54_急展開、波瀾万丈、全然問題ない……です?
そろそろ大賢者エリオス様による、ミーナ様の解呪も終わる頃だろうから、このまま会いに行ってもいいと言われて、私はエドガー殿下のそのお言葉に甘えることにした。
「なんだか、急展開だな……」
フェリクス様はどこか呆然としているようで、戸惑うように呟いた。
そうよね、急展開よね。まさかこんなにすんなりと会えることになるとは思わなかったもの!王家に恩は売ってみるものだわ。何より、エリオス様はこの病の件に興味を持って、珍しく王家に協力を申し出てくれたと言っていたし、悪いことの中にも必ずいいことが隠れているものよね!もちろん、病なんて流行らない方が良いに決まってはいるけれど。
(大賢者エリオス様って、どんな人なんだろう?)
フェリクス様、エドガー殿下と一緒にエリオス様がミーナ様の解呪を行っているという部屋へ向かいながら、私は想像を巡らせる。
『大賢者様』って肩書だけで連想すると、白い髪で白いお髭のお爺さんとか?うふふ!それってヒナコがいつか言っていた『仙人』っていう人のイメージに似ているわよね。
確か魔塔と呼ばれるとっても高い塔を建てて、そこに一人で住んでいるとも言っていたから、とても痩せて顔色の悪い、どこか陰のありそうな男性っていう想像もなかなか悪くない気がするし。
そうかと思わせておいて、『魔法より体を使う方が絶対に得意ですよね?』なんて言いたくなってしまう程、筋骨隆々で体の大きな人かもしれないわ!
エドガー殿下が「きっと驚く」というくらいだものね。想像が広がって楽しみで仕方ない。
そんなことを考えながら歩いていたのだけれど、ふと視界の隅に、遠くの廊下を誰かが通り過ぎる姿が映り込んだ。
私は思わず驚いて、ハッと息がつまる。
(今のは……)
思い浮かんだその姿に、いてもたってもいられなくなった。
「エドガー殿下、フェリクス様、先に向かって、エリオス様が万が一帰ってしまわないように、引き留めておいてください!」
「えっ、ルシル嬢?」
「ルシル、どこへ!?」
二人の驚きの声を背に受けながら、私はもうすでに駆け出していた。もちろん、私の側に付いてくれていた殿下付きの騎士様は付いてきてくれている。ああ、ここが王城の中でも自由に出入りできる、解放された庭園の側で良かったわ。そうでなければ、こうして追いかけてみることもできなかった。
ううん、そうでなければ、ここで見かけることもなかったはずだ。
彼女は庭園に来ていたのだろうか?
サラサラと風になびく美しいストロベリーブロンド、華奢な身体、ふわりと花が舞うような明るい雰囲気……一瞬だったけれど、あれはきっとそうに違いない。
現実では初めて見る人。けれど、強い感情で見続けていた人。私にとっても、忘れられない特別な存在。
(さっきのは──エルヴィラ・ララーシュ!)
そのうち出会うことになる、フェリクス様の運命のヒロイン!
けれど、さっきエルヴィラらしき人が消えていった廊下の角の向こうには、もうその姿はなかった。どこへ行ったんだろう。
(そもそも、今私がエルヴィラに会ったって、どうしようもないのだけど……)
予知夢で見るのは、ある一定の期間の出来事で、おまけに全ては私の視点で見た未来の出来事だけ。だから、私は予知夢の中で知らなかったことは知りようがない。
つまり、エルヴィラとフェリクス様が、実際にはどこでどんな風に出会ったのか、私は知らないのだ。
(予知夢では、すでに二人が親密な関係になっていて、私の中の怒りの感情に潜む情報にしか、二人の出会いのヒントはなかったのよね)
婚姻から一年ほど経った頃に現れるはずだから、どちらにしろ今ではないはずだ。
それなのに、なぜだかわからないけど、どうしても今この場でエルヴィラを追いかけるべきだという気がしてしまった。
(結局、見失ってしまって、追いかけられなかったけど……)
まあ、見失ってしまったものは仕方ない。というか、もしも追いつけていたとして、私は一体どうするつもりだったのかしら?
きっと、私が何かをしなくとも、エルヴィラはいつかフェリクス様と出会い、彼を救うのだ。この場合救うというのは呪いのことではなく、呪いによって傷つき、臆病になった彼の心を、である。
それは、例えば私が彼の呪いを解いたとしても、変わらない運命なんじゃないかと思うのよね。
「突然勝手な行動をとってしまって、申し訳ございません。もう大丈夫です」
当たり前だけど、私がそう言うと、付いてきてくれた騎士様も不思議そうな顔をしている。本当に悪いことをしてしまった。
私はそのまま来た道を戻り、騎士様に案内されて、本来の目的の部屋の近くにたどり着いた。訳ありの貴族を軟禁するための場所ということで、どうやらこのフロア一帯に魔法がかけられているらしかった。ちょっと意識して、詳しく探ってみる。……防音、衝撃軽減、侵入者感知などなど……うーん、そこまで難しい魔法はないみたいだわ。
フェリクス様たちはすでに部屋の中にいるらしい。私も急いでそちらに向かう。
と、魔法のかけられている一帯に足を踏み入れた途端、ビリビリと何か強い力が渦巻いているのを、肌に感じた。
何かしら?私は思わず眉を顰める。解呪……は、もう終わっているのよね?それにそもそもそういう類のものではない気がする。
案内してくれている騎士様は、何も感じていないらしい。
しかし、案内された先の、部屋の扉を開けた途端、さっきまでの比ではないほどの直接的な衝撃が風のように吹き荒れて外に飛び出してきた。
「ええっ!?」
部屋の隅に、逃げるようにしてミーナ様がうずくまり、その側にはエドガー殿下がしゃがみ込んでいる。そして、その前にはフェリクス様が立ち塞がり、魔法障壁を展開して二人のことを守っているようだった。
(フェリクス様って、守りの魔法が使えるのね!)
だけど、なかなか辛そうな様子だわ。
そう感じた私は、フェリクス様が対峙している、強い衝撃の源に目を向けた。
……広い部屋の真ん中で、男の子がうずくまり、その周りに莫大な大きさの魔力が渦巻いている。
これは、魔力暴走だわ。
ええっと、どういう状況?何があったの?というか、大賢者エリオス様はどこに行ったの!?
「う、ううッ、ううう……」
苦しそうにうめく声を聞いてハッと我に返る。
そうよね、考えるのは後にして、とにかく今はあの子を助けてあげなくちゃ!だってあんなに苦しそう!
私は男の子の方にスタスタと近寄っていく。
「──っ、ルシル!」
フェリクス様が焦ったように私の名前を呼ぶので、とりあえず彼と目を合わせて頷いてみせた。
フェリクス様、私は大丈夫ですよ。むしろフェリクス様の方が、汗をかき、苦しそうに少し顔を歪めて、とっても辛そうに見える。男の子が溢れさせている魔力があまりにも多くて、フェリクス様が押されているのだわ。
私は本当に全然問題ないので、あとほんのちょっとだけ頑張ってくださいね……!
私は男の子のそばにたどり着き、そのすぐそばに膝をついて座り込むと、その子のことをふわりと抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫。すぐに落ち着くわ」
私が触れた瞬間、びくりと肩を揺らしたその子は、それでも大人しく私に体を委ねた。そんなその子を、優しく抱きしめてポンポンとしてあげる。
なんだか眠れない夜に、愛する飼い主たちがみんな、リリーベルに優しくそうしてくれたように。
私はこれからも、愛された記憶と共に生き、愛されて幸せだった分も、人間になった今世で、誰かに返しながら生きていくんだわ。
そんなことを、ふと思いながら。
やがて、魔力の溢れが少し小さくなり始めた頃、男の子は震える顔をゆっくりとあげた。
不安げに揺れる瞳が、私を見つめる。
そして、その子は呟いたのだった。
「──リリーベル…………??」
この部分で、第一部は終わりになります!
(第一部、第二部と分けるの初めてなのでちょっと中途半端な感じになってしまいましたが……)
この後は数話、閑話を入れて、そのまま第二部に入りたいなと思っています。
いけるところまでは毎日更新を続けたいと思っているので、お付き合いいただければ嬉しいです。




