさ、遠い昔にママが舐めてくれたのにそっくり……──ハッ!違う違う、そうじゃない!)
あまりの気持ちよさに、ついつい赤ん坊の頃を思い出してうっとりしてしまいかけたわたしは、必死で自分を保とうと気をしっかりと持つ。
うっとりしていないで、この元リリーベル本猫には聞きたいことがたくさんあるのよっ!
しかし、人の身に移り変わり、心まで人間に成り下がってしまったのか、元リリーベルは追撃の手を止めない。
「リリーベルちゃん、ほら、リラックスして。気分がよくなるまで、こうして撫でてあげるからね」
優しい手つきで触れられ、穏やかな声でそう囁かれ、脳内が危険信号をこれでもかと発している。
こ、これは、ダメよ……!こんなの、かっこよくて高貴で特別なわたしを、保っていられなくなるわ……!ここまで築き上げた、カリスマ猫リリーベルとしてのわたしが崩れ去ってしまう!
……けれど、ここに本猫リリーベルがいるわけで。ひょっとして、わたしが作り上げた偽物リリーベルなんて、別にもうすっかりさっぱり崩れ去ってしまっても、問題ないのでは?
いいえ、それとこれとは別よ!わたしはあちこちでリリーベルの名を名乗ってきたんだもの。リリーベルとして認識されているわたしが誇り高きリリーベルのように振る舞わなければ、偉大なるリリーベル像がどこかで汚されてしまうかもしれないなんて、やだ、考えるだけで恐怖だわ……!
「よしよし、ほら、ここをなでなですると、とっても気持ちいいでしょう?」
「にゃ、にゃあああ~ん……にゃむにゃむ」
うっ、だめよ、ここでただ欲望と快楽に意識を飛ばしてしまえば、わたしはただの野良猫に戻ってしまう……。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「まあ、それじゃあ、あなたの本当の名前はリリーベルじゃないのね?」
元本物のリリーベルにそう聞かれて、わたしはこくんと頷いた。
一通り撫でまわされたあと、わたしは正直に本当のことを白状したのだ。だって、このままわたしの中のリリーベル像を演じ続けるだなんて、とてもじゃないけれど無理だったんだもの……。
なに?リリーベルのこの手。わたしは物知りだから、前に聞いたことがあるわよ。動物たちに、一匹残らず天国を見せる、ゴッドハンドの噂。リリーベル、絶対にそのゴッドハンドの使い手じゃないの。
わたし、触られるのなんて、本当は好きじゃないのに、一瞬でメロメロのどろどろのふにゃふにゃにされちゃったわ。
そして、全てを白状することになったわけだ。
本当のわたしは、カリスマでももちろんリリーベルでもない、ただのしがない野良猫だった。……ちょっと間違えたわ。ただ白い毛並みがとっても艶やかで、究極に可愛らしいだけの、ただのキュートな白い野良猫だった。可愛さと、そしてちょっと他の猫たちより旺盛な知的好奇心で情報を集めまくり、出来る限り自分に有利に、楽に生きて行こうとしていた時に、リリーベルのことを知ったのよ。
衝撃を受けたわ……その存在のあまりの魅力と、かっこよさに。
そして、何よりもリリーベルって名前がすごく可愛くて、わたしは心に決めたのだ。
リリーベルが英雄の前に現れなくなってしまったのなら、わたしこそが次の『リリーベル』になろうって。
それからは、高貴な立ち振る舞いを心がけ、知っている限りの情報を駆使してリリーベルになりきった。分からない部分は、わたしなりに『こうだったのではないかしら』と肉付けしていき、もはや自分こそが本物のリリーベルであると、最近は本気でそう思ってしまっていたほどだったのに。
(本物が、こうして現れた。そして、いつの間にか傲慢になっていたわたしの心を見抜いて、それは違うのだと、導こうとしてくれた……!)
まあ、ほとんどが猫の下僕であるような、人間になっているなんて、さすがに予想外だったけれど。
「それじゃあ、あなたの本当の名前はなんていうのかしら?」
元リリーベルに聞かれ、思わずふるりと震えた。
ああ、ここまで話してしまった以上、もう隠してなんて置けないわよね。
だけど、リリーベルはどんな反応をするかしら?わたしの本当の名前を聞いて、笑う?嘲る?馬鹿にする?
憧れのリリーベルに傷つけられる自分を想像すればするほど言えなくなってしまいそうで、わたしは出来る限り何の感情も乗せないようにして、小さく言葉を零した。
「にゃあ(……ゴンザレスよ)」
「えっ?」
「にゃああ!んにゃあっ、にゃあああん!!!うにゃ……!(ゴンザレスよ!わたしの名前はゴンザレス!しかたないじゃない!本当はこんな名前で、リリーベルに憧れちゃったんだもの、名前を騙るくらい別にいいじゃない!だってわたし、こんなに可愛いレディなのに、どうしてゴンザレスなのッ……!)」
ゴンザレスが悪いわけじゃない。これが格好いい男の子の名前だったなら強くてたくましそうで素敵だと思うわよ。だけど、こんなに神秘的なほど真っ白で愛らしい女の子が、まさかゴンザレスなんて名前をつけられると思わないじゃない!わたしにこの名をつけたのは、気まぐれに野良猫だったわたしを撫でた人間だったわ。別に連れて帰ってくれるわけでもないのに、足りないご飯と名前だけ与えて、それきりよ。名前には力があるの。そのあとどんな名前をつけてもらったって、やっぱり初めての名前はずうっと特別なもので、一生なくならないの。
この見た目なのにこの名前で、どれほど他の野良猫たちに揶揄われたことか!それでも強く生きていくために、わたしは孤独を選び、自分のことを知る猫のいない場所を渡り歩きながら、高貴なリリーベルとして生きてきたのよ。
それなのに、こうして本当の名前を打ち明けてしまって。一体、今度はどんな目で見られるのか。それを考えると、胸が苦しくて、わたしはぎゅっと目を瞑り、俯いた。
そこを、ひょいっと抱き上げられ、有無をいわさず目線が合わされる。
「どうして?可愛いじゃあないの!」
「っ、にゃあああ!(リリーベルは自分が可愛い名前だから、そんなことが言えるのよ!)」
「そう?ゴンちゃんって、とってもキュートだと思うけれど。それに、名前だけを知っていて、かっこいいオスが来るのかと思ったら、絶世の美女がやってきた!なんて、そんな場面を想像するだけでわくわくしちゃわない?これぞギャップよね!何もせずとも、そこにいるだけで大きなギャップを演出できるのよ!!」
な、なにを言っているの……。
「つまりね、名前は与えられたものかもしれないけれど、その名前をどう自分のものにするかは、自分自身ってこと。いやだなって思って隠すより、せっかくならとびきり素敵な自分を演出する相棒にしちゃえばいいじゃあないの!」
「にゃ……」
「話していても分かるけど、あなたってとっても賢いんだから、自分の持つものを全部自分の魅力にかえちゃうのなんて、きっと簡単にできるようになるわよ!」
わたしは震えた。わたしが一生抱えていくんだと思っていたこの重い荷物を、リリーベルは、まるで宝物のように言うの……。
リリーベルにかかれば、世界はきっと、素敵なものばかりになるんだわ……。
「それからね、私はもうリリーベルじゃあないの。憧れてくれてたのなら、抵抗があるかもしれないけれど、ルシルって呼んでくれたら嬉しいわ!」
「にゃあん……(ルシル……)」
こうして、わたしはリリーベルと名乗るのをやめた。そうするのをやめて、まるで『ゴンザレス』がこの世で一番素敵な名前かのように振る舞うようになると、なぜかリリーベルを名乗っていたときよりも、わたしに憧れる猫たちが増えたのだ。
みんな、わたしの真の名前を呼べるのは特別なものだけなのだと、その名を呼ぶのに憧れながら、親しみと愛情をこめた愛称で呼ぶの。
「ゴンちゃん様っ!どうしたらゴンちゃん様のように、そんなに美しくなることができるんですかっ!?」
「あら、わたしのようになりたいなら、まずはわたしを目指すことをやめなさい!」
「ええっ……?」
「だって、わたしには一生かかったってなれないけれど、同じように、世界一素敵なあなたになれるのは、あなただけなんですからね!」
「ゴ、ゴンちゃん様~~!!!」
「さて、それじゃあ今日はもういいかしら?そろそろ世界一素敵なこのゴンザレス様が、ルシルに会いに行ってあげなくっちゃいけないのよ!!!」
【おわり】




