53_大賢者エリオス様ってどんな人?
「あの、大賢者エリオス様って、あまり人前に出ないと聞いたんですけど……」
情報源は私の大事な大親友であり、『運命の英雄』マニアのアリーチェ様だ。この話は有名だと聞いたし、周知の事実だということではないのかしら。
私の質問に、エドガー殿下はさらりと頷く。
「そうだ。王家は彼の居場所も動向も把握していたが、大賢者殿は私たちにも決して会おうとはしなかった。しかし、なぜか今回の病の件には興味を持ったらしくてね。ミーナ・ノレイト男爵令嬢の呪いが発端だとつきとめたのも彼の力だよ」
なんと!さっきエドガー殿下がおっしゃっていた協力者って、まさかのエリオス様だったのね!?
「それにしても、エリオス様は今もまだ王城にいらっしゃるんですね」
「ああ。そうだな、君には全て話そうか。……バーナードには酷だろうと思って言わなかったけどね、ノレイト嬢は呪い返しにあっている。だから人前に出ることもできなかったし、今は王城のとある場所に軟禁しているんだけど。ちなみに、呪われかけたのは君だよ、ルシル嬢」
「ええっ!?」
(わ、私?ミーナ様、私を呪おうとしたの?)
──呪い返しとは、呪いをかけようとした術者が呪いに失敗し、自分がその身に呪いを受けてしまったり、かけた呪いが解かれて自分に返ってきたり、とにかく、呪いに手を出した自分自身が呪われてしまうことだ。
多分だけれど、私にはクラリッサ様がかけてくれた魔法があるから、ちょっとやそっとの呪いでは効かないと思うのよね。だからこそ、ミーナ様は呪い返しにあってしまったんだろうと思う。ただでさえ、魔力が少ないことで代償が足りず、病が生まれてしまったという話だったし、聖女クラリッサ様の力になど到底勝てるわけがないもの。
きっと、ミーナ様は呪いのことを詳しく知らないまま、安易に手を出してしまったのね。
それにしても、バーナード殿下に嫌われ、辺境に追いやられた私をどうして呪いたいだなんて思ったのかしら?放っておいてくれれば、きっともう会うこともなかったはずなのに。
そんな私の心を読んだかのように、エドガー殿下が話を続ける。
「君がレーウェンフックでどうやら楽しく過ごしているということを、どこからか耳にしたらしいね。それで許せなくなったんだろう」
「ええっと、彼女には関係のない場所での出来事なのに、ですか……?」
確かに私は楽しく過ごしていたけれども。それでどうしてミーナ様が「許せない」などという気持ちになるのかしら。
「ノレイト嬢はきっと、バーナードのことを本気で想っていたわけではないんだろう。彼女はただ単に、ルシル嬢、君のことが羨ましくて、妬ましくてたまらなかったんだろうよ。だから君の婚約者だったバーナードにも近づいたし、冤罪をかけて君を陥れようともした。そして、君がいなくなれば他の男にも走ったんだろうね。愚かなことだ」
エドガー殿下が私の疑問に答える様にそう言うけれど、私は思わず首を傾げてしまう。
ミーナ様は、美しくて、華やかで、明るい方だったわよね。いつも社交の場で人に囲まれていたし、ご両親のノレイト男爵夫妻も彼女を大事にしていると耳にしたことがあるわ。身分こそ男爵家のご令嬢で高くはなかったかもしれないけれど、そんなことは些末なことだものね。彼女は一体、私のどこが羨ましかったのかしら?
今でこそ毎日が幸せで楽しくて仕方ないけれど、リリーベルの記憶を取り戻す前の私は、今の私が振り返ってみても、そこまで幸せそうに見えたとは思えないのだけど。
「……本当に幸せな者はね、他者の幸せに目を奪われたりしないんだ。自らの幸せを大事に慈しむことに時間を注ぎ、わざわざよそ見をして人を羨んだりするような真似をしないから。君を見ていると、そのことをよく思い知らされるよ」
うーんと、つまり、『君は幸せそうで何よりだよ』っというようなことを言いたいのかしら?それならば答えは自信をもってイエスだわ!
そうよね、きっとミーナ様にも、ミーナ様にしか分からない何かがあったのよね。私はミーナ様じゃないのだから、それが分からなくて当然だし……本当のミーナ様の心を、理解してくれる人が側にいてくれればいいのだけど。きっと、ミーナ様も私に分かってもらいたいなんて思わないだろうし、あとは彼女自身の問題よね。
(本当に呪われてしまっていたら、話は変わってくるけれど。私は呪いをかけられそうになったことすら気づかなかったくらいだし)
エドガー殿下はコホンと軽く咳払いをすると、話をエリオス様に戻した。
「それで、大賢者殿にノレイト嬢の呪いを解いてもらう約束になっているんだ」
「ええっ。大賢者エリオス様は、呪いを解くこともできるんですか?」
さすが、『大賢者』と呼ばれる人ね!それで、エリオス様は王城にいらっしゃるから、そこに私たちも少しだけならお邪魔してもいいという話のようだった。
「けれど、いくら今回は例外的にお力を貸してくださっているとはいえ、元々は人前に出ることを好まない人なのでしょう?急に私やフェリクス様がお会いしても大丈夫なのでしょうか?」
「ああ。大賢者殿も、今回の薬を作った人物に興味を示していたからね。君たちにならば喜んで会うんじゃないかな?というか、聞いてみてもしも嫌だと駄々をこねられても困るから、事前に話を通さずに会ってしまった方がいいと思うよ」
大賢者とまで呼ばれる偉大な人なのに、そんなことでいいの……?
それに、『駄々をこねる』って。エドガー殿下、まるで小さな子供の我儘にうんざりするような風に言うんだもの。少し困惑してしまうじゃないの。それで気になって、彼の人となりをエドガー殿下に尋ねてみても、「きっと驚くから、楽しみにしておいて」と悪戯っぽく返されるばかり。
大賢者エリオス様……一体、どんな人なんだろう?




